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Visible Cloaks

ElectronicExperimental

Visible Cloaks

Paradessence

RVNG Intl. / PLANCHA

デンシノオト Jul 03,2026 UP

 2017年に発表された『Reassemblage』は、米国ポートランドを拠点とするスペンサー・ドーラン(Spencer Doran)とライアン・カーライル(Ryan Carlyle)によるユニット、ヴィジブル・クロークス(Visible Cloaks)の名を広く知らしめた作品であり、2010年代を代表するアンビエント作品のひとつとして高い評価を受けた。
 電子音響と環境音楽、デジタル技術と有機的な響き、日本の環境音楽からの影響、そしてポストインターネット的な感覚を独自の手法で結びつけながら、彼らは異国趣味を反転させたような「未来的エキゾティシズム」を2010年代に提示した。

 待望の新作『Paradessence』は、そのようなインターネット以降のアンビエント音楽の美学的問題意識を継承しながら、さらに流動的なサウンドへと発展させた電子音楽作品である。『Reassemblage』が精緻に設計された仮想空間を描いていたとすれば、本作『Paradessence』は、空間が絶えず変容し続けるその過程そのものを描き出している。なお、ヴィジブル・クロークスは2019年に尾島由郎と柴野さつきとの共作『FRKWYS Vol.15: serenitatem』を発表しているが、オリジナル・アルバムとしては9年ぶりの新作である。
 彼らの作品には一貫して自然と人工の境界を問い直す視点が存在してきたが、本作ではその姿勢がさらに深化している。ここで目指されているのは両者の融合ではなく、自然と人工という区分そのものを無効化することだ。
 とりわけ印象的なのは音響の質感である。本作には、近年のアンビエント作品にしばしば見られる牧歌性やノスタルジアがほとんど存在しない。代わって現れるのは、極度に洗練された人工的なテクスチャーだ。ガラスのような透明感と金属的な滑らかさを備えた音の内部には微細なノイズや歪みが潜み、その美しさは安らぎよりもわずかな不穏さを伴っている。この感覚は、デジタル技術が日常の隅々まで浸透した現代社会の風景とも重なって見える。

 本作全体は、ひとつの連続した音響体として設計されている。『Reassemblage』では各曲が独立した風景画のような役割を担っていたのに対し、『Paradessence』では曲間の境界が意図的に曖昧化されている。音は生成され、変形し、消失する。その循環運動こそが作品の主題となっている。
 また、本作では沈黙も重要な構成要素として機能する。音が鳴る瞬間だけでなく、消え去る過程までもが作品の形態を決定している。ふたりが参照したという建築理論家クリストファー・アレグザンダーの「ポジティヴ・スペース」の概念を踏まえれば、ここでの空白は単なる余白ではなく、積極的に空間を形成する要素として機能している。

 タイトルの『Paradessence』は、「paradoxical(逆説的な)」と「essence(本質)」を組み合わせた造語であり、相反する要素の共存を示唆している。アルバム全体は、この概念を音響的に実践した試みとして捉えられる。
 1曲目 “Apsis” から6曲目 “Telescoping” までは、独自のアンビエント空間が展開される。シンセサイザーはどこか生楽器のような質感を帯びつつ、その電子処理によって人工的な響きへと変容していく。透明でありながら粒子的でもあるアンビエンスが生成され、その結果、耳に届く音の出自は判別不能となる。3曲目 “Disque” にはモーション・グラフィックス(Motion Graphics)が参加し、人工的な音響空間のなかに微かなノスタルジアを添えている。

 アルバム中盤では、環境音楽の系譜と結びつくコラボレーションが展開される。7曲目 “Shape” には日本の環境音楽を代表する音楽家である尾島由郎と柴野さつきが参加し、続く8曲目 “Thinking” では両者に加え、フランスのエクスペリメンタル音楽家フェリシア・アトキンソンの声が加わる。
 ここでの声は言語的な意味を伝えるためのものではなく、ひとつの音響素材として扱われている。言葉は解体され、旋律や残響と同列の存在として空間へ配置される。その手法はアンビエントというより、むしろ電子音響やサウンド・アートに近い。本作は、1980年代の環境音楽と2020年代のアンビエント/エクスペリメンタル・ミュージックによる世代を超えた音楽的な対話でもある。
 9曲目 “Zinna” と10曲目 “Swirl” では、ピアノや声の断片が現実と仮想の境界を漂うように響く。この2曲では、“Shape” と “Thinking” を引き継ぐかのような精密かつ繊細な環境音楽が展開されている。
 続く11曲目 “Steel” と12曲目 “Intarsia” では、本作に通底してきた緊張感がより鮮明になる。旋律は現れては崩れ、ノイズは静寂へと回帰する。秩序と無秩序、構築と解体が反復されるその運動は、絶えず更新され続ける現代の情報環境を思わせる。
 13曲目 “Capgras” では環境音と断片的な電子音が交錯し、世界が新たな姿へと再構成されたかのような静謐なサウンドを生み出している。スペンサー・ドーランによる「不確定性サイバー室内楽」プロジェクト、コンポニウム・アンサンブル(Componium Ensemble)が参加した14曲目 “System” では、それまでの音響的要素が穏やかに交錯し、アルバムの終幕にふさわしい天上的な音世界が広がる。

 ヴィジブル・クロークスは政治的なメッセージを前面に押し出すアーティストではない。しかし本作には、パンデミック後の社会やAI、SNSによって変容する認知環境への感覚的な応答が刻まれている。そこにあるのは未来への楽観でも悲観でもなく、不確実性そのものを受容する視線である。
 もっとも、本作は決してディストピア的ではない点も重要だ。終盤に向かうにつれて音響は徐々に開かれ、散在していたモチーフは緩やかな統一感を獲得していく。そこには、崩壊の先にもなお残り続ける美しさへの信頼が感じられる。『Reassemblage』がテクノロジーと異文化の交差から生まれる未来像を描いた作品だったとすれば、『Paradessence』は、その未来がすでに現実となった世界を見つめた作品である。
 テクノロジーと身体、現実と仮想、自然と人工。その境界がかつてなく曖昧になった時代において、ヴィジブル・クロークスは音楽を通じて現代の知覚環境を精緻に描き出した。『Paradessence』は環境音楽の歴史を継承した優れたアンビエント作品であると同時に、2020年代の新たな感覚構造そのものを映し出した重要作である。
 『Paradessence』は環境音楽でもニューエイジでも電子音響でもない。それら複数の領域を横断しながら、「聴く」という行為そのものを再構築しようとする作品である。

デンシノオト