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Félicia Atkinson

Experimental

Félicia Atkinson

Sans Visage

VIERNULVIER

Amazon

デンシノオト Aug 17,2026 UP

 フランスのフェリシア・アトキンソンはこれまで一貫して、「聴くこと」そのものを問い続けてきたアーティストである。フィールド・レコーディング、フェンダー・ローズ、ピアノ、囁くような声、電子音、それらをミュジーク・コンクレート的な手法で組み合わせながら、アンビエントやサウンド・アートといった既存のジャンルだけでは捉えきれない音楽を作り続けてきた稀有なアーティストだ。アトキンソンはエクスペリメンタル・ミュージックのレーベル〈Shelter Press〉主宰のひとりでもある。

 そんなアトキンソンの新作『Sans Visage』は、ジョルジュ・フランジュ監督による1960年のカルト映画『顔のない眼(Les Yeux sans visage)』の劇伴を、約34分の作品として再構成したアルバムである。ベルギー・ヘントの文化芸術機関「VIERNULVIER」が展開する映像と音楽の企画「Videodroom」のために制作されたもので、映画音楽を出発点としながら、いわゆるサウンドトラックの再構築には収まらない自律した音楽作品となっている。

 「Videodroom」は、既存の映像作品に現代のアーティストが新たな音楽的解釈を与える試みであり、映画、美術、音楽、パフォーミングアーツが交差する場でもある。アトキンソンはここで映画の物語や映像を単純に補完するのではなく、その世界を自らの音響言語へと引き寄せた。つまり『Sans Visage』は、映画のための音楽でありながら、映画から独立して成立する作品なのである。

 その意味で本作を理解するには、2024年の前作『Space As an Instrument』との違いを見る必要がある。タイトルが示す通り、前作は空間そのものを楽器として扱う作品だった。自然音や残響、静寂を精密に配置し、音と音の「あいだ」に生まれる緊張を音楽へと変えていた。ピアノの即興、フィールド・レコーディング、囁く声は、それぞれが独立した音として鳴るだけでなく、空間の広がりそのものを知覚させる役割を担っていた。抽象的な音響のなかにも美しい旋律や柔らかな響きがあり、それらが聴き手を作品の内部へと静かに導いていた。

 対して『Sans Visage』では、その均衡が意図的に崩されている。フランジュの『顔のない眼』が描くのは、事故によって顔を失った娘と、その顔を取り戻そうとする父親の狂気だ。アトキンソンはこの物語を単純なホラーとして再現するのではなく、身体を奪われ、声を奪われる女性の側から読み替えている。そこに現代的な視点を重ねることで、60年以上前に作られた映画の恐怖を、現在の問題として捉え直している。

 さらに本作は、フランスで性暴力被害を公表し、社会的議論を巻き起こしたジゼル・ペリコへの献辞として制作された。「裁判は私が作曲の最中に起こった」とアトキンソンは語っている。60年以上前の映画が描いた身体への暴力と、現代社会における現実の暴力。そのふたつを重ねることで、『Sans Visage』は静謐な音響作品であると同時に、暴力と権力の構造を問い返す作品となった。

 この変化は、何よりもサウンドそのものに表れている。フェンダー・ローズは夢幻的な余韻を広げるためではなく、暗闇を一瞬だけ照らす光のように短く鳴る。電子音は柔らかなドローンとして持続するのではなく、神経を逆撫でするような高周波として現れる。ピアノの断片は旋律へ発展することを拒み、フィールド・レコーディングやノイズも背景に退くことなく、音楽を構成する主要な要素として置かれている。

 特に “Les Yeux” から “Sans Visage” へ続く後半では、音と沈黙、発音と無音の境界が次第に曖昧になっていく。音楽は明確な方向へ進むのではなく、見えない何かが空間に滞留し続けるような感覚を生み出す。ここでアトキンソンが用いるコラージュ的な手法は、単なる音の編集ではない。異なる音を接続することで、聴き手が音を認識する仕組みそのものを揺さぶっている。

 そのため本作を聴いていると、自分自身が映画の内部へ閉じ込められたような感覚に襲われる。一般的なホラー映画の音楽が恐怖を煽る役割を担うのに対し、『Sans Visage』は「恐怖そのもの」の構造を音だけで組み立てていく。微かなノイズの向こうに何かが潜み、沈黙のなかにこそ強い緊張が生まれる。ここで鳴っているのは出来事そのものではなく、「何かが起こるかもしれない」という予感なのだ。静寂は休息ではなく、不安が最も濃密になる状態として存在している。

 近年のアンビエントには、癒やしや瞑想を志向する作品も少なくない。しかしアトキンソンの音楽は、そうした方向とは明確に距離を置いている。そこにはつねに微かな居心地の悪さが残る。その意味では、『Sans Visage』は、アンビエントというより、知覚そのものを彫刻する音響芸術に近い。ブライアン・イーノが環境へ溶け込む音楽を提示したとすれば、アトキンソンは環境の奥に潜む違和感を浮かび上がらせる。彼女の音楽は背景ではなく、世界をもう一度聴き直すための装置なのである。

 こうして見ると、『Space As an Instrument』から『Sans Visage』への変化は、サウンドが暗くなったということではない。前作『Space As an Instrument』が空間に耳を澄まし、その広がりや静寂を音楽として捉えたのに対し、本作『Sans Visage』はその空間の裏側に潜む気配へと耳を向けている。映画音楽という形式を出発点にしながら、その枠組みを越えて独立した音響作品へと変換した『Sans Visage』は、アトキンソンのディスコグラフィのなかでも特に緊張感の強い一作といえよう。

 その緊張感の根底には、過去の映画が描いた恐怖と、現在進行形の社会的現実を接続しようとする意志がある。「恐怖」は必ずしも叫び声として現れるわけではない。何も起こらない時間、何かが起こるかもしれない時間にこそ、その輪郭は鮮明になる。『Sans Visage』が描いているのは、まさにその沈黙の領域である。同時にそこには、沈黙させられてきたものをもう一度聴き取ろうとする、明確な意志も存在している。

 「そこ」へ耳を澄ますとき、自分自身の知覚が何を恐れ、何を聴き取ろうとしているのかと向き合うことになる。暴力と恐怖と聴取。アトキンソンは『Sans Visage』において、音楽を「聴くもの」から、知覚そのものを揺さぶるものへと変えている。そのとき音楽は、映画の背景ではなく、見えないものを聴くための場所になるのである。

デンシノオト