Home > Reviews > Album Reviews > Klara Lewis- Opening
海外メディアで絶賛されているので聴いてみたら、ほんとうに良かった。アルバムの1曲目から意識が溶け込む。静寂に染みいり、どこか別の場面にテレポートしているというこの展開、今日ではアンビエントは体験的な音楽、すなわち実験的で、たしかに「控えめ」ではあるもの、一種のサイケデリック・ミュージックでもある。もはやイーノのレトリック(定義)は通用しない。
つまり、これは『Music for Airports』の系譜というよりも、『On Land』やCluster、CANの“Aumgn”の嫡子である。雨の音、水滴したたる地下世界、空間に響くチェロの音色、リンチの映画のように歪み、グリッチと化し、やがて官能的な高みへと上昇する。
いまや〈Editions Mego〉の看板アーティストと言えるほどの存在で、2020年の『Ingrid』以降は外れ無しの多彩な作品をリリースしているスットクホルム在住のクララ・ルイスだが、今作は、深い叙情性を高次な音響工作のなかでみごとに描いている。その点においてたまらなく魅力的で、美しい「現代的なアンビエント」アルバムとなった。旋律美があり、旋律とドローンの境界を滲ませるテクスチュアがまた良い。ホーントロジー的郷愁ではじまり、環境音からノイズへと展開する“City”にさえも、『アンビエント・ワークスVol.2』めいた、なんとも妙なロマンティシズムを感じる。“Vaknar”というミニマル曲にも、深い味わいがあるのだ。
11分と長尺の“Tide”もそうだ。抽象的な歪み/グリッチが静かな海のようにゆらめき、世界全体をまぼろしとする。じつに夢幻的なテクスチュア/サウンドスケープで、ベーシック・チャンネルのB面を減速させトーマス・ケナーがリミックスしたような、日常的な時間感覚を喪失する、美しくも切ない、アルバムのハイライトのひとつである。
“Fortsätt”における、クラスターのもっとも儚い瞬間へと通じるヨーロッパの静謐さにも、ぼくは惹かれる 。その余韻は、チェロの音色とシンプルなピアノが交錯する“Bud”へと引き継がれる。ピアノを活かした“Hardcore”もそうだ。“Drip”において爪弾かれる弦楽器音のミニマル処理にも、ぼくはクラスター的な遊び心を感じる。
こんな具合に、ほとんど全曲が魅力的なのだが、最後の曲“Opening”もまたすばらしい。未明の世界のなか、フェネスの叙情詩に接近するこのドローン曲に欠点があるとしたら、短尺に思えてしまうことだ。もっと長く続いて欲しかった。聴き終えたときにそう思わせるほど、アルバムはリスナーを没入させるのだ。
新譜のアンビエント・アルバムを聴くのは久しぶりだった。ローレル・ヘイローやアンドレ3000までアンビエント/ニューエイジをやったときが、パンデミック以降のこの手のトレンドの最後のピークかと思っていたけれど、それからロレイン・ジェイムスが刷新したり、ジャンルとしてすっかり定着した。アンビエントは、エレクトロニック・ミュージックの側からも、アヴァンギャルドの側からも、ヒップホップの側からもアプローチできるのがいい。
リスナーの耳も肥えてきている。K-POPのインタールードにもアンビエント/ドローンが使用されているというこの時代、よりディープな作品、体験的な音楽が求められるのは当然で、シーフィールの新作も素晴らしかったが、このアルバムもまた、実験の場としてのアンビエント、すなわち、壁紙にはならず、無視することのできない新時代のアンビエントを象徴している。カリ・マローンやサラ・ダヴァチのドローンほど学際的ではないが、同じようにこれも受け身の音楽ではないし、そして同じように、音の海へと連なる流動性を持っている。むちゃくちゃ格好いいアートワークはニック・ヴォイドによるもので、彼女も多才な人だ。ジャケ買いでしょ。
野田努