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Columns

Oneohtrix Point Never 『Tranquilizer』

Oneohtrix Point Never 『Tranquilizer』

3回レヴュー 第二回目

文:デンシノオト Nov 17,2025 UP

少しずつ公開されてきたOneohtrix Point Neverの新作『Tranquilizer』からの楽曲群、いよいよ最後のシングル“Rodl Glide”が解禁されました。先週リリースされた“D.I.S.”とともに、今回はデンシノオトがレヴュー担当を務めます。

Photo: Aidan Zamiri

Oneohtrix Point Never『Tranquilizer』
“D.I.S.”/“Rodl Glide”

 ワン・オートリックス・ポイント・ネヴァー(Oneohtrix Point Never、以下OPN)の音楽は、2010年代以降の文化環境、すなわちポスト・インターネット時代における「記憶」と「感情」の断片化そのものを象徴してきた。ダニエル・ロパティンによるこのプロジェクトは、デジタル社会が生み出す残響や廃墟のようなノスタルジーを素材に、メディアそのものの記憶を再構成し続けてきた試みである。

 初期作『Rifts』(2009)は、アナログ・シンセのドローンを介して「過去の未来」を再訪するアルバムだった。インターネット上を漂う幽霊的ノスタルジーを先取りし、電子音楽が抱え続けてきた「記録」と「忘却」の問題を音響の内部に封じ込めていた。そして『Replica』(2011)では、テレビCMの断片やローファイなサンプリングを通して、メディアの残骸から新しい感情の構造を再構築する。この方法論はヴェイパーウェイヴ的文脈と呼応しつつも、その表層的アイロニーを超えている。ロパティンの手にかかれば、断片は単なる引用ではなく、「崩壊した文化の欠片」から「新たな感情のプロトタイプ」を抽出する作曲的思考へと転化する。感情の残滓を音として再構成すること。それこそが彼の創作の核心である。
〈Warp〉移籍以降の展開もその延長線上にある。『R Plus Seven』(2013)では人工音声やMIDI音源、宗教的コード進行を用いて、情報社会の内部に潜むスピリチュアリティを可聴化した。『Garden of Delete』(2015)ではネット以降の自己分裂を描き、『Age Of』(2018)、『Magic Oneohtrix Point Never』(2020)、『Again』(2023)の三部作では、自己引用とメタ構造を通じて「創作」と「記憶」の境界を溶解させた。AIやアルゴリズムが創作を侵食する以前から、ロパティンはすでに「人間の手を離れた音楽」という感覚を先取りしていたのである。

 その探求の帰着点となりうるのが、新作『Tranquilizer』ではないかと夢想している。ロパティン自身が語る「歯科医院の椅子から見上げた人工の青空」という着想は、現実の代替物としての人工的安堵(すなわちシミュラークル化した癒し)をテーマとして読み解ける。さらに、かつてネット上から忽然と消えたサンプルCD群の記憶を再構築するという設定は、文化の断絶と記録の喪失をより直接的に描き出す試みでもある。そもそも「歯医者」というモチーフはOPNという名の起源と深く関わっており、彼の作品世界が円環的に回帰する構造を持つことを象徴しているようにも思える。
 先行配信された “For Residue” “Bumpy” “Lifeworld” “Measuring Ruins” “Cherry Blue”の5曲を聴くと、そこに鳴るのはメディアの崩壊と再生の狭間に浮かぶ「音の幻覚」だ。明瞭でありながら淡く、霧のように溶けていくシンセサイザーの音。その響きはまるで明晰夢を聴くような感覚をもたらす。音のパレットはこれまで以上に多層的で、色彩感覚は「5K映像」のように高精細である。ロパティンはもはや過去を引用するのではなく、消えゆく音そのものを「新しい感情の器」として再構築している。
今回、新たに先行配信された2曲、“D.I.S.”(アルバム10曲目)と “Rodl Glide”(14曲目)は、その方向性を決定づけるトラックに思えた。“D.I.S.” は澄み切ったシンセの層がゆるやかにうねり、静謐のなかで絶えず変化を続ける。しかし突如55秒以降、ノイズが介入し、電子音がリズミカルに脈動を始める。1分28秒からチェンバロのような金属音が重なり、1分41秒を過ぎるとベースの断片と幽霊的なコーラスが交錯する。やがて2分20秒以降、音は再び静寂へと還元され、透明なシンセが微かなピアノの輪郭を浮かび上がらせる。初期作『Eccojams Vol.1』のコラージュ的世界観を、20年代的音響処理でアップデートしたような印象だ。

 一方、“Rodl Glide” はさらに意表を突く。冒頭から中盤にかけては穏やかなアンビエントが続くが、深層にはキック音が潜んでいる。3分10秒を過ぎた瞬間、90年代テクノを思わせるビートが突如として立ち上がる。ここまで明確にリズムを押し出したOPN曲は稀であり、その大胆さはキャリア全体でも特筆すべきだ。だがそのリズムは高揚ではなく、むしろ催眠的な静けさを伴う。ビート、シンセ、ノイズ、人工音声が溶け合い、夢の中で自我が分解されていくような感覚を残す。“Rodl Glide” こそ、OPN的「終末の美学」の現在形と言えるだろう。

 この2曲に共通するのは、OPNが長年追い求めてきた「夢見る構築美」が、現代的な精度で再定義されているという点である。『Tranquilizer』の先行曲群に耳を傾けると、ロパティンがもはや「ポスト・インターネット音楽」を更新する段階を超え、「音の終わりのさらに先」を見据えていることがわかる。そこに鳴るのは、静かな祈り、そう、デジタル時代の声なきラメントである。

 『Tranquilizer』全編を聴いたとき、私たちの知覚と感覚はどのように変化するのだろうか。リリースは21日。音楽の未来が、再びOPNの手によって更新されようとしている。

◆『Tranquilizer』先行試聴イベント
日時:11月20日 (木) 19:00~20:30
会場:BEATINK Listening Space (東京都渋谷区神宮前1-12-3 パティオビル Authors Harajuku B1)
※入場無料

◆『Tranquilizer』SPECIAL POP-UP
日時:11月21日 (金) 17:00~21:00、11月22日(土)~11月24日 (祝月) 15:00~21:00
会場:Park in Park (東京都渋谷区神宮前6-20-10 宮下パーク 内1F)
※入場無料

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Post-it (デンシノオト)
1971年生まれ。ブロガー。東京在住で音楽ブログ「デンシノオト」などを書いています。
http://d.hatena.ne.jp/post-it/

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