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ラヴ・テーマ。愛のテーマ。こんなバンド名で、アンビエント/サイケデリック・アルバムなのである。なんという直球と屈折か。そう、現在活動休止中というダーティ・ビーチズのアレックス・ザング・ホンタイの新バンド「ラヴ・テーマ」は、われわれに不穏と官能を教えてくれる。その意味で、ラヴ・テーマにはダーティ・ビーチズ的なエレメントが確かに受け継がれている。あの不穏と官能のフィードバック・ノイズを想起してほしい。あえていえば『ステートレス』より、EP『ホテル EP』的だろうか。異国の地の、見知らぬホテルに掛かっていたバレリーナの絵のような、あのムード、あの空気。時に表出するサイデリックなミニマル・ロックなサウンドは傑作『バッドランズ』を思わせもする。
アートワークに目を凝らしてみよう。モノクロームのアジアか。50年代か60年代か。それとも80年代か。どこかの店先か。グラスらしきものが見える。何か飲食する店か。いや別の何かを売買する店か。その不穏なムードとフェイクなエレガンス。ブラウン管のテレビに移る女性の顔。白黒だから、というわけでもないがどこか夜のムードが漂ってくる。時間が停滞したようなムード。遠く離れたブラウン管のTV映像には時間がない。ただ点滅するだけである。イマージュの点滅・消滅。都市の記憶のようでもあり、20世紀的な都市のアンビエント/アンビエンスでもある。つまりはラヴ・テーマのサウンドのムードそのものだ。煙の中に消えていくようなツイン・サックス。36mmフィルムの持続のようなドローン。煙のようなノイズ。霞んだリズム。東アジアの地で聴こえてきたジャズ。旅人の、音楽の、淡い記憶のような音楽、音響。グローバル資本主義が世界を覆い尽くす直前の、どこか猥雑な都市の光景と記憶のアンビエンス/アンビエント。
ラヴ・テーマのメンバーは、サックスを演奏するアレックス・ザング・ホンタイと、同じくサックス・プレイヤーでもあり本作ではアレンジも担当しているオースティン・ミルン、シンセサイザー奏者サイモン・フランクの3人だ。彼らの音が濃厚な空気のように溶け合い、交錯し、混じり合い、ラヴ・テーマならではの濃厚なアトモスフィア生み出している。アルバムは彼らの即興的セッションを素材とし、ロンドン、LA、台北のあいだでデータの交換がなされ、編集・完成したという。1曲め“デザート・エグザイル”は、人工的でありながら生々しい弦の音(シンセだろうか?)に揺らめくようなサックスの音と音響的旋律が重なる。いくつものドローン、アンビエンス、ノイズの交錯が耳の遠近法を狂わす。A面3曲め“ドックランズ/ヤウマテイ/プラム・ガーデン”では霞んだサウンドのビートも加わりミニマル・サイケなムードが満ちてくる。ダーティ・ビーチズが『バッドランズ』でサンプリングした裸のラリーズのような雰囲気とでもいうべきか。真夜中のサイケデリック。続くB面では、アンビエント・ジャズな“シーズ・ヒア”から“オール・スカイ、ラヴズ・エンド”の前半を経由し、その後半でまたもビートが鳴り始める。フリーキーなサックスと霧のごときシンセサイザーのサウンドも官能的だ。この不穏な空気感、時間感覚はデヴィッド・リンチの映画のようである(と思っていたらなんとリンチが監督する『ツイン・ピークス The Return』に、あるバンドのサックス・プレイヤーとしてアレックスがゲスト出演している。まさに「いろいろと繋がってくる」2017年、といったところか)。
21世紀の今、ありとあらゆる場所が「蛍光灯」の光で可視化され、感情と冷酷のあいだで無=慈悲化が進行している。二極化する21世紀的環境と状況の只中で、アルバム『ラヴ・テーマ』は黒の中に溶け合うような夜のムード/真夜中の音楽のアトモスフィアを鳴らしている。まるで異郷の都市を訪れた旅行者の彷徨のように、このアルバムはわれわれを迷宮に連れて行く。不穏と官能による愛のメランコリアのアンビエンスが、ここにある。
デンシノオト