ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. Smith & Mighty ——ブリストル・サウンドのオリジネイター、スミス&マイティが久しぶりにアナログ盤をリリース
  2. The Fall ——上村彰子著『ザ・フォールの素晴らしき世界』が刊行
  3. Eli Keszler and Alpha Maid ──〈MODE〉が贈る2026年最後のプログラム、イーライ・ケスラーとアルファ・メイドの来日公演
  4. Moodymann ──ムーディーマンの来日公演が決定、今年は東京と京都をツアー
  5. Arab Strap - Half-Told Tales | アラブ・ストラップ
  6. AMBIENT KYOTO ──2027年春、レイ・ハラカミの展示が決定
  7. interview with Adrian Sherwood and Nightmares On Wax UKダブ・“トーク”・セッション | ――エイドリアン・シャーウッド×ナイトメアズ・オン・ワックス特別対談
  8. Eden Aurelius - Entre Nous / emer ft. Ugnė Uma - You and Me | エデン・オーレリウス、エメル、ウグネ・ウマ
  9. Columns #15:「すべてのロックンロールに反対してやる」 ──『UKインディ・ロック入門』刊行のお知らせ
  10. ジャパニーズ・ヒップホップ第二世代──あるDJの証言
  11. Protomartyr - Hotel Usona | プロトマーター
  12. 別冊ele-king パンク50周年記念号──それは何だったのか、何でありえるのか
  13. ゲーセン波乱万丈の100年史
  14. interview with Actress UKテクノ界の奇才が語るみずからの哲学 | ──アクトレス、インタヴュー
  15. 三田 格
  16. Marcellus Pittman ──デトロイト・ハウス珠玉の逸材、マーセラス・ピットマンの来日ツアーが開催
  17. ポピュラー文化がラディカルな思想と出会うとき──マーク・フィッシャーとイギリス現代思想入門
  18. ele-king vol.37 ボーズ・オブ・カナダ大研究/サイケ&ドリーミー特集
  19. 細野晴臣 - Yours Sincerely | Haruomi Hosono
  20. METHOD MOTEL - @名古屋・栄CENTRAL

Home >  Reviews >  Album Reviews > lilbesh ramko- Ramko Helvetica

lilbesh ramko

Post-Hyperpop

lilbesh ramko

Ramko Helvetica

Self-Released

松島広人 Oct 27,2026 UP

 昨年、ジェーン・リムーヴァーのアルバム『Revengeseekerz』についてのレヴューを寄稿したとき、黎明期をすぎた「ハイパー」なムーヴメントが新たなフェーズに突入した……といったことを書いた。「ハイパー」的な物事は、1年後のいまも相変わらず終わったり始まったりしてスクラップ&ビルドを繰り返している。「変わり続けていく」という点がこの現象の正体なのだと思う。

 たとえばハイパーポップ以降の感性が影響したブログ・ハウスのリヴァイヴァルである新潮流「Indie Sleaze」や「laptop_twee」と呼ばれる新型のインディ・ポップがここ1年ほどで台頭し、リール動画のBGMからクラブの一室まで、世界中のあちこちで鳴るようになった。かつての初期衝動的な音遊びは、いまや新しいエレクトロ・ポップの雛形として定着したのだ。

 そんな中、日本におけるハイパー・ムーヴメントの中心人物たるlilbesh ramkoが、潮流に感化されるでも交わるでもなく、ただ個人的なものとして「New Pop Standard」を掲げた37曲/1時間48分の大作『Ramko Helvetica』を完成させた。

 lilbesh ramkoは、正式名称を「lilbesh ramko(offline)新生nanachi.xp/MiAε錬成.+22%yunwii ramko(nw): NPS ramko」と自称する、2002年生まれのSSW。パンデミック期のSoundCloudで同時多発的に勃興したハイパーポップ/デジコアの衝動に呼応し、2020年初頭にGarageBandアプリで音楽活動を開始。『終末collection』『徘徊collection』という2枚のアルバムを経て活動規模の拡大はとどまるところを知らず、インディペンデントな活動形態ながら今年12月にはZepp DiverCityにて自身最大規模となるワンマンを控える。

 僕がramkoと初めて会ったのは4年半ほど前、「抑圧された青春を駆け抜ける」をコンセプトとした「liQuid」というパーティーだった。そのとき、彼は客演として口元を引き裂いた不織布マスクをつけて登場、大声でがなり散らしてパッと去っていった。「自粛が生んだフラストレーションの結晶みたいだったな」と思っていると、僕のナードなDJセットに反応してくれた彼が、礼儀正しく、おそるおそる声をかけてくれた。荒々しさとは真逆の、清廉でシャイな青年だった。

 それからramkoと交流を重ね、自然と信頼関係が生まれていった。ライヴも、少なく見積もっても100本以上は観たと思う。度々「競争は苦手、好きな音楽を好きにやりたい」といったようなことを口にしていた彼は、誰とも競わずに誰よりも先へ進んでいった。柔和で朗らかなままスターダムに駆け上がるlilbesh ramkoの台頭は、マッチョな価値観が大嫌いな自分には本当に輝いて見えた。

 話をアルバムに戻す。『Ramko Helvetica』は新しいスター像を打ち立てた温和な青年の歩みの集大成であり、ハイパーポップの「ポップ」の部分を深化させ、「ハイパー」的な衝動性を技巧として昇華させることに成功した作品だった。

 完成直後、恵比寿バチカで開催されたプレ・ワンマンに駆けつけた際に少し話を訊くと、本作をわずか数ヶ月間で集中して作りきったという。「毎回完成前はしんどそうにしてたけど、今回はどうだった?」と訊ねると、「全然ストレスなく、いままででいちばん楽しんで作れた」と快活に話す。それを聞いてふと、パンデミック期に寝食を忘れGarageBandに没頭していた彼の姿が頭をよぎった。「6年後のいま、同じことをもう一度やったら?」というチャレンジでもあったのだろう。

 ところで、表現と創作に限っていえば、lilbesh ramkoは存外セルフィッシュな人間であり、妥協や人の手が入ることを好まないタイプだ。本作も客演を一切招かず、すべてが「自分が楽しむための音楽」として書かれている。それでいて、身勝手さどころかある種の慈愛さえ伝わってくるから不思議だ。そういえば、彼が敬愛するSSW・星野源が昨年発表した『Gen』は、氏がこれまで避けていた私性を前面に押し出した作品だった。そのスタンスも、なんとなく本作に影響を与えているように思われる。

 サウンド面では、これまであまり見られなかったピアノやアコースティック・ギターといった生音、家で過ごしているときや散歩中に耳に入る環境音などのサンプリングや、デジタル化されたバンド・アンサンブルのようなアプローチが目立つ。ゲーム音楽から影響を受けたであろうトイ・ポップ点な側面なども。そうした複合的な要素にシグネチャーである潰れたグリッチ・サウンドを重ねることで、本作は未知の聴感を生んでいる。昨年取材をしたときも「ピアノを買って家で弾くのが最近は楽しい」「インディ・ロックみたいなものをよく聴くようになった」みたいなことを話していたっけ。

 過去作に通じるエレクトロクラッシュ~ハード・トラップ的なサウンドも健在ながら、そうしたフレームを踏襲した楽曲にも以前と比べ奥行きが生まれ、聴き手を意外性とともに揺さぶる。突然ぶつ切りになったり、リズムをガラッと変えたりするビート・スイッチも多用され、ぼーっと聴いているとハッとさせられるようなギミックが全体に張り巡らされている。収録曲でいえば “R.H.Marchingbander” や “Young Machine Gun” あたりは、laptop_tweeなどの新興トレンドを通り越して渋谷系に回帰しているようにも感じられる。

 歌詞には環境や交友関係の変化に伴う複雑な心情や、社会の欺瞞をつつくような言葉も散見され、こうした振り幅にもramkoの成長を感じる。以前はもっと閉じていた。今作では内省的な感覚はそのままに、「前向きな諦め」とでも呼べそうな明るい寂寥感が詩世界に漂っている。

 それにしても、これだけの曲数を抱えたハイパーポップの作品集を耳にする機会は、少なくとも国内リリースでは皆無に等しい。「ハイパー」を出発点にエレクトロ、ジャージー・クラブ、ロック、トラップ、弾き語り、アンビエントなど、多様なジャンルを折衷した『Ramko Helvetica』は、聴く人によってまったく異なる景色を見せる作品で、聴こえ方もその日の気分や調子によって変わるかもしれない。

 なにしろ37曲という膨大な分量だ。すべての音楽がショートに、ファストに、過激に、空虚に収斂進化しつつある流れに辟易している人ほど、一度聴いてみてほしい。(好ましくないがもはや使用を避けられないスラングとして)「ドパガキ」という概念も定着しつつあるが、そういう人は数曲ずつ休み休み聴いてもいいと思う。

 「everything is okay :)」という作中何度も挿入されるサンプル・ヴォイスが、きっとあなたを肯定してくれる。いいこと、よくないこと、全部オッケー。そうして人生は終わりへ進んでいく。

松島広人