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Black Marble

New WavePost-PunkSynth-pop

Black Marble

Life in Small Spaces

Sacred Bones

デンシノオト Sep 28,2026 UP

 ブラック・マーブル(Black Marble)の音楽を聴くと、1980年代のニューウェイヴやポスト・パンクを思い浮かべてしまう。ニュー・オーダーを思わせるベース、アナログ・シンセサイザー、ドラムマシン、リヴァーブをまとった低いヴォーカル。初期作品では、それらが薄い霧のように重なり、遠い時代から届いた音楽のような距離感を作っていたし、それがブラック・マーブルの音楽の魅力でもあった。
 過去の音楽をそのまま再現するのではなく、記憶のなかに残った音の輪郭だけを取り出して、現在のポップ・ソングへ組み替えていく。その感覚が、このプロジェクトにはずっとあった。

 ブラック・マーブルは2011年、ブルックリンでスチュワートとタイ・キューブ(Ty Kube)によって始動した。2012年にはEP「Weight Against the Door」とファースト・アルバム『A Different Arrangement』を〈Hardly Art〉から発表する。コールドウェイヴや80年代初頭のシンセ・ポップ、ニュー・オーダーのピーター・フックを連想させるベースなどを取り込み、米国のインディ/ポスト・パンクの文脈で注目を集めた。2016年の代表作『It's Immaterial』をリリース。『It's Immaterialからキューブが離れ、スチュワートのソロ・プロジェクトへと移行した。同作を〈Ghostly International〉から発表した後、〈Sacred Bones〉へ移籍し、『Bigger Than Life』(2019年)、『Fast Idol』(2021年)を送り出してきた。
 ブラック・マーブルの素晴らしいディスコグラフィを通して聴くと、音楽的な変化はかなり明確に思える。初期の冷たいシンセサイザーを軸としたサウンドは、『It's Immaterial』で輪郭を増し、『Bigger Than Life』ではメロディとヴォーカルがより前景化する。『Fast Idol』になると、初期作品の質感を残しながら、より開かれたポップ・ソングへと踏み込んだ。これまでの作品を聴きながら感じてきたのは、音色の面ではかなり限定された素材を使いながら、そこから少しずつ曲そのものの強度を高めてきたアーティストだということだった。

 そして5年ぶり、5枚目となる『Life in Small Spaces』では、スチュワートはギター・サウンドを大きく取り入れた。〈Sacred Bones〉も本作について、「シンセの壁」を減らし、ギターを増やした作品と説明している。
 その変化がまず鮮明なのが、冒頭の “It Always Comes to Me” だ。最初に聴いたとき面白いと思ったのも、このギターの置き方だった。ギターはシンセサイザーの装飾ではなく、曲を動かす中心的な音として配置される。生々しいギターとベース、鋭いリズムが前へ出て、そこへスチュワートの低い声とシンセサイザーが重なる。だからといって、『Life in Small Spaces』が電子音楽からバンド・サウンドへ転換したわけではない。これまでのシンセ・ポップを骨格として残しながら、ギターと生演奏的な感触を加え、新たな均衡点を探ったアルバムと考えたほうが近い。
 スチュワートが今回の音楽的な参照先として挙げるのは、ワイヤー(Wire)、パイロン(Pylon)、ザ・ネセサリーズ(The Necessaries)。1980年代初頭のアメリカのカレッジ・ラジオ周辺にあった、スタッカートの効いたギターが本作の輪郭を形づくったという。また、ドラムについては、ワイヤーのシンプルでメトロノーム的な演奏感覚を意識したそうだ。そうした要素を組み合わせ、スチュワートは「ふたつの放送局のあいだにあるラジオ」のような、きらめきと催眠性を併せ持つ音像を目指した。
 2曲目 “Jim Carol New Year” では、電子的なリズムとシンセサイザーの反復が軽快なポップ・ソングを組み立てる。一方、歌詞には成功や自己肯定、金銭、他人の言葉への不信といったモチーフが入り込む。
 3曲目 “Anything” ではギターがさらに前へ出て、キャッチーなメロディの背後に、満たされない関係や自己矛盾が潜む。この曲を聴くと、ブラック・マーブルのポップ・ソングとしての巧さがかなり端的に表れていると感じる。メロディはすぐに耳に残るのに、聴き進めるほど単純なラヴ・ソングとして処理できなくなる。明快なポップ・ソングと、そこに収まりきらない感情。その微妙なずれが面白い。
 5曲目 “Other Man's Dream” も重要な位置を占める。他人の生活や成功を羨ましく思う感情を出発点にしながら、最後には自分で選んだ生活へと視線が戻る。ここにはアルバム全体を貫くテーマも見えてくる。『Life in Small Spaces』は、音楽産業の変化と、そのなかでスチュワート自身がどのように活動していくかを考えた作品でもある。「大きな成功」や安定を追い求めるのではなく、自分の規模で音楽を続けること。その選択が、アルバムのタイトルにも反映されている。
 8曲目 “Missing History” になると、ギターよりシンセサイザーが前面へ出る。規則的なベースと反復するシンセ、切れ味のあるリズムが重なり、80年代のシンセ・ポップを思わせる瞬間が生まれる。80年代中期のカレッジ・ロックとシンセ・ポップの中間に位置するような感触も興味深い。ここまで聴いてくると、ギターの導入によって以前の音楽性を捨てたのではなく、むしろシンセサイザーとギターを行き来できるようになったことが、本作の大きな変化なのだと感じる。
 9曲目 “Panopticon Calls” では、テクノロジーによって孤独が解消されるどころか、別のかたちで強まっていく感覚が浮かび上がる。SNSを通じて他人の生活を覗きながら、自分自身は部屋のなかに閉じている。その状況を支えるのが、歪んだギターと電子的なリズムだ。
 10曲目 “Picture When” を経て、最終曲の “Sonny Boy” へ至ると、アルバム全体を通じて鳴ってきたギターとシンセサイザーの響きがひとつの地点へ収束する。個人的には、この曲のシンプルなメロディがとても好きだ。どこかスケッチ・ショウの “ekot” を連想させる旋律でもあり、ここにはブラック・マーブルがこれまで培ってきたポップ・ソングの感覚が、とても素直なかたちで表れていると思う。

 『Life in Small Spaces』が示すのは、ニューウェイヴやポスト・パンクを再現することではなく、それらの音楽が持っていた感覚を、現在の生活へ引き寄せる行為そのものにある。シンセサイザーとギター、簡潔なビートとメロディによって、ブラック・マーブルは日常の小さな感情をポップ・ソングへ変えていく。
 過去の音楽を手放すことなく、少しずつ音の配置を変え、曲の輪郭を広げていくこと。初期作品にあった過去との距離感から一歩踏み込み、いま自分が暮らす場所から音楽を鳴らすこと。その変化が、『Life in Small Spaces』をこれまでのブラック・マーブルの延長線上にありながら、確実に新しい作品として聴かせているのだ。

デンシノオト

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