Home > Reviews > Album Reviews > Eden Aurelius- Entre Nous


ダブは、とめどなく伝播し続けている。 ハイパーポップやマキシマリズムヘの反動もあるのかもしれない。だが、たんに「引き算の音楽」が盛り返しているわけではない。ここ1〜2年はとくに、各地でその残響を再定義するような動きが広がりを見せている。2026年を通して見えるひとつの傾向は、アンビエント、ドリーム・ポップ、ダブ、これらの結合とその発展である。
ダブが今日のようなポストモダン的な広がり——つまり、良くも悪くもだが「ルーツ・レゲエを知らない者はダブをやる資格なし」と言わんばかりの教条主義から逃れ、誰もがその残響の面白さを共有できるようになった突破口はケヴィン・マーティンにある。ジム・オルーク、エイフェックス・ツイン、AMM、メイン、シーフィール、Nullらを「ダブ」としてコンパイルした1994年の『Ambient 4: Isolationism』、マッド・プロフェッサー、トータス、コイル、トリッキー、スコーン、ザ・ディサイプルズなどジャンルを横断しながら「ダブ」でまとめた1995年の『Macro Dub Infection Volume One』といった画期的な2枚の編集盤は、間違いなくその後30年の「ダブ」のためにあったと言えるだろう。
もうひとつの突破口はベルリンの〈ベーシック・チャンネル〉が用意した。周知のようにここはキング・タビーに敬意を払うルーツ好きの人たちがはじめたレーベル/プロジェクトだったが、彼らが共鳴し、そして彼らを歓迎したのはハウス/テクノのシーンだった。その結果、いわゆるダブ・テクノの起点となったわけだが、おかげでその後のクラブ・カルチャーというポストモダン的空間においては、歴史や脈絡などには拘束されない、自由な「ダブ」表現が噴出するのである。ポールやヴラディスラフ・ディレイ、ポーター・リックス、デッドビート、ヤン・イェリネック、モノレイク、ディープコード…NYはブルックリンのエデン・オーレリウスのデビュー・アルバム『Entre Nous』も大きくはその系譜に位置づけられるかもしれない。だが同時に、そうしたダブ・テクノの先人たちさえもレトロにしてしまえるほど、彼女の「ダブ」には濃霧状のシンセのテクスチャーがあり、前回レヴューしたリズ・ハリスの幽玄世界にも通じる微光と気化性があるのだ。
だから、『Entre Nous』は、レコード店においてはアンビエントに括られてもおかしくない作品ではあるのだが……というか、むしろアンビエントと言わないほうがおかしいのだけれど、この音楽の根幹にあるのはテクノである。レーベルは英国シェフィールドの〈Short Span〉、いま勢いのあるダブ・テクノ系レーベルだ。ある人は「クラブに行く前のウォームアップにちょうどいいんじゃないか」と言っている。しかし、このレコードを聴いてまったりしてしまったら「今晩はこのままでいいか」となること請け合いだろう。経験的に言うが、これはクラブから帰ってきたときに聴いたら最高の音楽である。
同類としては、エデン・オーレリウスと同じく〈Short Span〉から昨年リリースされたEmer(エメル)と名乗る、じつに将来性を感じるアーティストの『Fog』があり、そのエメルが今年ベルギーの〈Stroom〉から出した『You and Me』も挙げておくべきだろう。ジャジーで多幸性のあるこのアルバムは、サム・ゲンデルとの共作で知られる注目のシンガー、リトアニア出身のウグネ・ウマをフィーチャーしている。そのおかげもあって日本でも評判になったが、たしかにダブ・アンビエントをいちだんポップに上げたというか、この種の音響美学がR&Bを通過したうえでドリーム・ポップ化したことのみごとな成果のひとつで、メインストリートにも影響を及ぼすかもしれない。言うなれば、過剰にダブ化したネオ・トリップホップ。
ほかにも、シカゴの〈Kino Disk〉からリリースされたコンピレーション『American Dub Electronics』(フィラデルフィアを拠点とするプロデューサー、Huerco S.名義で知られるブライアン・リーズの系譜上の、シカゴの最新ダブ集)も陶酔の宝庫だったし、もっと調査したらほかにも良いのがあるに違いない。2026年においてダブ・アンビエントを無視することは不可能なのだ。
さらにもう1枚、最近のダブ・アンビエントで気に入ったのは、ベルリンのClimaというアーティストによる『Healing Patterns』。アーティスト本人が身体的な制約をもった闘病生活のなかで制作された作品で、ゆえに「Healing(癒し)」なのだ。レジデンツで癒されている中原昌也のような人には無効かもしれないが、ぼくのようなか弱い人間は十分に癒されるし、これもまた魅力的なダブ・アンビエントである。
いずれにしても、これはサイモン・レイノルズが「ポジティヴな非独創性」と呼んでいる現象である。突如として、同じようなことをやる優れたアーティストが数多く現れ、その過程で、新しい美学を文化全体に浸透するパラダイムとして確立していく——まさにいまそれが起きている。(ゆえに河村祐介は早急に続編を作らなければならない……)
野田努