Home > Columns > 6月のジャズ- Jazz in June 2026
ラキーシャ・ベンジャミンはニューヨークのドミニカ系住民の町出身の女流アルト・サックス奏者で、当初はサルサやラテン音楽を演奏していたが、その後ニュー・スクールに進学してジャズをやるようになる。ゲイリー・バーツ、ビリー・ハーパー、レジー・ワークマン、バスター・ウィリアムズといったジャズ界の大御所に師事し、なかでもバーツを通じてチャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーン、ジャッキー・マクリーンなど歴史に名だたるジャズ・サックス奏者の演奏も学んだ。プロ・ミュージシャンになるとジャズはもちろん、R&B、ソウル、ファンク方面のアーティストとも共演し、ミッシー・エリオットやアリシア・キーズのツアーにも参加している。そうした多方面での活動の一方、2012年にファースト・アルバムの『Rotex』を発表する。これはR&Bやファンク寄りの内容で、2018年の『Rise Up』もジャズ・ファンクやファンク色の強いものだった。

Lakecia Benjamin
We Dream
Artwork
彼女の真価が発揮されたのは2020年の『Pursuance: The Coltranes』。ジョン&アリス・コルトレーンの作品集で、師匠のゲイリー・バーツとレジー・ワークマンのほか、ロン・カーターという大ヴェテランから、ミシェル・ンデゲオチェロ、マーク・キャリー、ブランディ・ヤンガー、マーカス・ストリックランド、キーヨン・ハロルド、マーカス・ギルモアら現代ジャズの実力者たち、そしてディー・ディー・ブリッジウォーター、ジャズメイア・ホーン、ジョージア・アン・マルドロウらのヴォーカル陣と非常に豪華な布陣となった。ここでの演奏はコルトレーンの流儀に倣ったディープかつスピリチュアルなもので、UKのヌバイヤ・ガルシアに対抗する存在であることを印象付けるものだった。続いて2023年にテリ・リン・キャリントンとの共同プロデュースによる『Phoenix』を発表。パトリース・ラッシェン、ダイアン・リーヴスらが参加し、アンジェラ・デイヴィス、ソニア・サンチェス、ウェイン・ショーターらのスポークンワードやポエトリー・リーディングをフィーチャーしたこの作品において、ラキーシャの演奏は『Pursuance: The Coltranes』の路線を引き継ぐものだが、オリジナル曲によって作曲の才能も披露する。特に宇宙的な広がりを見せるスケール感のある楽曲は、カマシ・ワシントンのそれに匹敵するものだ。詩や歌、ヴォイスを交え、メッセージ性に富む作品のなかで、ラキーシャはサックスだけでなくヴォーカルやシンセ演奏もおこない、トータルでのサウンド・プロデュース力の高さも見せる。
それから3年ぶりの新作『We Dream』がリリースされた。今回はヴェテランのテレンス・ブランチャードにはじまってクリス・ポッター、クリスチャン・スコット、日本人の上原ひろみや早間美紀らが参加しているが、そうしたなかで注目すべきはカッサ・オーヴァーオールが数曲にプロデューサーとして加わっていること。彼の手掛ける楽曲はビラルのヴォーカルや自身のラップなどもフィーチャーしており、これまでのラキーシャの作品にはなかった新しい風を吹き込んでいる。また、カッサとの共同作業に感化され、ラキーシャのサウンド・プロダクションもエレクトリックなアプローチが増しているようだ。その代表と言えるのがデジタル版のみの収録となる “Ascension”。コルトレーンのアルバムとは同名異曲だが、ここではブロークンビーツ的なリズム・プロダクションを見せ、自身のラップも披露している。カッサとの共同プロデュースでクリスチャン・スコットのトランペットをフィーチャーした “Mi Gente” は、スペイン語で私の仲間という意味。ラキーシャの民族的ルーツが表われた躍動的なアフロ・ラテン・ジャズで、彼女のサックスもエモーショナルな演奏を繰り広げる。テレンス・ブランチャードのトランペットをフィーチャーした “Beyond The Dawn” は重厚なモーダル・ジャズで、コルトレーンからゲイリー・バーツ、そしてラキーシャへと受け継がれたきたジャズ・サックス演奏の神髄を見せるものだ。

Moyses Dos Santos
Maria
Far Out Recordings
モイセス・ドス・サントスはブラジルに生まれ、2000年代初頭にロンドンへ移住してきたベーシスト/作曲家。セッション・ミュージシャンとしてナイル・ロジャース、ジャネル・モネイ、エミリー・サンデー、グレゴリー・ポーター、オマーといったアーティストのツアーやレコーディング、楽曲制作に参加してきた。ブラジルの先達であるアジムス、アイアート・モレイラ、ラウル・ジ・スーザ、またブラジル音楽を取り入れた多くの楽曲を作ってきたジョージ・デュークなどに影響を受け、ジャコ・パストリアス、スタンリー・クラークなどエレクトリック・ベースの名手たちの演奏を学んできたモイセスのファースト・ソロ・アルバムが完成した。2022年にアジムスとツアーをした際、自分の祖父のように慕っていたドラマーのママォン(イヴァン・コンティ)から自身のルーツであるブラジル音楽に向き合いなさいと助言を受け、この『Maria』の制作はスタートした。ママォンは2023年に他界しているので、生前の恩師からかけられた最後の言葉だった。
ミュージシャンとして腕を磨き始めた頃にブラジルの教会での演奏経験があるモイセスは、10代の頃にバトゥカーダ、マラカトゥ、バイアォン、サンバ、フレーヴォといったブラジルの多彩なリズムを演奏してきており、それらを融合して『Maria』は作られた。ゲストとしてシオ・クローカー、アルトゥール・ヴェロカイ、ロンドンの新進シンガーのリンダ・ドーンが参加しており、シオ・クローカーをフィーチャーした “Brazilian Spirit” は、深く美しいグルーヴに包まれたブラジリアン・フュージョン。シオ・クローカーのトランペットは往年のフレディ・ハバードのプレイに繋がるもので、全体に1970年代の〈CTI〉のクロスオーヴァー・ジャズのなかで、特にブラジリアン・フューッジョンに特化した作品を思い起こさせる感じだ。“Baiamba” はバトゥカーダ調のリズムを持つダンサブルなブラジリアン・ジャズで、影響からいうとアイアートが大きいだろう。“Encontrei Amor” も同様のサンバ調のナンバーだが、ディスコを融合したあたりはジョージ・デュークの作風に通じる。“Late Night” もジョージ・デュークやラウル・ジ・スーザあたりがやっていたブラジリアン・フュージョンとブギーが結びついたような作品。“Beira Mar” はレイド・バックした感じが心地よいメロウ・ブギー。マルコス・ヴァレやホブソン・ジョルジ&リンコン・オリヴェッチあたりからの影響が伺える作品だ。リンダ・ドーンをフィーチャーした “Saudade” は、アルトゥール・ヴェロカイが指揮するストリングスをバックにリンダ・ドーンがドリーミーに歌うブラジリアン・ソウル。“Maria” はモイセスの母親の名前を冠したナンバーで、美しいメロディやストリングスのアレンジなど、やはりヴェロカイにインスパイアされている。

Outer World Jazz Ensemble with Chip Wickham
The Kármán Line
ATA
昨年は〈ゴンドワナ〉から『The Eternal World』をリリースしたチップ・ウィッカム。〈ゴンドワナ〉以外にもリーズのレーベルである〈ATA〉と親密な関係を結んでおり、同レーベルの看板バンドであるルイス・エクスプレスと共演した『Doo-Ha!』もリリースした。この度〈ATA〉からアウター・ワールド・ジャズ・アンサンブルという新しいグループが登場するが、そのアルバム『The Kármán Line』にもチップはゲスト・ミュージシャン的な立場で参加する。アウター・ワールド・ジャズ・アンサンブルのメンバーは明らかになっていないが、恐らく〈ATA〉に所属するミュージシャンたちの合同グループのようなもので、ルイス・エクスプレスはじめ、アブストラクト・オーケストラ、ソーサラーズ、ワーク・マネー・デスといったグループのメンバーが集まっているのだろう。なかでもルイス・エクスプレスのベーシストで、〈ATA〉の運営者でもあるニール・イネスがグループの中核を担っている。
2年ほど前にチップとニールはツアーで東京を訪れた際、レコード屋巡りをしてユセフ・ラティーフ、デヴィッド・アクセルロッド、アリス・コルトレーンといったレジェンドたちの音楽についていろいろ語り合ったそうだ。その後リーズに戻り、そうしたインスピレーションを掘り下げる中でダンス・ジャズ的な方向から生まれたのが『Doo-Ha!』で、よりディープでスピリチュアルな方向から生まれたのが『The Kármán Line』である。“Kármán Cantata” は神秘的なムードに包まれたモーダル・ジャズで、チップ・ウィッカムのフルートはユセフ・ラティーフを連想させる。全体的な曲想や中間のピアノ・ソロなどはデヴィッド・アクセルロッドの『Song Of Innocence』(1968年)に通じるものがある。“Alto Vento” は6/8拍子のワルツ曲で、女性スキャットを交えてソウルフルなムードが漂う。アルバムのなかで比較的ダンサブルな作品と言える。“Earthly Elements” もダンス・ジャズ路線で、ルイス・エクスプレスの作品に近い。曲全体がファンキーなグルーヴに貫かれ、そのなかでブレスを交えたチップのフルートがアクセントとなっている。“Molecules” はゆったりとしたムードのスピリチュアル・ジャズで、ハープも交えた演奏はアリス・コルトレーンからの影響が伺える。〈ゴンドワナ〉にはマシュー・ハルソール率いるゴンドワナ・オーケストラがあるが、その〈ATA〉版と言えるのがアウター・ワールド・ジャズ・アンサンブルではないだろうか。

Moses Yoofee Trio
Chasing Light
Leiter
昨年ファースト・アルバムの『MYT』をリリースし、新しいバンドがいろいろ登場するなかでも強烈な印象を放ったモーゼス・ユーフィー・トリオ。ドイツ出身のモーゼス・ユーフィー・ヴェスター(ピアノ)、ノア・ファーブリンガー(ドラムス)、ロマン・クローブ(ベース)から成るこのトリオは、ジャズにヒップホップやドラムンベースなどダンス・サウンドを融合し、ゴーゴー・ペンギンやバッドバッドノットグッドなどに比する存在へ成長していくと期待を寄せられた。『MYT』自体は2024年に録音されたものだったが、2025年の9月にノイケルンのスタジオで新作のレコーディングがおこなわれ、それが『Chasing Light』となる。
今回はシンガーを交えた作品も含め、よりダンサブルなサウンドに近づいている。マレーというヴォーカリストをフィーチャーした “Nothing To Loose” が代表で、ドラムンベースとダブステップの中間的な細かいビートを刻むドラムスを軸とした作品。ヴォーカリストの声質も含めてかつてのジェイムズ・ブレイクやジョーダン・ラカイの作品に近いイメージだ。“Chasing Light” も人力ドラムンベース調の速いビートを持つ。力強いリズムの一方で弦楽四重奏による繊細でメロディアスな演奏もフィーチャーし、その対比も面白い。“Inner Circles” はヒップホップとアフロビートを融合したような風変わりなビートを持つ。ヴォコーダーかトーキング・モジュレーターのようなヴォイスも交え、ネオ・ソウルをフュージョン的に解釈した作品とも言える。“Kraut” はクラウトロックとジャズ・ファンクを結びつけたような作品で、即興演奏も持ち味とするモーゼス・ユーフィー・トリオらしさが表われた楽曲。比較的短い曲が多い『Chasing Light』のなかにあって、モーゼス・ユーフィーのエレピをはじめ、トリオのインタープレイがスリリングに展開していく。
小川充/Mitsuru Ogawa