Home > Reviews > Album Reviews > The Comet Is Coming- Hyper-Dimensional Expansion Beam
開始前のSEの時点ですでに、独特の空気が醸成されていた。アフロフューチャリズムについて語るナレーションが、会場内の雑談に溶けこんでいく。つづいて流されるのは、カリブ海のものと思しき音楽だったり風変わりなダブだったり。これはシャバカ・ハッチングスによる選曲にちがいないと、想像が膨らんでいく。
12月1日、渋谷WWWで開催されたザ・コメット・イズ・カミングの公演は、最新作冒頭を飾る “Code” で幕を開けた。躍動するドラムにハッチングスの咆哮。アルバム同様、そのままブロークンビーツ的なリズムともたつく電子音が印象的な “Technicolour” へと突入する。ハッチングスの演奏はやはり強烈だ。ときおり放たれる、どうやらブルーズやジャズのものではなさそうなフレーズにコード感。アフリカ音楽由来だろうか。新作を中心に以前の曲も織り交ぜる構成の一夜は、期待を裏切らない熱量あふれるパフォーマンスが繰り広げられていたように思う。
シャバカ・ハッチングスが関わる3大プロジェクトのなかでも、ザ・コメット・イズ・カミングの音楽にはとりわけエレクトロニック・ミュージックやロックの色が強く出ている。いわゆるジャズの定型からはだいぶ距離をとった音楽だ。それもそのはず、ザ・コメット・イズ・カミングの中心は、サッカー96というユニットを組むふたり、シンセ担当のダナローグとドラマーのベータマックスなのだ。とある日の彼らのライヴにハッチングスが客席から飛び入り参加したこと、それがザ・コメット・イズ・コメットのはじまりである。ゆえに「サッカー96・フィーチャリング・シャバカ・ハッチングス」というのが実態に近いというか、じっさい3年前に取材したときもハッチングスはあまり発言しようとせず、ダナローグとベータマックスのふたりに回答を促していた。
ちなみにダナローグとベータマックスのふたりはサッカー96を始動する以前、ともにア・スキャンダル・イン・ボウヒーミア(A Scandal In Bohemia:ボヘミアの醜聞)なるポスト・ロックのグループに属していた。そのメンバーのほかのひとりは現在、ガゼル・ツインを名乗り実験的かつコンセプチュアルなエレクトロニック・ミュージックを追求している──と聞けば、彼らがどんな背景から登場してきたかイメージしやすくなるかもしれない。
そんなサッカー96は2012年にデビュー・アルバムを発表、その後3枚のフルレングスを残している。今年もこのザ・コメット・イズ・カミングの新作のまえに〈Moshi Moshi〉から『Inner Worlds』というアルバムをリリースしているのだが、そこで展開されていたSF的フュージョン・サウンドが本作『極超次元拡張ビーム』においても核を成しており、前作以上にサッカー96のふたりの存在が前面に出ているように聞こえる。とりわけ前述 “Technicolour” のような、ブロークンビーツ的リズムを叩きこなすベータマックスのドラミングには耳を奪われてしまう。
もちろんダナローグの電子音も趣向が凝らされている。3年前の取材時、直前まで3人はユニバーサル社内に設置されたアーケード・ゲームに熱中していたのだけれど、そんな彼らのゲーム好きな側面があらわれているというべきか、“Pyramids” や “Atomic Wave Dance”、“Mystik” などにはどことなくチップ音源時代の初期ゲーム音楽を喚起させる要素が含まれており、アルバム全体に散りばめられたSF的なモティーフと相乗効果を生んでいる。その想像性が、ハッチングスのアフロフューチャリズムともうまく共振するのだろう。
尺八の音をとりいれた “Aftermath” も見逃せない。どうやらハッチングスは本気でこの日本の木管楽器を探究しているようで、今回の来日時、両手に竹を持つ彼の写真がインスタに投稿され注目を集めた(来年、完成品を受けとりに再来日するらしい)。果敢に一般的なジャズの領域から逸脱せんと試みるハッチングスの姿勢がよくあらわれた曲だ。
ザ・コメット・イズ・カミングとは、サッカー96の側から見ればエレクトロニック・ミュージックを白人だけの独占物にしないために「外部」を呼びこむ試みであり、ハッチングスの側から眺めれば、白人や日本人の期待する「ジャズはこうであってほしい」という期待を粉砕するための冒険なのだろうと思う。その利害の一致が生みだすミラクルに、彼らの音楽のおもしろさがある。
小林拓音