Home > Reviews > Album Reviews > Brian Jackson- Now More Than Ever
足元にあるこの大地は
俺のために作られたもの
俺が縛られるべき場所なんてどこにもない
俺の魂は自由であるようにできている
もうすぐ誰もが目にするだろう
人生とは、俺たちがなりたい自分になるために
与えられたものなのだと
これはきみの世界だ
きみの、きみの、きみたちのための世界だ
きみが見つめているものは
俺のために用意されたものじゃない
きみの世界だ
ギル・スコット=ヘロン&ブライアン・ジャクソン
“It's Your World”
音楽の底力を感じる。驚くほどストレートな実存主義的力強さ、1976年のこの曲が50年後のいま蘇っている。ラヒーム・デヴォーンが歌い、詩人、J・アイビーが詩を読む。バックコーラスには、伝説的なリサ・フィッシャーとシンディ・ミゼル。フェンダーローズを弾くのはもちろんブライアン・ジャクソン。そして、あらたにこの曲をプロデュースしているのは近年その活動が活発化しているマスターズ・アット・ワーク(MAW)、ルイ・ヴェガとケニー・ドープのふたりである。
権威が呈する価値観、社会のシステムにただ盲従して生きることが叶わない人たちがいる。「お前はこういう人間だ」という押し付けられた枠組みを受け入れられない人たちがいる。ギル・スコット=ヘロンは、たったひと言で、そういう人たちにエネルギーを送り込むことができる詩人だった。そしてそのエネルギーは、ブライアン・ジャクソンという、ギルが大学時代に出会った神童的なジャズ・ピアニストといっしょに作り出されたものだった。ほとんど10代後半か20歳かそこらで出会ったこのふたりは、1970年代にかけて、少なく見積もっても7枚の決定的なアルバムを制作している。その偉大な功績をあらたに録音し直すということは、ギル・スコット=ヘロンのことを少しでも知っている人間であれば、生半可な気持ちでできることではない。
『Winter in America』(1974)をもっとも愛している人間のひとりとして言わせてもらうけれど、MAWが、ブライアン・ジャクソンといっしょに、ギルとブライアンの過去の名曲をあらたに録音するカヴァー作をリリースするというニュースは、必ずしも喜ばしいものではなかった。いくらMAWであっても、いまどきありがちな、名作の水増し盤のような……といったら失礼だが、それならオリジナル盤を聴けばいいのではないかと思ってしまうのである。しかしながら、先行リリースされた“It's Your World”の圧倒的な迫力が改心の契機となって、アルバム全体を聴けた段階では、ただただ、この音楽の力に魅せられている。これはすばらしいアルバムである。
これ以上の重荷には耐えかねているこの国は
海岸線に沿ってよろめきながら立ち並ぶ都市みたいだ
それは、ハイウェイの下に埋もれてしまった森のように
成長する機会さえ与えられなかった
育つチャンスなど、いち度もなかったのだ
そしていま、冬が来た
アメリカに冬が到来した
指導者たちは皆殺されるか
遠くへ追いやられてしまった
人びとは知っている、人びとは気づいている
いまが冬であることを
アメリカの冬だ
闘っている者は誰もいない
何を救えばいいのか誰にもわからないからだ
お前の魂を救ってくれ、神よ
このアメリカの冬から
ギル・スコット=ヘロン&ブライアン・ジャクソン
“Winter in America”
誤解を恐れずに思い切って言ってしまえば、『Now More Than Ever』はほとんどMAWの作品である。そう、これはほとんどニューヨリカン・ソウル(Nuyorican Soul)の第二弾だ。その第一弾たる1997年のあれは、ロイ・エアーズ、ジョージ・ベンソン、エディ・パルミエリ、ティト・プエンテといったジャズ/ラテンのレジェンドたちが参加したアルバムで、プエルトリコ系移民カルチャーを背景にした90年代後半のニューヨークのハウス・シーン、そこから生まれた混血音楽の金字塔だった。『Now More Than Ever』では、ニューヨリカンほど“NYラテン”が強調されているわけではないが、ダンス・ミュージックに生演奏のダイナミズムをミックスすることで、ジャンルや世代も越えた、音楽における“エロス=生命力”をおそろしく増幅させるという快挙を同じように成し遂げている。そして同じように、『Now More Than Ever』においてもMAWは、ハウス/ヒップホップのリズムを基盤としながら、何人ものゲスト陣を招いて、生演奏をフィーチャーしたスケールの大きなダンス・ミュージック・アルバムを完成させたのである。
もちろん、これは30年前の傑作の焼き直しではない。本作にはジャクソンの鍵盤が全面的に活かされていて、また、そもそもその素材がギル&ブライアンによる政治的で、ときには寒々しく、そして厳しくも心に訴える曲であるという点において、2026年という時代と共鳴しあっているのだから、ニューヨリカンのまばゆさとはいろんな意味で異なってもいる。本作でカヴァーされているギル&ブライアンの超名曲/人気曲たちは、“Winter in America”のほか以下のような曲がある。“The Revolution Will Not Be Televised”、“The Bottle”、“Lady Day and John Coltrane”、“Peace Go With You, Brother”、“We Almost Lost Detroit”、そして“Home Is Where the Hatred Is”。
“The Revolution Will〜”ではザ・ルーツのラッパー、ブラック・ソートが登場する。そして“We Almost Lost Detroit”ではわれらがムーディーマンだ。前者がヒップホップの迫力あるビートで再現されるのはわかりやすいが、企業社会(原子力発電所と資本主義)を責め立てる政治的な後者(“We Almost Lost Detroit”)がディスコ・ソウル調に変換されているところにぼくは感服した。あの、もっとも荒涼とした“Winter in America”にはファンクのリズムとラテン風味が注がれているが、このあたりがMAWの卓越したセンスと思い切ったプロデュース力であって、原曲の重さにまったく振り回されていない。誰も、あの1970年代のスピリチュアル・ジャズの再現をしようとはしていないし、2026年の現在における “ニューヨリカン” 的論法で、しかしあの頃とは違った力強さをもってこのアルバムはまとめられているのである。
そして、ギルの歌詞のなかでももっとも痛々しい“Home Is Where the Hatred Is”は、本作の聴きどころのひとつだ。ラテン・ソウルにアレンジされた演奏とリサ・フィッシャーの気迫のこもったヴォーカルは、ニューヨリカンにおける“I Am the Black Gold of the Sun”(ロータリー・コネクションのカヴァー)や“Runaway”(サルソウル・オーケストラの古典のカヴァー)のようなアルバムの核(2曲ともオリジナルが最高で人気曲であるが、カヴァーして伝えること)となる位置づけなのかもしれないけれど、本作にはあんな祝祭性がない。だが、究極的なまでにネガティヴな曲をある意味ひっくり返すという、フィッシャーの傑出した歌唱は、このアルバムからみなぎるエネルギーを象徴しているようだ。
薄明かりのなかを歩くジャンキー
俺(私)は家に帰る途中
家を出たのは3日前だが
俺(私)がいなくなったことなんて誰も気づいていない
家とは、憎しみがある場所
家は、痛みで満ちている
いっそのこと、もう二度と
二度と家に帰らないほうが、悪くない選択かもしれない
ギル・スコット=ヘロン
“Home Is Where the Hatred Is”
1997年、たまたま取材でニューヨークに滞在したときに、クラブで“Runaway”がかかるとフロアが大合唱になるというすさまじい事態に直面し、言葉を失ったことがある。とくにあのコーラス部分──「逃げ出しなさい、ためらっている暇なんてない、急いで、いますぐ逃げ出すこと」、あれこそまさにアンセムで、そんな曲はほかになかった。当時のニューヨリカン・ソウルはあの街で暮らしている人たちにとっての誇れる輝きだったのだろう(言っておくが、純粋なNY生まれの音楽はディスコとヒップホップである。フォークもロックも、基本、地方出身たちが作ったものだ)。今回のアルバムにおいては、おそらくは“It's Your World”がその役目を果たすのだろう。2026年のニューヨークのクラブでその曲がかかって大合唱が起きたら、それはもう、すばらしい政治マニフェストに違いないのだ。
タイトルの『Now More Than Ever』は、「いまは、かつてないほど」という意味で、このフレーズは“Peace Go With You, Brother”という同胞への愛憎と連帯を込めた曲として知られる。『Winter in America』の幕開け(および幕引き)を飾る曲の最初のフレーズである。この曲の歌詞は、いちどはギルに裏切られ、決裂し、長いあいだ顔を合わせることもなく、35年間、市役所で働きながら音楽を続けてきたブライアンにとっては、あらたな意味を持つ言葉であろう。そして本作においてブライアンとMAWが伝えたい前向きな瞬間も、このなかにあることは言うまでもない。
いまこそ、かつてないほどに
すべてのファミリーがひとつにならなければならない
あらゆる場所にいるすべての同胞たちが
その時代の空気を肌で感じている
いまの俺にはかつてあったプライドもない
俺たちも、お互いを認め合うこともなくなった
きみは俺の弁護士で、医者だったが
俺のことを忘れた
だからいま、こうしてきみと顔を合わせるとき
俺にどうにか言えるのは
あなたに平和あれ、兄弟よ
いまさら俺たちが言い争うなんて、何の意味もない
時はもう俺たちのすぐ目の前に迫っているんだ
いまさら俺たちが言い争うなんて、何の意味もない
きみの子供たちも、俺の子供たちもみんな
いつか俺たちの過ちの代償を払わされることになるだろう
せめて平和があなたの行く道を導いてくれますように
あなたに平和あれ、兄弟よ
あなたがどこへ行こうとも、平和あれ
ギル・スコット=ヘロン&ブライアン・ジャクソン
“Peace Go with You, Brother”
【2026年5月22日 金曜日@青山ブルーノート東京】
ブライアン・ジャクソンとヤシーン・ベイ(モス・デフ)によるギル・スコット=ヘロン・トリビュート・ライヴは、MAWがプロデュースした作品とはまた別の、じつにヒリヒリとした、緊張感のある演奏だった。
1曲目、キャップを深く被ったヤシーン・ベイは、詩集を片手に“The Revolution Will Not Be Televised”を朗読し、ブライアン・ジャクソンがピアノとフルートを演奏する。ベイの詩をフィーチャーした“Winter in America”も、ちょっと身震いするようなパフォーマンスだった。もちろん“It's Your World”と“The Bottle”は場内を熱くし、温度は急上昇したが、ぼくは3曲目の“We Almost Lost Detroit”で泣いた。20年以上昔のことだが、ムーディーマンは、このレコードをまわしながら、マイクを持ってコーラスの部分を一緒に歌った。MAWの『Now More Than Ever』では、彼はヴァースの歌詞を朗読している。いずれにせよ、ライヴにもレコードにも、古い曲のなかに新たな生命力を感じることができた。
ライヴの前日は、ぼくはブライアン・ジャクソンに取材した。現在73歳の彼は、その年齢をまったく感じさせない溌剌とした人物だったが、演奏もエネルギッシュで、まったく見事なものだった。ギルの歌詞がいまでも通用してしまうことは決して幸せな話ではないと、かつて活動を共にし、そして裏切られもしたジャクソンは言ったが、しかしだからこそ再訪する価値もあろう。かつて、ひとりでアメリカに牙をむいて、あらゆる言葉で自国を批判し、自らも傷つき、滅んでいった詩人の話は、語り継がれて当然である。
野田努