Home > Reviews > Album Reviews > Arab Strap- Half-Told Tales
暗い。が、この暗さからしかはじまらないものがあるのだろう。結成30周年を迎えたスコットランドのヴェテランがいま、どういうわけか時代精神を携えて再び輝いている。
たとえば再結成後2作目となる前作『I’m totally fine with it don’t give a fuck anymore(おれは全然だいじょうぶ もうクソどうでもいい)』(2024)にも、の絵文字に代表されるシニカルなユーモアにひきつりつつ、僕はショックを受けたものだ。ソーシャルメディア依存、フェイクニュースや陰謀論の氾濫、オンラインの誹謗中傷といった「現代的」なモチーフがポスト・パンク風のサウンドに乗せられて次々語られるそのアルバムは、重々しいロッカバラード “Turn Off the Light” で幕を閉じる。陰謀論にハマった人物の視点で「友だちも家族もいらない、私は自分の仲間を見つけたから」と告げられる、ぞっとする曲だ。「あなたが現れ、答えを示してくれた/あなたが現れ、すべての意味をわからせてくれた」。カタルシスのように爆発するアンサンブル。が、その人物はこうも言うのだ……「あなたが現れたのに、どうして私はこんなにも小さく感じられるのだろう」。
思えばそうした自身に対する嫌悪感や欠落感は、アラブ・ストラップの重要なテーマであり続けてきた。エイダン・モファットとマルコム・ミドルトンによるこのデュオは、90年代なかばにグラスゴーからブリットポップとはまったく異なる磁場から現れ、ボニー・プリンス・ビリーのようなゴシック・フォークを起点として、エレクトロニック、スローコア、ときにはチェンバー・ロックと音楽的な幅を広げてきたが、何よりもその核にあるのはモファットによる陰鬱な歌詞……というか、アルコールやドラッグへの依存、失敗を繰り返す恋愛、空虚なセックス、自己嫌悪、そして孤独を巡る容赦のないの日常のダークな描写だった。当時、そのダウナーな態度は「ポスト・サッチャー時代の退廃」などと評されたものだが、だからこそ、人生や世界の暗い面から目が離せない者たちを強烈に惹きつけたのだった。そこでは何より、弱く、だらしくなく、情けない人間が見捨てられなかったから。そしてモファットはリリシストとして、カルト的に熱狂的な支持を集めることになる。
だが彼らは音楽的には幅広く発展した『The Last Romance』(2005)を最後に活動を休止。当時の発言としては役割を終えたと感じていたとのことだが、モファットの痛ましい内省が行き場を見失いかけていたところもあったのではないか。その後の彼のソロ作品では、より形式や物語性を付与することで主題となる「人間の虚しさ」をやや客体化して描きだしていた。
そしてアラブ・ストラップとしての復帰作となるモグワイのレーベル〈Rock Action〉からの『As Days Get Dark』(2021)以降、アラブ・ストラップはある意味、生まれ直すことになった。ドラムマシンによるビート、ギター、シンセといった音の語彙は基本的には同じだが、明確にビルドアップされ、第一期にも増して力強く響いていることに驚かずにはいられなかった。そして年を取ったモファットは、インターネット・ポルノ中毒のようないかにも彼らしいモチーフを取り上げつつ、外国人排斥や男性性の暴力といった現代社会で起きていることも自らの世界に持ちこんだ。いや、彼がずっと執着していた人間の卑小さが、いまこの瞬間の社会の荒廃と自然と接続されたと言うべきだろうか。いずれにせよ、奇しくもモファットの言葉の辛辣さが説得力をいや増すことになったのである。
先述の『I’m totally fine~』、そして復帰3作目となる本作もまた、まったくパワフルなその続きとして世に放たれている。1曲目、サックスがブリブリ鳴っていきなり高揚を誘うグラム調の “I Get Noise” は嘘や扇動が溢れかえる(ネットを中心とした)現代社会のやかましさについて。そして、まるでジョルジオ・モロダーのようなディスコのイントロからメタル・ギターに突入するもっともポップなダンス・チューン “You You You” でモファットは、「きみがSpotifyでこの曲をストリーミングしてるなら、ぼくたちふたりは兵器のようなAIに資金提供していることになる/でももしこの曲がここになかったら、きみはどうやって聴けるんだろう?」と突然第4の壁をぶち破ってくる。それは特定の誰かに対する告発や糾弾というよりは、こんなシステムで音楽を聴くことになっている……こんな世界で生きるしかない無力感や罪悪感、絶望感の表明だろう。しかし50代になったモファットは、これまでに増して確信に満ちた声で、「ぼくにはきみがいる」と繰り返すのである……両義的な言葉として。
排外主義とナショナリズムを批判するアグレッシヴなダンス・ロック・チューン “Fighting for You”(「ペイ・ウォールの愛国者たちは怒り続ける」)、アンチ・エイジングを謳う金儲けに牙をむくヘヴィな “Glamour Magick”(「千人の処女の血に入浴したわたしを若返らせる」)と、本作の具体的な怒りはモファットがもともと持ち合わせていた厭世観に裏打ちされているところはあるだろう。だが、複雑なリズム感覚によって壮大なスケールを生んでいる “Basic Physics” で人間の欲望の複雑さを描いていることに象徴されるように、音楽的な成熟と歌詞の視点の多層化はシンクロしているところがある。メランコリックだがビタースウィートなバラード “Be a Man” ではいわゆるマノスフィア(男性優位主義的なネット空間)を風刺しているが、それ以上に彼自身の子どもたちの未来を不安に思う自分の頼りなさをさらけ出している。前2作に比べても、老いと死という主題がより濃厚に注ぎこまれることで、モファットは悲観主義のなかからどうにかヒューマンな心の動きを掘り出そうとする。
だからクロージングの “Beats Per Minuite” は、前作とはまた異なる余韻を残す。得意のスポークン・ワードが中心となるスローコアで、老いから痛切に身に染みる無常を、そして無常から照射されるこの瞬間の尊さをアラブ・ストラップは立ちあげている。相変わらず彼らが見つめる人生と世界は暗く、悲嘆に満ちていて、楽観も救済も簡単には見つからない。だけど、かつて退廃のなかから沈鬱な音を鳴らしていた彼らはいま、混乱と苦難のなかで、それでも感情を手放さない人間のしぶとさをワイルドな音で称えるようなのだ。
木津毅