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The Sleeves

FolkImprovisation

The Sleeves

The Sleeves

12XU

野田努 May 15,2026 UP

 この世界には文脈というものがあり、それが「言葉」や「音」が意味するところを補う。いまから遡ること23年前、ぼくがアニマル・コレクティヴの『Campfire Songs』に惹かれたのも、自分なりの文脈があった。(この時代は配信などないし日本盤もないから、聴くには買うしかなかった。売っている店も限られていた。そうまでしてあのサウンドを欲する文脈がぼくにはあった)
 それは普遍化しようと思えばできる文脈だったかもしれない。が、誰だってそうであるように、自分のリスニング・ライフにおける個人的な事情と連なる文脈のほうが切実なものである。電子音楽ばかり聴いてきたなかで、アコースティック・ギターをじゃら〜んと鳴らしながら歌うことが新鮮だったわけではない。90年代に電子音楽の世界にいた人は、じっさいは、じつに横断的にいろいろな音楽を聴きまくっていたのだから。
 あの時点でのアニマル・コレクティヴは、いちど家から出ることに疲れた人間を、もういちど外へ出させてくれる音楽だった。酔っ払って音程もあやしいあのフォークソング集が、だ。その回路の起点は、それこそいま話題のボーズ・オブ・カナダ=サイケデリックな“牧歌トロニカ(idyllictronica)”だったのだろう。そしてあのチルアウトした祝祭性は、レイヴ・カルチャーをもういちどやり直すための進化形だと解釈できたのである。いま思えばなんともナイーヴな話だが、そう、レイヴ・カルチャーに疲れるのは何も君だけではない。あの時代にもそれはあったし、ぼくもそうだった。アニマル・コレクティヴを世に出した〈Fat Cat〉は、ぼくの多くの初期デトロイト・テクノと初期AFX周辺のコレクションを購入した、ロンドンのコヴェント・ガーデンの服屋の地下にあったレコード店が主宰するレーベルだった。ザ・スリーヴスのファースト・アルバムを聴いたとき、ぼくとしては23年前の感覚をちょっと思い出したのである。

 もっとも、ザ・スリーヴスなどと言っても、読者は知るよしもないだろう。母体となっているモダン・ネイチャーというロンドンを拠点とするインディ・ロック・バンドも、日本ではほとんど紹介されていない。フォーク、ジャズ、クラウトロックなどを吸収し、CANやアリス・コルトレーンを現代的な英国フォークとして再解釈したようなバンドで、手短に言えば、田園的サイケデリアを特徴としている。バンドの初期メンバーのウィル・ヤングは、ポーティスヘッドのジェフ・バロウと共にBeak>に参加、バンドの中心人物のジャック・クーパーは、その前はアルティメイト・ペインティングなるバンドで活動、さらに元を辿るとMazesというインディ・バンドで〈Fat Cat〉からデビューしている。ザ・スリーヴスは、2010年代から地道に活動してきたジャック・クーパーとモダン・ネイチャーのもうひとりのギタリスト、タラ・カニンガムのふたりによるプロジェクトなのである。
 アルバム『ザ・スリーヴス』は、ふたりのアコースティック・ギターと歌のみという最小限の音数で構成されているわけだが、このアルバムを特別なものにしているのは、余白、ブレイク、静寂である。演奏者ふたりの呼吸と間から生じる、能動的な静寂だ。そしてインプロヴィゼーション。計算では導き出せないモノ。ひとつ喩えるなら、これはスティル・ハウス・プランツがプロデュースしたサイモン&ガーファンクルだ。予測不能な即興演奏ながらも、あのバラバラに解体されたような拍動と美しいコーラスとの、過去にはなかったコンビネーションがたまらない魅力でとなっている。

 音楽やファッション、カルチャー全般において語られる「20年周期説」というのがある。ある時代のトレンドが約20年のサイクルで再評価され、再びメインストリームに浮上するという現象だ。ロレイン・ジェイムズの新作は20年前のグリッチを咀嚼している(すばらしい新作だ)。ハイパーポップは20年前のエレクトロクラッシュを想起させる(レディ・ガガになれるのは誰だろう)。こうした回想は老いたるもの特有の習性で、歳はごまかせない。だが、20年という時間を経たからこそ見えることもあると思いたい。誰もが過剰な熱狂のなかに足を踏み入れれば、そのダークサイドにも遭遇し、魂を痛めることもある。
 『ザ・スリーヴス』と『Campfire Songs』は似て非なるものだ。だいたい『ザ・スリーヴス』は酔っていない。山小屋のなかの楽しいひとときではなく、なかば、都会のなかの隠遁者のような静けさをもっている。この音楽の出発点はロンドン市内の高架下での彼と彼女のセッションだった。深夜の濡れた街角を想像してみよう。これは賑やかな場所が苦手な人、静寂を愛するリスナーにとって、思ってもみなかった贈りものだ。

野田努