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DREAMING IN THE NIGHTMARE

DREAMING IN THE NIGHTMARE

第2回 ずっと夜でいたいのに――Boiler Roomをめぐるあれこれ

文:Mars89 Apr 04,2025 UP

いったいどのようにして、猿、サイボーグ、女性の本質……について理解する作業を通じて、不可能なのに目の前に溢れかえるリアリティから、可能なのに目の前ではないどこか別の場所へと辿り着くことができるだろうか?怪物たる我々は、もっとちがった記号化の秩序を提示してゆくことができるだろうか?サイボーグたちがこの世を生き延びんことを! ――ダナ・ハラウェイ『猿と女とサイボーグ』
魑魅とか妖怪変化とかの跳躍するのはけだしこういう闇であろうが、その中に深い帳を垂れ、屏風や襖を幾重にも囲って住んでいた女というのも、やはりその魑魅の眷属ではなかったか ――谷崎潤一郎『陰翳礼讃』

 目下クラブ・カルチャーに関わる人たち、少なくとも私が観測する限りでは政治的意識を普段から持っているコミュニティを少し超えた範囲でも議論の対象となっている事柄のひとつがBoiler Roomだ。ele-kingの読者に対してBoiler Roomとは何かを説明する必要はないとは思うが、なぜいまBoiler Roomが議論の対象になっているのかは、簡単にまとめておきたいと思う。
 Boiler Roomはつい最近、SonarやDGTL、Thunderdomeなど世界各地の大規模な有名フェスを運営する会社であるSuperstructに買収された。そのSuperstructを所有しているKKRという会社は、他にも多数の会社と所有や投資という形で繋がっているのだが、その会社というのが軍需産業であったりイスラエルの違法な植民地政策を支える会社であったりするということらしい。要するにBoiler Roomで生まれた利益は川を辿ってKKRへ向かい、KKRによる投資という形で軍需産業や植民地政策のための企業へと流れ着くということである。
 批判を受けたBoiler Roomは、我々は親パレスチナであり、親会社とは価値観を共にしないという声明を出した。そしてPACBI(イスラエルに対する学問・文化ボイコットのためのパレスチナ・キャンペーン)は、BDSガイドラインを参照した上でBoiler Roomが出した声明に対して勇気あるものとして好意を示した。しかし、多くの親パレスチナや反アパルトヘイトの立場をとるアーティストからは、声明を出したところで利益が植民地政策のために使われることには変わらず、ただ親パレスチナだという声明を出しただけであることを含めてアートウォッシングであると批判されている。これが大まかなBoiler Roomを取り巻く現状である。
 Boiler Roomそのものに関しては親パレスチナであることは間違いないだろう。イスラエルによる大規模な空爆があった2018年にBoiler Roomは、パレスチナでローカルの音楽シーンを扱ったドキュメンタリーフィルムを撮り、Boiler Room Palestineを開催。FC Palestinaと組んで基金を集めるキャンペーンをおこなった。自分たちが持つ影響力をパレスチナのために使ってきたBoiler Roomがパレスチナやアパルトヘイトを巡って批判される対象になるのはじつに悲しいことであるが、問題はなぜそうなってしまったのかと、ではどうするのかである。
 前者に関しては極めて資本主義的な動機がある。Boiler Roomが成功し、広告効果のあるプラットフォームになったこと。そして投資会社(今回はKKR)は何かを買収するにあたって、イメージアップに使えるかどうかや、利益を産むか否かを価値判断の材料としているということ。これは資本主義が文化を破壊する典型的なメカニズムのひとつだろう。そして後者については様々なコメントがBoiler Roomのインスタグラムのポストなどに寄せられているが、必然的に資本主義に抵抗するための戦術として知られているアイデアが多かった。代表的なものはBoiler Roomスタッフによる大規模なストライキや、Boiler Roomから去ってノウハウを持つ者たちが再集結して新しいプラットフォームを立ち上げることなどである。Boiler Roomで何度も司会をつとめたことのあるOpium Humは、彼のコネクションを使ってBoiler Roomのスタッフに対して、Boiler Roomから去って再集結することを呼びかけたり、コミュニティによってプラットフォームを運営することが可能であるというメッセージを発信している。資本主義リアリズムの中で発せられる「コミュニティによる運営が可能である」というメッセージは、私の目にはとても希望のあるものとして映った。

 いまでは配信メディアの定番となったDJブースのレイアウト・スタイルはBoiler Roomの特徴のひとつであり、始まった当時はとても新鮮だったことを覚えている。Ustreamが始まり、Dommuneが開局した時代だった。Boiler RoomもDommuneも、宇川直宏氏の言葉を借りるなら「覗き見」だった。ウェブカムという名の覗き穴を通して、アンダーグラウンドのカルチャーを覗き見る、好奇心と背徳感を合わせた魅力を持っていた。配信の有無とは関係なくフロアの中心にDJブースをレイアウトするパーティも増えた。フロアとDJの関係が、ステージに置かれたDJブース越しの関係ではなく、フロアにいる人たちと一体になってパーティを楽しみながらプレイするスタイルは、DJとしてもフロアのクラウドのひとりとしても好きだった。Boiler Roomの狙いとしては、パーティの雰囲気を伝えつつDJにフォーカスを当てるためのレイアウトだったのだろうが、その副産物として生まれた一体感は楽しいものだった。
 そして時は経ち2019年末、私はBoiler Roomに出演することになった。それまでに同じレイアウトのパーティで何度もDJしていたこともあって、特に構えたりすることもなかった。しかし、そのころには十分に成長していたBoiler Roomは、もはや「覗き見」ではなくなっていた。壁に空いた穴に付けられたガラスの小窓は、大通りに向けられたショーウィンドウへと変化していた。堂々とした広告だった。映像をしっかりと収録するためにDJブースの周辺は異様に明るかった。ショーウィンドウなのだから、商品がよく見えるようにするのは当然だ。しかし明るいというただそれだけで私はナーバスになった。「プロモーションにもなれば」といってオファーを受け、「今後のプロモーションツールになれば良いか」と思って引き受けたので、自分もその「広告」を理解して積極的に乗っかったのではあるが、それまでに出演してきたブースのレイアウトが同じなだけのパーティとBoiler Roomは全く違っていた。明るいというのはとても大きな違いだった。初期のBoiler Roomでは、画質の悪さもあってか、よく見えないという覗き見の魅力が機能していた。DJカルチャーの成長はテクノロジーの成長と共にあったが、配信技術の向上がその魅力を失わせたとしたら皮肉なことである。

 資本主義と植民地主義が必然的に結びついているのと同様に、ショーウィンドウ化に成功したことが植民地主義と結びついてしまったのは、もしかしたら当然の帰結なのかも知れない。インスタグラム上でクラブ・カルチャーから親パレスチナを訴えるアカウントであるRavers for Palestineによる投稿には、クラブ・カルチャーを唯物論的な資本主義のもとで商品化することは、その神聖さを傷つける行為であるというテキストが書かれていた。実際、商品化/ショーウィンドウ化のために明るくされたフロアからは、確かに神聖さは失われていたように思う。ここで谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』から一節を引用したい。「夜光の珠も暗中に置けば光彩を放つが、白日の下に曝せば宝石の魅力を失う如く、陰翳の作用を離れて美はない」のである。私が愛するクラブ、パーティ、レイヴは、その陰翳のなかに存在し、陰翳のなかにあるからこそ美しく神聖で、開放的で、創造的なのである。

 そもそもクラブとは、パーティとは、レイヴとはなんだろうかと考えてみる。ハキム・ベイの「一時的自律ゾーン」、あるいはミシェル・フーコーの「ヘテロトピア」。私が思うクラブとは、パーティとは、レイヴとは、という考えはほとんどこのふたつのアイデアで説明ができる。「朝日の出現と共に消える、現実世界に異議申し立てを行う空間/ゾーン」である。パーティもレイヴも現実世界の延長として始まって、現実世界への異議申し立てをする空間として機能し、儚く終わる。その現実/リアルとは資本主義リアリズムのリアルであり、パーティやレイヴは、その内側に存在しながらも一時的にその外側にリーチできるゾーンとしての能力を持っている。Burialが2022年に発表した楽曲『Antidawn』は、そのゾーンが儚く終わっていく悲しさを表した優れた楽曲だろう。遠くから聞こえてくる低音を頼りに森を抜けて、日没と共にどことも知れない平原へと繰り出す。暗闇の中、全てが遠く、全てが近く、永遠のような一瞬のような時間をダンス・ミュージックと共に過ごす。しかし、遠くから昇ってくる朝日が、その終わりを知らせに来る。徐々に太陽の光が私たちを現実に引き戻す。全方向から自分を包んでくれていた音は前方からのステレオに変わり、スピーカーの存在が急に歪なものに思えてくる。足元は見慣れた草原に変わり、泥に汚れたスニーカーの履き心地も急に悪く感じる。
 なんで朝日なんて昇るんだろう。ずっと夜でいたいのに。

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