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Home >  Interviews > interview with Martin Terefe (London Brew) - 『ビッチェズ・ブリュー』50周年を祝福するセッション

interview with Martin Terefe (London Brew) 向かって左からシャバカ・ハッチングス、トム・ハーバート、ニコライ・トープ・ラーセン、ヌバイア・ガルシア、デイヴ・オクム、レイヴン・ブッシュ、ダン・シー、今回取材に応じてくれたプロデューサーのマーティン・テレフェ、トム・スキナー、ベンジー・B、ニック・ラム、2名飛んで右端がテオン・クロス

interview with Martin Terefe (London Brew)

『ビッチェズ・ブリュー』50周年を祝福するセッション

──シャバカ・ハッチングス、ヌバイア・ガルシアら12名による白熱の再解釈

質問・序文:小川充    通訳:原口美穂 photo by Nathan Weber   Mar 31,2023 UP

あのレコードを再発明したようなもの、派生的なもの、マイルスに繋がり過ぎるものは絶対に作りたくないと思っていた。それもあって、トランペットは入れないことにしたんだ。

 ジャズの歴史上、もっとも革新的な創造と破壊がおこなわれたアルバムとして記憶されるのが、マイルス・デイヴィスの『ビッチェズ・ブリュー』である。ジャズのエレクトリック化が進みはじめた1970年、ロックやファンクなど異種の音楽を巻き込み、それまでのモダン・ジャズやフリー・ジャズの流れからも逸脱した音楽実験がおこなわれたアルバムである。フュージョンやクロスオーヴァーといった1970年代のジャズの潮流とも異なり、あくまで自由で混沌とした集団的即興演奏がおこなわれたこのアルバムは、以後のミュージシャンにも多大な影響を及ぼし、マイルス・デイヴィスの名作の一枚というのみならず、ジャズを変えた歴史的な一枚という評価を残している。

 そして2020年の初め、『ビッチェズ・ブリュー』が生まれてから50周年を記念し、トリビュート的なプロジェクトがロンドンではじまった。『ロンドン・ブリュー』というこのプロジェクトは、当初はロンドンで記念ライヴをおこなう予定だったが、コロナ・パンデミックによるロックダウンで中止を余儀なくされる。しかし、発案者であるプロデューサーのマーティン・テレフはライヴから形態を変え、ミュージシャンたちによるセッションを録音し、それを編集した形でのリリースへとこぎ着けた。セッションに参加したミュージシャンはシャバカ・ハッチングスヌバイア・ガルシア、テオン・クロスなど、主にサウス・ロンドン周辺のジャズ・シーンで注目を集める面々から、ザ・シネマティック・オーケストラなどで演奏してきたニック・ラム、そしてトム・スキナー、トム・ハーバート、デイヴ・オクムという、ロンドンのジャズ~フリー・インプロヴィゼイション~オルタナ・ロック・シーンを繋ぐ面々(3人はかつてジェイド・フォックスで活動し、現在はオクム=ハーバート=スキナー名義で共演するほか、オクムとハーバートはジ・インヴィジブルでも活動する)。


London Brew
Concord Jazz / ユニバーサル

UK JazzFree JazzDub

Amazon Tower HMV disk union

 こうした面々が集まった『ロンドン・ブリュー』は、単に『ビッチェズ・ブリュー』を再現したりするのではなく、あくまでマイルスたちミュージシャンがおこなった音楽的な実験精神をもとに、自身のアイデアで新しく自由な音楽をクリエイトしていくというもの。そして、パンデミックという閉塞した状況の中、逆にそれがミュージシャンたちの結束や自由な精神を強め、大きなパワーを生み出すことになった。マーティン・テレフェはスウェーデン出身で、幼少期はヴェネズエラで育った音楽プロデューサー。コールドプレイのガイ・ベリーマン、アーハのマグネ・フルホルメル、ミューのヨーナス・ビエーレヨハンとアパラチックというユニットを結成したことで知られるが、一転して『ロンドン・ブリュー』ではシャバカやヌバイアなど多彩なミュージシャンから、DJのベンジーBやエンジニアのディル・ハリスなどスタッフを束ね、それぞれの自由で創造的な表現をまとめ、最終的に一枚のアルバムという形で世に送り出した。そんなマーティン・テレフェに、『ロンドン・ブリュー』のはじまりから話を伺った。

やりたかったのは、マイルスがミュージシャンたちに与えた自由と信頼、そしてレコードの精神を自分たちの音で表現することだった。『ビッチェズ・ブリュー』を再現するというよりも、あの作品におけるマイルスのスピリットを祝福する、という意味合いが強かったんだ。

マーティンさんは『ロンドン・ブリュー』のプロデュースをされているのですが、このプロジェクトはマイルス・デイヴィスの『ビッチェズ・ブリュー』からインスパイアされたものと伺います。どのようにして企画が生まれ、スタートしていったのですか?

マーティン・テレフェ(Martin Terefe、以下MT):『ビッチェズ・ブリュー』の50周年を記念して、ライヴをやろうというアイデアがはじまりだった。もちろん、それを話していたのはパンデミックの前のこと。友人のブルース・ラムコフがこのプロジェクトについて連絡をくれて、マイルス・デイヴィスの息子と甥と一緒にマイルスを祝い、敬意を表するためのアイデアを考えている、と教えてくれたんだ。で、彼らがロンドンにあるエレクトリック・ブリクストンというヴェニューで演奏していたロンドンのミュージシャンたちのパフォーマンスに感動したらしく、彼らにこのプロジェクトのためにバービカン・センターで開かれるイベントで演奏してくれないかと依頼することになった。でも、そこでパンデミックがはじまってしまい、ライヴ・イベントは実現できなくなってしまって。そこで皆と話を続けて、何か代わりにできることがないかアイデアを出してみることにしたんだ。そして、最終的にポール・エプワースのチャーチ・スタジオに3日間だけこもって、その豪華なミュージシャンたちと一緒に音楽を作ることにしたんだよ。


今回取材に応じてくれたプロデューサーのマーティン・テレフェ

個人的にマイルス・デイヴィスと『ビッチェズ・ブリュー』に対してどのような思いがありますか?

MT:私はつねに様々な種類の音楽に夢中だった。南米で育ったから、アメリカの音楽、アメリカのソウル・ミュージック、R&B、ラテン・ミュージックなんかをたくさん聴いて育ってきたんだ。でも、母国であるスウェーデンに戻ってからは、ロック・ギターをたくさん弾くようになった。そして最終的には、マイク・スターンやジョン・スコフィールドのようなギタリストたちにインスパイアされるようになったんだけれど、それらの作品すべてがマイルスと繋がりがあったんだ。私が最初にマイルスの音楽に出会ったのは、彼の初期のアコースティックな作品だった。でも、『ビッチェズ・ブリュー』のアルバムを手にしたとき、「このレコードはロック・レコードだ」と思ったんだよね。それが僕にとっての『ビッチェズ・ブリュー』の経験だったんだ。いい意味で危険を冒したレコードというか、すごく異質に感じた。そして火と怒りに満ちていて、同時に自由も感じられた。すごく自由な音楽だなという印象があったんだ。だから僕にとって『ビッチェズ・ブリュー』は、自由の炎を意味するレコードだと思う。

それを2023年のロンドンでどう表現しようと考えたのでしょう?

MT:私たちはあのレコードを再発明したようなもの、派生的なもの、マイルスに繋がり過ぎるものは絶対に作りたくないと思っていた。それもあって、トランペットは入れないことにしたんだ。しかもトランペットを入れると、トランペット奏者にとってもかなりプレッシャーになるからね。僕たちがやりたかったのは、マイルスがミュージシャンたちに与えた自由と信頼、そしてレコードの精神を自分たちの音で表現することだった。『ビッチェズ・ブリュー』を再現するというよりも、あの作品におけるマイルスのスピリットを祝福する、という意味合いが強かったんだ。だから、このアルバムはいろいろな意味で『ビッチェズ・ブリュー』とは全然違うと思う。このアルバムはパンデミックの時期に制作されたから、皆一緒に演奏できない、他の人に会えないというフラストレーションが溜まっていた直後に小さなスタジオで皆で集まり、さらに自由に演奏し、表現することを楽しむことができた。スタジオには本当に生き生きとした激しい瞬間も、静かで瞑想的な瞬間もあったね。そして、メランコリーなフィーリングが生まれたりもした。サウンドは『ビッチェズ・ブリュー』と違えども、自由を皆で共有しているのはあの作品と繋がる部分なんじゃないかと思う。スタジオに入る前、あらかじめ書かれた音楽はまったく存在しなかった。計画さえなかったし、3日間の完全な即興演奏であの曲の数々が生まれたんだ。当時のマイルスたちがそうであったように、私たちも同じ方法でまったく新しいものを作ったんだよ。

参加ミュージシャンはヌバイア・ガルシア、シャバカ・ハッチングス、テオン・クロスなど、主にサウス・ロンドン周辺のジャズ・シーンで注目を集める面々から、ザ・シネマティック・オーケストラなどで演奏してきたニック・ラム、それからトム・スキナー、トム・ハーバート、デイヴ・オクムというかつてジェイド・フォックスというユニットで活動してきた人たちが中心となっています。人選はどのようにおこなったのですか? トム・スキナー、トム・ハーバート、デイヴ・オクムの3人が中心となっているように思うのですが。

MT:前にも言ったようにそのメンバーは、最初にやる予定だったライヴ・イベントに参加してもらうはずだったミュージシャンたち。ブルースとマイルスの息子のエリン、そしてマイルスの甥でドラマーのヴィンスが見て感動したミュージシャンたちだね。で、パンデミックに入り一緒にプレイできなくなった人、会えない人たちも出てきたから、レコーディングに参加できるミュージシャンを後からまた選ばなければならなかった。決まりに沿って準備するのは大変だったんだ。スタジオに入れる人数は最大15人に絞らなければいけない、とかね。それで、僕と音楽ディレクターのデイヴ・オクムで誰がいいかを話し合い、いろいろな人に声をかけて、今回のアンサンブルを実現したんだ。特に誰が中心っていうのはないよ。12人のアンサンブルで、全員が全曲で演奏しているからね。参加ミュージシャン全員がメイン・ミュージシャン。もしかすると、ヌバイア・ガルシアとシャバカ・ハッチングスのふたりはソロイストとしてとくに目立っているかもしれないけれど、このレコードに参加しているミュージシャン全員がこのプロジェクトに同じくらい不可欠な存在なんだ。

質問・序文:小川充(2023年3月31日)

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Profile

小川充 小川充/Mitsuru Ogawa
輸入レコード・ショップのバイヤーを経た後、ジャズとクラブ・ミュージックを中心とした音楽ライターとして雑誌のコラムやインタヴュー記事、CDのライナーノート などを執筆。著書に『JAZZ NEXT STANDARD』、同シリーズの『スピリチュアル・ジャズ』『ハード・バップ&モード』『フュージョン/クロスオーヴァー』、『クラブ・ミュージック名盤400』(以上、リットー・ミュージック社刊)がある。『ESSENTIAL BLUE – Modern Luxury』(Blue Note)、『Shapes Japan: Sun』(Tru Thoughts / Beat)、『King of JP Jazz』(Wax Poetics / King)、『Jazz Next Beat / Transition』(Ultra Vybe)などコンピの監修、USENの『I-35 CLUB JAZZ』チャンネルの選曲も手掛ける。2015年5月には1980年代から現代にいたるまでのクラブ・ジャズの軌跡を追った総カタログ、『CLUB JAZZ definitive 1984 - 2015』をele-king booksから刊行。

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