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Mouchoir Étanche

Experimental

Mouchoir Étanche

Le Jazz Homme

Cellule 75

三田格 Jul 02,2024 UP

 ブラック・トゥ・カムの変名とは気づかずに何度か聞いていたムショワー・エタンシェ(=防水ハンカチ)名義の2作目『ジャズマン』。ジャズでもなんでもないし、名義を変える意味がぜんぜんわからない。強いていえばブラック・トゥ・カムよりもタッチが軽く、重みを感じさせないことぐらい。とはいえ、ブラック・トゥ・カムについてそれほど詳しく知っているわけではなく、アンビエント寄りのリリースがいくつかあるのでひと通りは聴き、それ以前にやっていたクラウトロックの成れの果ても聞くだけは聞いた。元々はナース・ウイズ・ウーンドのフォロワーであることは本人も自覚していたようで、2010年代に入ってからはナースの基本であるエレクトロアコースティックに作風を絞り、ここ数年は〈Thrill Jockey〉から『Before After』(19)、『Seven Horses For Seven Kings』(19)、『Oocyte Oil & Stolen Androgens』(20)と調子よくリリースを続け、評価も以前より高まっている。ひと言でいえば表現はどんどん洗練度を増しているにもかかわらず、実験性が様式化されたわけではなく、どうしても音楽をやりたいんだなという精神性は伝わってくると。それはムショワー・エタンシェ名義でも同じくで、いわゆる実験音楽を楽しんでつくり、何かを前に進めているとか、唯一無二の感覚を追求しているとかではない気がする。

 一方で、ブラック・トゥ・カムことマーク・リヒターは昨年、ブラック・トゥ・カムの最新作『At Zeenath Parallel Heavens』をリリースした際、「自分のやっていることはAIがやっていることとあまり変わらないような気がしてきた」と〈Thrill Jockey〉のサイトで語り、AIが人間のやっていることに取って代わるのではなく、人間がロボット化し、プログラム通りに動くようになっていることを示唆していた。リヒターの手法はサンプリングとコラージュが多いので、なおさら、情報を集めてきてお題通りのものをつくるという過程は似ている。どんなものをつくるのか、それを考えているのは自分自身だということを除けば、だけれどもも。いずれにしろ初めてフレンチ・ジャズを意識したという『Le Jazz Homme』にはチャットGPTを使ってつくった “Le drôle de singe(面白い猿)” という曲が収録されている。中世のファンファーレをループしてランダムに再生させ、アモン・デュールIIのように聞かせるとかなんとか説明されていて、そういわれるとそのようにしか聞こえなくなってくる。ソリッドでシャープなアモン・デュールII。彼らはリヒターにとってはヒッピー・コミューンを代表する存在らしい。

 AIが音楽をつくっているといっても、そのAIが幻覚を見ている状態だとリフターは考えているようで、いわばAIにおけるチャンス・オペレーションを想定しているのだろう。経済番組などでAIと音楽の話題になると、AIにヒット曲をつくらせようという話題しか出てこないので、そのような価値観とは無関係である(AIでヒット曲をつくるって、ほんとお金のことしか頭にないよな……)。確かにコンピュータにはいつもバグが期待されている。ワープロやPCが普及し始めた頃に「誤変換」が楽しくてしょうがないという風潮はあったし、チャットGPTも最初は間違いだらけだと面白がられていた(当時、ツイッターで見かけた「全員、捕まるまでがオリンピックです」というスローガンが面白くて、定期的に生成AIに打ち込んでいたら、毎回のように答えが変わっていって、いつかなどは「森喜朗が捕まるまで」という答えが出てきた!)。そのようなバグったAIが音楽をつくったら……というのが『Le Jazz Homme』のコンセプトなのだろう。実際の曲よりもリヒターの説明の方が面白くて、 “Note à soi(自分用メモ)” はエクトル・ザズーが後ろから押したのでパスカル・コムラードのトーイ・ピアノが階段から落ちているところとか、 “Musique gelée(冷凍音楽)” はフランスの女性アーティストがシャーリー・テンプルについて哲学している時の神秘的な雰囲気だとか。エンディングの “Musique d'arrêt étrange(奇妙な停止の音楽)” はタルコフスキーの口ひげとバッハのかつらの出会いを暴力温泉芸者のように表現したかったけれど、それには少し及ばなかったと(!)。中原昌也が闘病中だということもあり、物悲しいピアノの響きに少しジーンとしてしまう。ほかにも本人の説明とは食い違うような面白い曲がいくつも並んでいて、空想のブルーノートだという “Septième jeudi vide(第7木曜日は空いている)” や、マダガスカル語で偽のサックス・ソロを演奏するマダガスカルのインドリ(キツネザル)という完全に意味不明の “Autoroutes vides(高速道路は空いている)” はジョン・ハッセルみたいで、これらもいい。ブラック・トゥ・カム名義に比べて肩の力を抜いてつくっているのがよくわかるし、前衛音楽なんて横道にそれている時の方が絶対にに面白いよ(なんて)。

三田格