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Burial

AmbientSound Collage

Burial

Antidawn

Hyperdub / ビート

disk union Tower HMV Amazon Amazon

キム・カーン小林拓音高橋勇人
(訳:箱崎日香里)  
Jan 28,2022 UP
E王
123

文:小林拓音

 周知のようにブリアル*は2007年の『非真実(Untrue)』を最後に、アルバム単位でのリリースを止めている。なのでこの新作「反夜明け(Antidawn)」はおよそ14年ぶりの長尺作品ということになるわけだが……2ステップのリズムを期待していたリスナーは大いに肩透かしを食うことになるだろう。本作にわかりやすいビートはない。もちろん、これまでも彼はシングルでノンビートの曲を発表してきた。今回はその全面展開と言える。
 厳密には、冒頭 “Strange Neighbourhood” の序盤、聴こえるか聴こえないかぎりぎりの音量で4つ打ちのキックが仕込まれている。それは “New Love” の中盤でも再利用されているが、そちらではより聴取しやすいヴォリュームで一瞬ハットのような音がビートを刻んでもいる。あいまいで、小さく、すぐに消えてしまう躍動。間違ってもフロアで機能させるためのものではない。それらは数あるパッチワーク素材のひとつにすぎず、うまく思い出せない遠い記憶のようなものだ。

 明確なダンス・ビートの不在を除けば、変わっていないところも多い。トレードマークのクラックル・ノイズ。もとの素材がわからなくなるまで激しく加工されたヴォーカル。サウンドトラックなどから引っ張ってきたと思しき上モノたち。“路上生活者(Rough Sleeper)”(2012)以降のブリアルを特徴づけてきた、聖性を演出するオルガン。
 あるいは、しゃりしゃり/かちゃかちゃと鳴る金属的な音。咳払い。雨の音。虫の歌。謎めいたキャラクターの震え声。その他いくつかの、あたかも具体音のごとく響く断片たち。その大半はおそらく(フィールド・レコーディングではなく)ヴィデオ・ゲーム(の、さらに言えばユーチューブにアップされた動画)からサンプルされたものだろう。とりわけ強く印象に残るのは “Antidawn”、“Shadow Paradise”、“Upstairs Flat” の3曲に忍ばせられた、ライターで火をつける音だ。

 コラージュはブリアルの音楽を成り立たせるもっとも重要な技法である。今回もそのうち元ネタ特定合戦が開始されるにちがいない。たとえば最後の “Upstairs Flat” で二種類の音色に分散されて奏でられている旋律。下降時の音階が異なるので間違っているかもしれないが、たぶんこれ、エイフェックス『SAW2』収録曲(CD盤でいうとディスク2の8曲め、通称 “Lichen”)じゃないかと思う。直前に挿入されるたった2音のパーカッションも “Blue Calx” に聞こえてしかたがない。
 ダンスを出自とするブリアルの音楽がアンビエントとしての可能性を秘めていることはあらためて確認しておくべきだろう。クラックル・ノイズを過去性の刻印として解釈するのもいいが、それは無個性かつ無展開であるがゆえ周囲に溶けこむ音にだってなりうる。

 静寂はそして、ことばを引き立たせる。ブリアルを特徴づける闇夜と孤独は、冒頭 “Strange Neighbourhood” ですでに十分すぎるほど表現されている。「通りを歩く/夜になると/行き場がない/どこにもない/通りを歩く(Walking through the streets / When the night falls / There is nowhere / Nowhere to go / Walking through the streets)」。この「行き場がない(Nowhere to go)」は、「ひどい場所にいる(I'm in a bad place)」とのフレーズが印象的な表題曲 “Antidawn” でも繰り返され、「夜になると(When the night falls)」のほうも “Shadow Paradise” でふたたび顔をのぞかせている。どうしようもない閉塞感。それを、まったく出口の見えない資本主義と接続したくなる気持ちもわからなくはない。

 が、ポイントはそこではない。「Antidawn」にはまとまった長さが与えられている。ゆえに各曲のことばは照応し、シングルでは発生しようのなかった相互作用が際立っている。
 たとえば “Shadow Paradise” では、孤独に抗うかのように何度も「ちょっとだけ抱きしめさせて(Let me hold you for a while)」というフレーズが繰り返されている。「こっちに来て、愛しいひと/暗闇のなかへ連れていって(Come to me, my love / Take me to the dark)」「いっしょに夜のなかまで連れていって(Take me into the night with you)」と、つねにだれかの存在がほのめかされているのだ。
 この「you」はほかの曲にもこだましている。“Strange Neighbourhood” では「あなたがこっちにやってきた(You came around my way)」と、“Antidawn” では「あなたが入れてくれたら(If you let me in)」と、“Upstairs Flat” では「いちばん暗い夜のどこかにあなたがいる/そこに行きたい(You're somewhere in the darkest night / I wanna be there)」というふうに。

 最大のテーマであるはずの闇夜や孤独を凌駕するほど、本作には「あなた」が横溢している。そしてそんな「あなた」を「わたし」は求めている。「あなた」とはライターであり、星だ。「あなた」がいれば暗闇のなかでも歩いていける、と。
 いやもちろん、2007年の “Archangel” も「あなた」を求めていた。でもそれは2ステップのリズムの勢いに任せて放たれる、「きみを抱きしめる/ひとりじゃ無理、ひとりじゃ無理、ひとりじゃ無理」という、幼く、ひとりよがりで、一方的な願いだった。「Antidawn」はちがう。今回の「わたし」はどこか控えめだ。大人になったということかもしれない。なにせあれから14年のときが過ぎているのだ。
 ダンス・ビートの放棄、静けさの醸成、ことば同士の照応。かつてとは異なるアプローチで「あなた」と出会いなおすこと。いまブリアルは初めて本格的なアンビエント作品に取り組むことで、ほんとうの意味で他者に出会おうと努めているんだと思う。多くのひとが内省にとらわれたパンデミック以後の世界にあって、外からやってくるものへと向かうその姿勢はきっと重要な意味を持つにちがいない。

* 日本では「ブリアル」と表記されることが多いが、実際の発音は「ベリアル」のほうが近い。

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