Home > Reviews > Album Reviews > Klara Lewis & Nik Colk Void- Full-On
クララ・ルイスの音は、いつも流動的な、不定形な魅力を放っている。形式が定まる前に形が溶け出し、また別のカタチへと変化するようなノイズと音響なのである。そこでベースになっているのが音のループだ。音と音をコラージュし、ループする。そのコンポジションはクライマックスを目指して構成されるというよりは、霧や空気の中に溶けていってしまうような質感を生んでいる。ループを多用した「アンチ・クライマックスなサウンドコラージュ/エクスペリメンタル・ミュージック」とでもいうべきか。ルイスのサウンドには催眠効果があるというか、どこか夢の中を漂うような感覚がある。
ルイスのそのようなサウンドの特質は、〈Editions Mego〉からリリースされた初期の2作『Ett』(2014)、『Too』(2016)の頃から変わっていない(この二作は音のコンポジション/コラージュの絶妙さという意味で、10年代のエクスペリメンタル・ミュージックを象徴するような作品ではないかと私は考えている)。
ルイスの音の魅力を知るには、このオリジナル・アルバム以上に、2021年に〈Editions Mego〉からリリースされたライブ音源『Live In Montreal 2018』をおすすめしたい。ライヴ録音ということもあってか空間に侵食するように構成される音のコラージュによるサウンドスケープが手にとるようにわかってくる。思わず「21世紀のシュールリアリスト」などと言いたくなってくるほどだ。
コラージュ。霧のような音の質感。ループ。アンチ・クライマックス。これは2018年にリリースされたサイモン・フィッシャー・ターナーとのコラボレーション作品『Care』でも発揮されていた。まるでルイスの領域にごく自然に溶け込んでいくように、サイモン・フィッシャー・ターナーの音が音響空間の中に漂っていたのだ。当時聴いたときから不思議だったのだが、どうしてこんなことが可能なのか。「他」を「自身」の領域へと引き込ませる独自の技をルイスは持っているのだろうか。
それは今年リリースされたクララ・ルイスとファクトリー・フロア、カーター・トゥッティ・ヴォイドの活動で知られるニック・コルク・ヴォイドとのコラボレーション・アルバム『Full - On』でも同様だった。リリースは、〈Editions Mego〉ではなく、ルーク・ヤンガー(ヘルム)が主宰するロンドンのエクスペリメンタル・ミュージック・レーベルの〈A L T E R〉からである。
一聴すればわかるように本作でもクララ・ルイスの音響空間がいつの間にか、ニック・ヴォイドに浸透し、溶け合ってしまったかのようなサウンドスケープが生成されていた。加えてルイスの音にはなかったインダストリアルな重いビートが展開する曲もある。クララ・ルイスの「ループ感覚」とニック・コルク・ヴォイドの「インダストリアルなリズム/ビートの反復感覚」の相性はとても良いのかもしれない(むろん互いの「個」がぶつかるというよりは、それぞれの音が「溶けていく」ようなコンポジションがなされている)。激しいデジタル・ノイズは、ルイスの初期EP「Msuic」(2014)を思わせもした。『Msuic』はテクノの要素や声の要素など本作にも通じる点があるEPなのでいま聴き直すとちょうどよいだろう。
本作『Full - On』には全17曲収められている。収録時間36分ということからもわかるように1曲は短い。そのぶんサウンドのヴァリエーションは豊富だ。まるでノイズ/電子音のオブジェを鑑賞するかのようなアルバムである。不安定なノイズが炸裂する1曲目 “Say Why”、声を加工した2曲目 “In Voice 1”、インダストリアルなビートがループする3曲目 “Junk Funk”、祝祭的なメロディが反復する4曲目 “Ski” までを一気に聴くと、このアルバムもまたループとノイズと霞んだ音色を多用した作品だと気が付くはずだ。
注目すべきはアルバム中盤である。エレクトリック・ギターの音をコラージュしループさせる6曲目 “Guitar Hero”、変調した声を用いた7曲目 “In Voice 2”、声とノイズのフレーズをループさせるインダストリアルな8曲目 “Green”、80年代のポップスの一部分のようなサンプルのループに、重いビートが重なる9曲目 “Pop” までの4曲は、このアルバムの個性と本質を象徴している箇所といえる。そう、多様なサウンド・エレメントのループである。
10曲目以降もサンプルとノイズを駆使したループ・アンサンブルを展開するが、曲調はより内省的にアンビエントなムードへと変化していく。14曲目 “Work It Out” では、曲の頭に激しいインダストリアルなリズムが打ち付けられるが、そのビートはノイズにすぐにかき消され、融解してしまう。15曲目 “Phantasy” でも曲の頭はオーセンティックな電子音楽のようなアルペジオを展開するが、これもすぐに音の霧の中に溶け込んでいってしまうのだ。リズムや反復音がアンビエント/アンビエンスの中に溶け込んでいってしまうのも本作の特徴といえる。
ギター、シンセ、モジュラーシステムにサンプリングを駆使し、会話を重ねるように作り上げたというこのアルバムは、ふたりの個性が溶けあい、反復し、やがて逸脱し、新しい音響空間が生成しているような作品である。
この不定形で、流動的な、形の定まらないノイズの反復にいつのにか聴き手である私たちも引き込まれていく。ルイスは音響は聴き手の意識にも浸透する。まるでこの世から異界に連れ出されていくうような感覚に満ちているのだ。
アルバは、17曲目 “I'll Always” の加工された声による歌声のような曲で終わる。ノイズ/サンプルのループの横溢を経て、最後は変調された声によるアカペラのような曲で終わるわけだ。このアルバムでは「声」が要所要所でポイントになっていた。ノイズから声へ。見事なアルバムの構成だと思う。
霞んだトーン。ノイズの横溢。インダストリアルもアンビエントもノイズもヴォイスも、すべてが溶け合いながら、つねに別の音響の形態へと変化していくような不可思議な音響世界がここにはある。まさにポスト10年代の先端音楽といえよう。
デンシノオト