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Whatever the Weather

Whatever the Weather

Whatever the Weather II

Ghostly International/Plancha

Bandcamp Amazon

野田努 Mar 20,2025 UP
E王

 そうきたかぁ、というのが最初の感想である。そうきたのかぁ、ロレイン。
 ロレイン・ジェイムス、彼女のアンビエント作品を発表するさいの、ホワットエヴァー・ザ・ウェザー名義の2作目。未発表曲のなかからアンビエント風の曲を集めて作ったアルバムだった前作に対して、今作はすべて最初からこのアルバムのために作った。だいぶ意味が違っている。前作がコンピレーションで、今回こそが最初のアルバムと言えるのだからね。
 で、ロレインがどうきたのかと言えば、むちゃくちゃトンがってきたのである。彼女のこれまでのカタログのなかでもっとも実験的な音響がここにはある。心地よい、慣れ親しんだアンビエントではなく、おや、これはなんだろう? という発見のあるアンビエント、いや、もうこれはアンビエントと言いたくはないな。 “エレクトロニック・ミュージック ” と言ってしまっては広くてイメージがつかめないので、強いて言えばIDM+グリッチ。IDMというタグに関しては、90年代からその「知的」という冠に賛否があり、いまもあるが、ロレイン・ジェイムスは恐れなくこのジャンル用語を使う。

 彼女は今回のアルバムにインスピレーションを与えたアルバムを公開している。 蓮沼執太『Hooray』、Marow『+-O』、スケッチ・ショウ『Loophole』、そして同じく日本人アーティストのSora『Re:Sort』の4枚である。クリック&カット作品をよく聴いていたそうで、ツジコ・ノリコと青木孝允の『28』についても「過小評価されている」とコメントしている。先日、AFXが「Supreme」と組んでのまさかのストリート・ファッション展開をしたとき発表したプレイリスト100曲には、横田進と細野晴臣の曲が選ばれていたが、日本のエレクトロニック・ミュージックを深掘りしているのはあきらかにロレインのほうである。

 そういえば先日、遅ればせながら「坂本龍一 | 音を視る 時を聴く」に行った。スケールの大きな、みごとな展覧会だったが、ぼくはなぜかその帰り道にポール・モーリーという英国人の書いたエッセイを思い出していた。アルヴィン・ルシエとカイリー・ミノーグを並列に、同じように(ハイブローに)語るという、アクロバティックな、ちょっと奇をてらった内容だが、それを通じて音楽とは何かをあぶり出そうという試論でもあった。アルヴィン・ルシエを愛する人間がカイリー・ミノーグを愛さないとは限らない。北原ミレイとアーサー・ラッセルはまったく異なるものだが繋がっていないとは限らない。この小さな地球という惑星における同じ音楽だ。それは地下道で通じているかもしれないし、環状八号線を真っ直ぐ北上したところで出会うかもしれない。カンが言うように、すべての門は開いているのだ。
 ロレイン・ジェイムスはそのことをよくわかっていた。アメリカのデス・キャブ・フォー・キューティーが『フィード・ミー・ウィアード・シングス』と繋がっていることをわかっていた。マウス・オン・ザ・キーがテレフォン・テル・アヴィルと、セントラル・シーがジュリアス・イーストマンと繋がっていることを。その道順も、行き方も、高速道路の入口も、わかっていた。いざ、アクアバーンを北上せよ。3月もなかばの雪が降った日、「坂本龍一」展に行ったぼくは、その日の深夜、このアルバムをもういちど聴いた。「音を視る 時を聴く」以外のもうひとつのアプローチ、「音の温度を測る」。どうやって?

 ホワットエヴァー・ザ・ウェザーは曲名がすべて温度の数値になっている。このアイデアが、ただのこじつけではないことが今回のアルバムではたしかめられよう。いや、こじつけかもしれない。が、ノイズ混じりの声──「ちょっと肌寒いね。夏になるのが待ち遠しい……寒い、寒い」──からはじまる1曲目の “1℃”が絶品で(1°Cではそりゃあ、たしかに寒い)、最初の出音からしてグっとくる次曲 “3°C” 、まずはこの展開でもっていかれる。ロレイン・ジェイムスは、たとえばayaのようなエキセントリックで新しいモードをどん欲に取り入れるタイプではないようだが、彼女は、クリック&カッツのようにダンスの枠組みに収まらないかつてのスタイルは、いまでも充分に応用できるし、それを現代的に更新できると考えているのだろう。
 また、実験的だと思われるエレクトロニック・ミュージックは、ときにその刹那的な刺激を重視するあまり、2年後にはまったく聴かれなくなることがままある。家でじっくり聴いてみたいという欲求には答えられない、その場限りのサウンドのことで、そこへいくと本作『Whatever the Weather II』の嬉しい点は、この実験的な音楽が何度でも聴きたくなる魅力を兼ね備えていることにある。これはロレイン・ジェイムスがAFXの領域にもっとも近い場所にいることを暗示している。もっとも長尺の……といっても6分ほどの “20°C” は、トラップ/ドリル以降の世界における『Ambient Works Vol.2』である。
 ぼくがはっとした曲のひとつは、 “5°C” だ。なんという曲だろうか、これは夢見る彼女の資質が、幼き頃からの夢見癖がもたらした一篇に違いない。音はエメラルド色の光となって、軽やかに跳ねている。
 本作中でもっとも高温の “26°C” は、ブライアン・イーノのアンビエントにもっとも近い曲だが、ずいぶんこもった響きで、地下の蒸気から上がってくるかのような、ロレイン独特のタッチが楽しめる。フリーケンシーと化した公園で遊ぶ子どもたちの声とグリッチおよびシンセサイザーで構成される “9°C”もぼくは好きだな。これはロレイン・ジェイムスがアルヴァ・ノトの領域にも接近していることを告げている。
 クローザーの “12°C” もみごとな曲で、ハイパーポップがアンビエントに流し込まれ、電子の河は合流し、曲の後半ではアコギの演奏へと転換するという、なんともシュールな展開が待っている。そういえば、ロレイン・ジェイムスは昨年のフェイヴァリット・アルバムにスティル・ハウス・プランツを挙げていたが同時にチャーリーXCXも挙げていた(むむむむ……)。まあ、カンが言うように、すべての門は開いているのである。

 なにはともあれ、夏が来るには、太陽はあと何度も何度も何度も何度も沈まなくてはならない。それまでは『Whatever the Weather II』をたくさん聴ける。もちろん夏が来てからも。将来、20年後か30年後、ロレイン・ジェイムスの作品のなかではこれがベスト、という人がいてもおかしくはない。

野田努