Home > Reviews > Album Reviews > Protomartyr- Hotel Usona
創作物の素晴らしい魅力のひとつには何か違うものの中から世界の形を見ることを可能にすることがある。現実を他の何かに置き換えることでしがらみを超え、そこで起こっている出来事を理解することの手助けが可能になるのだ。デトロイトのポスト・パンク・バンド、プロトマーターは7作目のアルバム『Hotel Usona』を現代のアメリカを老朽化したホテルに置き換える。曲をホテルの部屋に見立て、アメリカというホテルに滞在する問題を寓話化し、分断された別の問題でありながら、全てが同じ世界に存在するという事実を静かに突きつけてくる。スクロールされていくガザの空爆、歪んだ資本主義、SNSが増幅させる暴力的な感情、拡大していく格差、物語の観測者たる我々はホテルの部屋ごと、起こった出来事を忘れることなく体験し、ゆるやかに次の部屋に移っていく。
こうした試みをおこなった結果としてこのアルバムのプロトマーターのサウンドはこれまでよりもずっと映画のサウンドトラックを思わせるものになった。風刺の利いた切れ味の鋭いポスト・パンクが、中東音楽や50年代のエキゾチカに影響を受けより醒めたトーンになりこれまでよりもずっと哀愁を漂わせるものになったのだ。そこには怒りはなく糾弾するようなトーンもない。あるのは諦めに似た枯れた温度の質感と状況を見つめる視線だ。「夜明けから81人がまた命を落とした/天井をはい回る蜘蛛/隣の部屋からうはうめき声が聞こえる」パレスチナでの死者の数を告げる “Sounds We Cannot Hear” のサウンドは衝撃や悲壮さを表現するようなものではなく、虚空に広がっていくようなむなしさを喚起する。感情を乗せずに語ろうとするジョー・ケイシーのヴォーカルと相まって聞くものの心に染み渡るような余韻を残すのだ。“The Knife Dream” が伝える切迫感のアプローチはこれまでのアルバムの曲とは一線を画す。その切迫感とは文字通り金属の塊を突き刺すようだったギターとドラムが作り出す感情ではなく、進行する世界のリズムの裏で何か良くないこと、恐ろしいものが進んでいるのではないかと予感させるようなホルン、ユーフォニアムのささやきがもたらす恐れなのだ。
この楽曲に対するアプローチが、アルバムにサウンドトラックのような質感を吹き込んでいる。MGMTやザ・フレーミング・リップスのアルバムを手がけたことで知られるプロデューサー、デイヴ・フリッドマンと組み、プロトマーターは新たな領域に歩みを進めた。空間的に音が広がり曲の持つ不穏さ、風化しかけた哀しみを表現し、その広がりが世界の大きさを知らしめる。ポスト・パンクのサウンドの後ろで鳴るブラス(これはデイヴ・フリッドマンの息子のジョンが担当したものだ)や木琴の音がこのホテルで暮らす住人の気配を感じさせ、この場所がいかに多層的であるかを伝えてくる。それらは廊下から聞こえてくる物音であり、過去に起きたことの記憶、これから起きることへの予告であるのだ。全てを把握できるわけではなく、これらは壁を隔てた場所で起こっていることでもある、だが確実にそこに存在するということが感じられる気配、この気配こそがアルバムの音楽を特別にしている。
そして今作のジョー・ケイシーの歌声がこの音楽と見事に調和する。激しさではなく、静かに状況を見守る醒めた目線で崩れ行くの景色を描くケイシーの声はブラスの隙間に挟まり滞ることなく進む。それはまるで擦られたマッチに火がつくような小さな快感をともなって頭の中に抜けていく。その快感は起こるべきことが起こり、あるべきことがあるような、全てがハマったような快感なのだ。崩壊の気配を感じるものではあるが、プロトマーターはこのテーマを見事に音楽に昇華している(ともすれば甘美とすらとれる音楽的な快感は繰り返すことを可能にし、このホテルで起こっている出来事を頭の中から消させない)。
この見事な作品はアルバムという単位の持つ魅力に改めて気がつかせてくれる。こうした世界の気配を描く音楽には曲単位や切り抜きの動画などでは味わえないような感覚があるのだ。淀みなく進む、このアルバムの音楽は過ごした時間や起こった出来事の記憶を共有しているという感覚を意識させる。それは時の移り変わりの歴史であり、そこにいた住人がいなくなっていく別れの感覚だ。この同じ時間を過ごしているという感覚はある種の疑似体験としてアルバムの音楽を輝かせる。ホテルに滞在するという経験は聴き手である住人に同じ時間を生きさせるのだ。
最終曲 “Checking Out” はそれでも光で終わる。ここでケイシーは初めて感情を乗せ熱を込めて言葉を紡ぐ。行進するように進むドラムと決意を固めたように響くブラス、不穏で不確かな世界でそれでも人は生きていくというプロトマーターの最後の曲のメッセージは祈りではなく宣言のように思えてならない。
Casanova.S