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Xylitol

EtherealJungleKrautrock

Xylitol

Blumenfantasie

Planet Mu

野田努 May 04,2026 UP
E王

 クラウトロックが好きであればハンス=ヨアヒム・ローデリウスの名は存じていることだろう。ご存じではなくても、キャリーケースを引きずりながら南の島に行ったりはせず、何気ない日常や近所の公園の移ろいに美を見出すような方であれば、この人の音楽を覚えておいても損はない。第二次大戦を経験している長老で、元Clusterの片割れ、ビーダーマイヤー的ロマン主義者、素朴さのエレクトロニカの始祖。ブライアン・イーノのアンビエントに影響を与えたハルモニアのメンバーという紹介もいいかもしれない。彼の、飾らないエレクトロニカが大好きで、ずいぶんとレコードを集めたものだった。
 かれこれ30年も昔の話になるが、ぼくがローデリウスにこだわった理由のひとつは、彼のソロ作品にはいわゆるサイケデリックな感性がほとんど無なところにある。ぶっ飛ばないのである。もっともその傾倒は、ぶっ飛んだ音楽ばかりを聴き過ぎた自分自身への反動的な要素が大で、ローデリウス当人がそれをいかに意識していたのかどうかはわからない。が、いずれにしてもキシリトールのこのアルバムを聴かなければならなかった最初の理由は、本作『Blumenfantasie』において、彼女はローデリウスをドラムンベースに変換しているからである。それも、彼の長年のキャリアにおいてもっともビーダーマイヤー的な初期作品『Selbstportrait(セルフポートレイト)』シリーズからの影響を。言うまでもなくドラムンベース(ジャングル)とは、ハードコアと呼ばれたくらいで、ぶっ飛ぶためのダンス・ミュージックの最強のスタイルのひとつである。

 アートワークもまたドラムンベース(ジャングル)らしからぬ意匠で、題名も「花のファンタジー(ブルーメンファンタジー)」。間違いなく、メタルヘッズやアートコア、ないしは90年代末のIDMの巨匠たちによるドリルンベースの影響下にありながら、しかし彼女はそれらと違った洗練をここで成し遂げている。
 キシリトールことキャサリン・バックハウスは新人ではない。彼女の探求の原点は、90年代にロンドン郊外で受信した海賊放送にある。そこで耳にしたアシッド・ハウス、デトロイト・テクノ、ディープ・ハウス、ジャングル、クラウトロックに圧倒された彼女は、まずはそれらのルーツを解き明かすことに情熱を注いだ。そのプロセスでピエール・アンリを知り、すなわちサウンドコラージュの原点を学んだ。
 キャサリンの作品を特徴付けているひとつの要素は中欧(旧ユーゴスラビア)のアンダーグラウンド・シーンからの影響だが、それはかつてのパートナーを通じてたどり着いた世界だった。さらにまた彼女の音楽に決定的な風合いを与えているのはドイツの実験的なロック・サウンド、すなわちクラウトロックである。

 自作の発表自体は2010年代からはじまっている。ただ、初期の活動はカセットやCDR、デジタル配信による少部数リリースが中心で、その音楽性もチップチューンやシンセウェイヴに近いものだった。その後、2024年に〈Planet Mu〉からリリースされた初作『Anemones(イソギンチャク)』によって、彼女が提示する繊細なジャングル・サウンドは一躍脚光を浴びることになった。よって同レーベルからの2枚目である本作は、リリース前からファンやメディアのなかでの期待値が高まっていたのである。

 キシリトールはその期待に応えている。ジャングルをアンビエント化していると言ってみたくなるほど、リズムの機能性よりも美学が優先されているが、彼女のスクウォッティング時代のレイヴ通いの記憶がこのビートには込められているのだから、地に足がついたグルーヴがある。クラウトロックからの影響と言っても、それはクラフトワークよりもベルリン系コスミッシェ・ムジークで、カンで言えば『タゴマゴ』のC面だ。シンセウェイヴの優美な響き、アモン・デュールIIのドラムブレイク、中欧メランコリア──表題曲や“Melancholia”という絶品は、クラウトロックをジャングル化するとはこういうことかと唸らせる。
 全篇がジャングルなわけでもない。ダウンテンポの“Mirjana”、ビートレスの“Tilted Arc”もある……が、しかし余韻として残るのはジャングルのリズムだ。アカペラのサンプリング&高速ルーピングという初期レイヴ系ジャングルのお約束ごとを甦らせる“Falling”が最後の曲だが、しかし総じてざっくりと言えば、すべてがチルアウトめいて聴こえる。
 ネット音楽がネット上でスクロールされネット上で騒がれている今日において、90年代的なアプローチの現代版と言える本作は、じっくり聴かれることを望んでいる。アルバムには、サラエボ生まれのシンセ奏者Miaux(ミャウ)、オーディオ・ヴィジュアル・ユニットのスカルプチャー、インディ・ロック・バンドのザ・リーフ・ライブラリー(ジョン・マッケンタイアがプロデュースした彼らの新作も素晴らしい)が客演。
 それで、冒頭に書いたハンス=ヨアヒム・ローデリウスのジャングル化だが、それは“Sudwestwind”なる曲で、なるほどね、これはたしかにそうだと納得した。ちょっと笑ってしまったけれど、この素朴なロマン主義は、日常生活と地続きかもしれない。だが、その次の曲“Lights”は他の曲と同様にドリーミーで、本作の魅力が集約されている。というのも、ぼくがこのアルバムにタグを付けるとしたら、エーテル(エセリアル)系とするだろうから。

野田努