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吉岡誠

吉岡誠

江戸アケミ、四万十川から

SLOGAN/indies press

市原健太 Jul 21,2026 UP

 没後35年が過ぎ、江戸アケミが世界からいなくなって長い時間が経過したけれど、彼の眼差しがいまもそこかしこに残っていてぼくらはそれに刺し貫かれ続けている。不思議なのは、ロックというフィールドの土壌のなかのさらにアンダーグラウンドな場所から聴こえてきた音楽のはずなのに、またあれほど奇態を演じ過剰に生きたアケミのその眼差しにどこか普遍性があることだ。ロック、パンク、ファンク、アフロビートと名前は何でもいいけれど、アケミの目指した音楽はそうした様式の向こう側にあった音楽であり、アケミ自身の音を鳴らそうとしていた。ロック「らしいもの」「のようなもの」をやってもロックにはならねえんだというクリシェは、反対にロック・ミュージックを相対化し普遍の方へ向かうのではないか。
 とてもシニカルに見えるところもあって、自分の音楽を好きになってもらうことよりももっと大事な「何か」があって、いつでもその大事なことの過程にいるのだというようなストイックな佇まい、ステージでも一歩引いた姿があったことを思い出す。
 パンク・ムーヴメントの真っ最中に、土臭いサザン・ロックを演奏するバンドとして生まれたじゃがたらは、60年代から続くアングラ文化とも、そしてもちろんDIY的なパンク・ムーブメントとも深くかかわっている。初期メンバーたちの音楽的な造詣はパンクスたちとも一味違ったし、当時チャス・ジャンケル(ブロッグヘッズ)のようなと形容されたその後加入したOTOの卓越したセンスなど、さまざまなファクターの上に奇跡的にファースト・アルバムである「南蛮渡来」が生まれている。多くの人を巻き込みながら、そして音楽も多彩なジャンルを横断しながらという、バンドというよりは大きな運動体のなかにあって、これまで江戸アケミ個人の姿を捉えることはなかなか難しかった。

 本書は、著者が江戸アケミの学生時代の親友に知己を得て墓参をしたことがきっかけとなり取材をはじめ、アケミの生い立ちから早すぎる死までの一代記という大きなテーマが扱われている。東京に出た後のことについては、もちろんバンドのメンバーやさまざまな関係者に取材が行われており、しかしその膨大な情報が、アケミの過剰で性急に過ぎる人生に引きずられることなく描かれている。アケミの幼少期から青年期までの、今までぼくらが知り得なかった歴史が明らかになることによって、彼の音楽はもとより、文中の風景やシニフィアンたちが見事に動き出し生々しい姿が浮かび上がってくる。
 プロの物書きではなく、古書店を営まれている本書の著者、吉岡誠が書いた本である。先ほど、じゃがたらはバンドというよりも運動体であると書いたが、古書店らしい例えを出せば、江戸期以降この国の近代化・西欧化に大きな影響を与えたのがキリスト教で、日本各地に布教の根を降ろしたおのおのの集団を「バンド」といい、古書店の郷土史の棚にはその当地におけるキリスト教の歴史の本が並べられているはずだ。
 これまで江戸アケミは母親の影響でキリスト教に入信するが、途中で信心をなくし、また教会という組織に対する反発心から棄教をしたという言い方をされてきたと思う。むろん何にでも疑念は生ずるはずだし、上京後のアケミが直接キリスト教と関わったということは聞いたことがない。しかし本書が明らかにしたように、最初は母親の影響であったとしてもアケミは、いや少年・江戸正孝は積極的にプロテスタントの教会に通い熱心に聖書を読み教義を勉強したのだ。神を通して世界というものを考えるのだから、やはりアケミの書く詩の強度には聖書の影響があったはずである。じゃがたらという集合離散する自由な集団のスタイルにもこの少年時代の教会での生活が関係をしているのではないだろうか。
 また最後の清流といわれる四万十川周辺での生活にあって、アケミは自然に親しむどころか、そのなかに没入するような体験を通してスピリチュアリティも手に入れている。南国的ではあるけれど宮澤賢治的な精神性だ。そのような体験からきっとアケミの反資本主義的な身体もでき上っていったはずだ。
 少し前に紹介した川口好美の「不幸と共存」(法政大学出版会 「不幸と共存ーシモーヌ・ヴェイユ試論」)のなかで、不幸とは人格性を失ったむき出しにされた生であり、それをシモーヌ・ヴェイユは「キリスト(のようなもの)の目を通してでなければ(その不幸を人が)見ることができない」と紹介している。第二次大戦末期、芬々たる死のにおいが立ち込める空気のなかでヴェイユが考え抜こうとした「不幸」。それを見極めなければいけないのはそうしなければ希望が見えないてこないからだ。
 ネタバレになるので内容は臥せるが、彼らが教会へと通うことの端緒にもなった、母親と13歳の正孝が経験した決定的な出来事はやはりその後のアケミの眼差しを鍛えたはずだ。なにかが「見えた」などというつもりはまったくない。ほかの人よりも本気で彼は見ようとしたはずなのだ。
 「踊り続けること」という何度もアケミが繰り返したクリシェをぼくらはどこまで広げることができるだろう。アケミの、じゃがたらの近傍にいた大平ソーリは、(踊り続けることで)「自分が(個人が)なくなってゆくのだ」と語っているが、その先をどのようにぼくらが作っていくことができるのか。踊ることの楽しさをほとんどぼくらは消費してきたけれど、アケミはきっと変わること、変身することを考えていたはずなのだ。
 すべてをこの少年時代に演繹するつもりもまったくないが、本書の地道でいたって正しい取材、そして労力がかけられた長い時間がなければそれを知ることができなかった。ほんとうに得難い本を読んだ。

市原健太