Home > Columns > 3月のジャズ- Jazz in March 2025
Kuna Maze
Layers
Tru Thoughts
クナ・メイズことエドゥアルド・ジルベルトはフランスのリヨン出身のDJ/プロデューサーで、現在はベルギーのブリュッセルを拠点に活動する。トランペット演奏をはじめマルチ・ミュージシャンとしてのトレーニングも積み、J・ディラ、フライング・ロータス、ガスランプ・キラー、ウェザー・リポート、サン・ラーらに影響を受け、ジャズ、ヒップホップ、エレクトロニカ、ブロークンビーツなどを取り込んだ作品を作っている。2020年に同じフランスのミュージシャン/プロデューサーであるニキッチことニコラス・メイヤーとの共同アルバムで注目を集め、以降は〈トゥルー・ソウツ〉を拠点に同じくコンビ作の『Back & Forth』(2022年)をリリースし、2023年にはソロ名義の『Night Shift』を発表している。『Night Shift』はスペイセック、ミドゥヴァ、レイネル・バコールなどのシンガーをフィーチャーし、ディープ・ハウスやブロークンビーツなどエレクトリックなクラブ・サウンド寄りのサウンドだったが、ジャジーなエレピやシンセの使い方に優れた才能を見せていた。
『Night Shift』のリリース後は、自身のバンドと共にヨーロッパ各地のフェスやライヴで精力的に活動しており、このたび新作の『Layers』をリリースした。『Night Shift』とは異なり、『Layers』はライヴ・パフォーマンスから得た即興とエネルギーにインスパイアされたもので、ヴィクター・パスカル(ドラムス)、トマス・リヴェラ(キーボード)、イー・コリ・テイル(サックス)、サンディー・マーティン(コンガ)によるバンド編成でスタジオ録音に臨んでいる。そして、これまで以上に彼の中におけるジャズを深化させており、UKのジャズ・シーンからの影響も感じさせる。具体的にはカマール・ウィリアムズ、ジョー・アーモン・ジョーンズ、モーゼス・ボイド、ヴェルズ・トリオといった、ジャズとハウスやダブ、ブロークンビーツなどを融合したフュージョン・タイプのアーティストで、ハービー・ハンコックやロニー・リストン・スミス、アジムスなどに代表される1970年代のエレクトリック・ジャズの遺伝子を受け継ぐ人たちだ。幻想的でスペイシーなキーボードからダイナミックなビートが始まる “Blacklash” や、重層的なエレピやシンセのレイヤーが印象的な “Layered Memories” は、そうした1970~80年代のアジムス・サウンドを彷彿とさせる作品だ。“Maina” はユゼフ・カマールの『Black Focus』を連想させるナンバーで、ブロークンビーツ調のリズミカルなリズムが前進する。“Scraps & Pieces” も同様にブロークンビーツ調のフュージョン・ファンクで、ディープ・ハウス的な “Blast” などと共に、ダンス・ミュージック・プロデューサーとしてのクナ・メイズの顔が出た作品だ。“Bristol Changes” はさらに疾走感のあるドラムンベース調のリズムだが、サックスを交えてジャズの即興演奏の魅力を最大に発揮している。“Tangle” においてもドラムスの即興性とダンス・ビートを両立させたリズミックな演奏があり、『Layers』はジャズとクラブ・サウンドの融合が深い部分で成功したアルバムと言える。
44th Move
Anthem
Black Acre
〈ブラック・エーカー〉はロメアやクラップ・クラップなどのリリースで知られるブリストルのベース・ミュージック系レーベルだが、そうしたなかにあってフォーティーフォース・ムーヴは異色のジャズ・アーティストとなる。匿名性の高いアーティストだが、実際はアルファ・ミスト、リチャード・スペイヴンと、それぞれソロでも輝かしいキャリアを積んできたロンドンのふたりによるプロジェクトで、結成自体は2020年まで遡る。2020年にユニット名を冠したEPをリリースしたまま、その後は活動がなかったようだが、ここにきてファースト・アルバムをリリースすることとなった。基本的にアルファ・ミストがピアノやキーボード、リチャード・スペイヴンがドラムスを担当し、本作では演奏者のクレジットはないが、ベース、ギター、フルート、サックス、トランペットなどもフィーチャーされる。もともとクラブ・ミュージックとの接点が多いふたりだが、〈ブラック・エーカー〉からのリリースということもあり、フォーティーフォース・ムーヴはそうした傾向をより深めたプロジェクトと言える。
表題曲の “Anthem” は、フルートとエレピによるミステリアスな旋律が印象に残るディープなナンバーで、フォーティーフォース・ムーヴなりのスピリチュアル・ジャズ的なアプローチと言える。一方、デトロイトのラッパーのケル・クリスを迎えた “The Move” は、アルファ・ミストの初期作品でしばしば見られたジャズとヒップホップの融合形。あくまでクールに淡々としたピアノ演奏を見せるのがアルファ・ミストらしい。“2nd September” はメランコリックなギターを交え、全体的にゆったりとしたバレアリックな音像を紡ぎ出す。リチャード・スペイヴンのポリリズミックで複雑なドラミングが、彼の持ち味をよく表している。リチャード・スペイヴンらしいという点では、“Free Hit” や “Second Wave” のビートはドラムンベースやブロークンビーツなどクラブ・サウンドのエッセンスを導入した、極めて彼らしい作品。もちろん、そこにジャズの即興演奏的なアプローチを交えていて、“Free Hit” の後半にはトランペットのスリリングな演奏も加わる。そして、“Barrage” の繊細で耽美的なエレピに代表されるように、アルファ・ミストが持つダークでアブストラクトなイメージがフォーティーフォース・ムーヴにおいてもサウンドの軸になっているようだ。
Yazz Ahmed
A Paradise In The Hold
Night Time Stories
ヤズ・アーメッドにとって、2019年の『Polyhymnia』以来となる久しぶりのアルバム『A Paradise In The Hold』がリリースされた。幼少期は父方の故郷であるバーレーンで育った彼女は、その名を一躍広めた『La Saboteuse』(2017年)でも見られるように、中近東のメロディやリズムを取り入れた作品が多かった。本作ではアルバム・ジャケットにアラビア語で名前やタイトルを記しており、中近東の音楽をより意識した内容と言える。ヤズはこれまで度々バーレーンを旅行してきたなかで、2014年に書店巡りをした際にバーレーンの伝統的な結婚式の歌や、真珠獲りのダイバーの歌の歌詞が載った書物を見つけ、それらが『A Paradise In The Hold』におけるインスピレーションとなったようだ。『Polyhymnia』がギリシャ神話をモチーフとしていたように、ヤズ・アーメッドの作品は叙事詩や物語を基に作られることが多く、『A Paradise In The Hold』はバーレーンの民間信仰や儀式を物語として作品に投影している。そうした物語性を高めるためにヤズは初めて自身で歌詞を書き、ナターシャ・アトラス、アルバ・ナシノヴィッチ、ブリジッテ・ベラハといった、中近東やトルコなどをルーツに持つシンガーたちにアラビア語で歌ってもらっている。そして、古来よりアラブの女性は抑圧的されたイメージを持たれることが多いが、そうしたイメージを打破し、創造的で強いアラブの女性像を見せることが『A Paradise In The Hold』のテーマのひとつにもなっている。西洋においてアラブ音楽が映画のサントラなどで使われる場合は、あるステレオタイプなイメージがあるが、そうしたイメージを逆手に取り、アラブ女性の新しいイメージを創出するという目論見があるようだ。
“Though My Eyes Go to Sleep, My Heart Does Not Forget You” は真珠獲りのダイバーの歌をモチーフとする。手拍子を交えたリズムに乗せて、ヤズのトランペットが哀愁を湛えた旋律を奏で、マリンバとコーラスが神秘的でエキゾティックなムードを作り出していく。“Her Light” は疾走感に満ちたリズムと、情熱的なトランペットやエフェクトを交えた鍵盤によってコズミックな世界へと連れていくが、ここでも途中のアラビア語の歌がアクセントとなっている。“Waiting Fo The Dawn” はマリンバがエチオピア・ジャズのムラートゥ・アスタトゥケにも近似するイメージで、中近東音楽とスペイシーなジャズ・ファンクを融合した上で、アラビア語の男女コーラスをフィーチャーする。ロンドンをベースとするヤズであるが、こうした中近東音楽とジャズを融合することによって、ほかのロンドン勢にはない彼女独自の世界を生み出している。
Rahel Talts
New And Familiar
Rahel Talts self-released
ラヘル・タルツはエストニア出身で、デンマークのコペンハーゲンを拠点とする新進のピアニスト兼作曲家。ジャズ・ギタリストのマレク・タルツを兄弟に持ち、ジャズにフォークやポップス、フュージョンなどをミックスした音楽性を持つ。そのマレクも参加したラヘル・タルツ・アンサンブル名義の『Power To Thought』(2022年)でデビューし、カルテット編成での『Greener Grass』(2024年)を経て、ニュー・アルバムの『New And Familiar』をリリースした。『New And Familiar』はストリングスやホーン・セクション、シンガーも交えたビッグ・バンド編成で、ラヘルの作曲や編曲の才能を大きくアピールしたものとなっている。
レコーディングはエストニアのタリンでおこなわれており、彼女の故郷のエストニア民謡を取り入れた作曲がポイントとなる。代表は “Meie Elu” で、1915年に作られた古いエストニア民謡に新しく歌詞をつけたジプシー調のナンバー。パット・メセニー・グループを彷彿とさせる演奏だが、エストニア語の素朴でフェアリーな歌が独特の個性を放つ。キティ・ウィンターのようなスキャット・ヴォーカルを交えてスピーディーに展開する “Restless” は、チック・コリアのリターン・トゥ・フォーエヴァーを現代に蘇らせたようなダンサブルなフュージョン・ナンバー。躍動感に満ちたリズムに、ダイナミックなストリングス&ホーン・アンサンブルのアレンジも秀逸だ。