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Home >  Columns > なぜレディオヘッドはこんなにも音楽偏執狂を惹きつけるのか- Radiohead, Hail to the Thief Live Recordings 2003-2009

Columns

なぜレディオヘッドは<br>こんなにも音楽偏執狂を惹きつけるのか

なぜレディオヘッドは
こんなにも音楽偏執狂を惹きつけるのか

Radiohead, Hail to the Thief Live Recordings 2003-2009

高橋智子 Oct 31,2025 UP

 なぜレディオヘッドはこんなにも音楽偏執狂を惹きつけるのか。筆者にとって、彼らはずっと気になる存在だ。筆者とレディオヘッドとの出会いは『OK Computer』にさかのぼる。このアルバムを1997年の発売当時に聴いて以来、ロックに限らず、音楽全体の潮目が確実に変わったのだと感じた。このアルバムの各曲は基本的にロックのフォーマットを維持しつつも、一度聴いただけでは全体を把握できない複雑さを秘めている。そして、この傾向は、その後の『Kid A』(2000)、『Amnesiac』(2001)のなかでますます顕著になっていく。以来、レディオヘッドは筆者にとって常に注意を払うべき存在となった。曖昧な調性、微分音の使用、複雑に聴こえるリズムと拍子、次々と新たな部分へと進むので何度も聴かないと覚えられない構成など、彼らの音楽はロックのセオリーを易々と逸脱し続ける。そのたびに聴き手は驚き、戸惑いながらも、一緒に歌ったり、手拍子を打ったり、音楽を身体に染み込ませる。
『OK Computer』がリリースされた1997年は、コーネリアス『Fantasma』、ビョーク『Homogenic』、プロディジー『The Fat of The Land』、ステレオラブ『Dots and Loops』といった、1990年代後半を代表するアルバムがいくつもリリースされた年だ。それは同時に、「オルタナティヴ」とされていたものが音楽的にも商業的にもメインストリームになったことを意味する。
 1990年代後半の「オルタナティヴ」の回想はさておき、レディオヘッドはロックと他のジャンルとの距離を縮めるどころか、その境界さえも曖昧にしてしまった。ポップあるいはロックと他のジャンル、とりわけ現代音楽との接近について、音楽批評家のアレックス・ロスは次のように記している。

二一世紀が始まったいま、クラシック音楽とポップ文化を対立させようという欲求は、もはや知的にも感情的にも意味を持たない。若い作曲家たちは、ポップ・ミュージックを耳にしながら育っていて、その場の求めに従って、それを利用したり無視したりする。彼らは知性の活動と街のノイズの中間地点を求めている。それと同じように、二〇世紀音楽、現代のクラシック音楽にたいする活発な反応は、大雑把な言い方だが、ポップ界から起こっている。ソニック・ユースの微分音調律、レディオヘッドの豊かな和声的手法、マスロックとインテリジェント・ダンス・ミュージックの崩れて急速に変化する拍子記号、スフィアン・スティーヴンズとジョアンナ・ニューサムの歌を支える哀愁に満ちたオーケストラの編曲。これらすべてが、クラシックとポピュラーの伝統のあいだで長いあいだ交わされてきた対話を引き継いでいる。(アレックス・ロス『20世紀を語る音楽』第2巻、柿沼敏江訳、みすず書房、2010年、570頁。原書はThe Rest Is Noise: Listening to the Twentieth Centuryとして2007年出版。)

「大融合」を目的の1つとする20世紀音楽(ロス、同前、571頁)以降、クラシックもポップも同じ言語で対話できるようになった。ここでいう「対話」を体現しているのがジョニー・グリーンウッドの活動である。グリーンウッドの映画音楽を高く評価する作曲家スティーヴ・ライヒは、彼との対談で、「あなたには、少なくとも二つの音楽的な人生があるように感じます。」(スティーヴ・ライヒ『スティーヴ・ライヒ対談集』大西穣訳、左右社、2025年、208頁)と述べた。自身もクラシック音楽と他の様々な音楽のバックグランドを持つ彼は、グリーンウッドに強いシンパシーを抱いているのだろう。2011年にグリーンウッドは、生演奏のギターのパートと、事前に録音したギター10パートとベース2パートによる、ライヒの“Electric Counterpoint”(1987)を演奏した。かたやライヒはレディオヘッドの“Everything In Its Right Place”と“Jigsaw Falling Into Place”を選び、この2曲をいったん更地に戻して彼の様式で再構築したアンサンブル曲“Radio Rewrite”(2012)を作曲した。
 ライヒの他にも、グリーンウッドは現代音楽との対話を続けている。ポーランドの作曲家クシシュトフ・ペンデレツキとの共同作業(2012年に2人の名義でアルバムがリリースされた)や、彼が敬愛する作曲家オリヴィエ・メシアンの楽曲で知られる電子楽器、オンド・マルトノ(1)をレディオヘッドで使用している様子から、彼ひとりの活動をとってみるだけでも、たとえ熱心なファンに限らずとも、このバンドに惹きつけられてしまう。その証拠として、レディオヘッドの音楽を極めてまじめに学術的な方法と態度でとりあげた論考や研究が既に存在している。ライターや研究者を名乗る人々が、このバンドの音源を何度も聴き、それを楽譜に書き起こして分析し、日々、謎解きを行っている(2)。リリース当時はあんなに議論された謎多き“Pyramid Song”だが、色々な説が飛び交った拍子の数え方どころか、今やその元ネタさえも解明されているのだ。聴いて楽しむ以外の享受方法をもたらしてくれるレディオヘッドは、音楽について何か言いたい人にとって、非常に「やりがいのある」バンドだともいえる。
 思考や分析の沼に誘うレディオヘッドだが、もちろん彼らの音楽にも直感的、身体的な側面がある。その一役を担うのがトム・ヨークだ。去年、筆者は彼のソロのステージを観た。彼は、そこで出す音すべての責任をひとりで担い、全力で私たちに音楽を聴かせてくれた。かつて、ブライアン・イーノは録音スタジオを作曲の道具とみなして音楽制作に勤しんでいた。トム・ヨークの場合は、彼の手に触れる楽器、声、身体全体が音楽を生み出す有機体に見えてくる。このたびリリースされたライヴ・アルバム『Hail to the Thief Live Recordings 2003-2009』からも音楽の身体性や躍動を聴くことができる。いうまでもなく、この動的な側面がバンドの音の醍醐味なのだ。

『Hail to the Thief Live Recordings 2003-2009』はレディオヘッドの6枚目のスタジオ・アルバム『Hail to the Thief』全14曲のうち“Backdrifts”と“A Punch Up at Wedding“を除いた12曲のライヴ音源で構成されている。タイトルの“Hail to the Thief(盗人万歳)”は、2000年のアメリカ大統領選挙の際のジョージ・ブッシュのスローガン「Hail to the Chief(大統領万歳)」を揶揄した言い回しに由来する。このことから、このアルバムを政治的な作品とする見方もあるが、特定の出来事というよりは、デジタル監視主義やグローバル・ファシズムが世界を覆い始めた空気のなかで『Hail to the Thief』は生まれたのだと考えられる。パンデミックを経た2025年現在、2003年当時は予兆や空気だったものが、どんどん現実化している。
 1曲目“2 +2=5”は、オーウェルの『1984』に繰り返し出てくる、事実の改竄と洗脳と服従を象徴するスローガン「2+2=5」のことだ。フェイク・ニュースやAIに翻弄されている私たちが「2+2がいつだって5になる場所(where two and two always makes up five)」の住民になりかけている今、この曲はリリース当時の2003年よりも切実な訴えとして聴こえてきてしまう。曲の構成はやや複雑で、A(イントロ)-B(are you such a dreamer?)-C(It’s the devil’s way)-D(Because you have not been)-E(短い間奏)-F(I try to sing)の6つの異なる部分からできていて、聴き覚えのあるAやBの部分に戻るのではなく、ひたすらまっすぐ突き進んで曲が終わる。最後のEの部分から荒れ狂った演奏が始まり、ここにロック・バンドとしてのレディオヘッドを再確認できる。
 「2 +2=5」をはじめとして、スタジオ・アルバム盤とライヴ盤のアレンジの間に大きな違いはあまり見られない。むしろ、この再現性の高さがライヴ・バンドとしてのレディオヘッドの高い技量を裏付けているともいえる。だが、彼らはアルバムの曲をただなぞっているわけではない。たとえば5曲目の“Where I End You Begin”では、グリーンウッドがギターのリフとそう変わらないテンションでオンド・マルトノを荒々しく弾いている。この激しさはスタジオ・アルバム盤とは明らかに異なる。6曲目の“We Suck Young Blood”前半のヴォーカルのメロディは8拍でひとまとまりのゆっくりとしたフレーズでできている。スタジオ・アルバム盤では7拍目という、なんとも数えにくいタイミングで手拍子が入るのだが、このライヴ盤では観客がこのやりにくい手拍子を打っているではないか。これは普通のロックのコンサートの基準に照らし合わせても、かなり特殊な現象だ。ある程度、意識的に拍を数えていないと、このタイミングで手を打つことはできないからだ。
観客の反応も含めて、レディオヘッドが規格外の演奏をステージで展開できるのは、エフェクトのかかったギターをじっと聴かせるエド・オブライエン、忍耐強いリズム・セクションのコリン・グリーンウッドとフィル・セルウェイによる3人の磐石な体制のおかげだろう。このようなバンド内の力学も考えると、やはりレディオヘッドはいつまでも興味深い存在である。日本でライヴを観られる日は来るのだろうか。

脚注

(1) オンド・マルトノ(Ondes Martenot)はフランスの電気技師でチェリストでもあったモリス・マルトノが1928年に発明した電子楽器。ピアノのように鍵盤を使って弾く方法と、鍵盤の前に張られたワイヤーのついた指輪をスライドさせて音高やダイナミクスを自分で操作しながら音を作る方法がある。この楽器を用いた楽曲として、メシアンの「トゥランガリーラ交響曲」(1946-48)が挙げられる。楽器の歴史と仕組みについては、ジョニー・グリーンウッドとも親交のあるオンド・マルトノ奏者、原田節が東京フィルハーモニー交響楽団のウェブサイトで詳しく解説している。「オンディスト、原田節が語る メシアン『トゥランガリーラ交響曲』に寄せて」2024年3月29日 参照。
 原田節「音大生にエール 連載60 其の六〈ジョニーが来たから伝えたい〉」2022年12月 で描かれている原田氏とグリーンウッドの交流の様子は非常に興味深い。ぜひとも一読されたい。

(2) 一例を挙げると、カンザス大学で教鞭を執るブラッド・オズボーン(Brad Osborn)によるEverything In Its Right Place: Analyzing Radiohead (Oxford University Press, 2017)は音楽理論や心理学を援用しながらレディオヘッドの楽曲を、形式、リズム、音色、和声の4つの視点から分析している。最終章の第6章は1章まるごと“Pyramid Song”の分析に充てられており、よい意味での狂気さえ感じられる。


[追記]
この原稿を書き終えた直後に、レディオヘッドとしては7年ぶりとなるインタヴューがThe Timesに公開された。
インタヴューでは、2017年のテルアビブ公演をめぐってレディオヘッドに対して起きた、BDSこと「ボイコット・投資撤退、制裁運動(Boycott, Divestment and Sanctions)」問題についてのメンバーそれぞれの考えが語られている。また、まもなく始まる英国とヨーロッパ・ツアーに関して、彼らが65曲ほどを準備中で、セットリストは固定されたものではなく公演ごとに変わること、観客が舞台を取り囲むようなかたちでショーが行われる予定であることも明らかにされている。インタヴューについては以下のウェブサイト参照。

Daniel Kreps, 「レディオヘッドが語る活動休止と再始動の背景、イスラエル・パレスチナ問題との向き合い方」、『Rolling Stone Japan』2025年10月27日。

Damian Jones, “Thom Yorke says Radiohead will “absolutely not” return to Israel and he wouldn’t want to be 5,000 miles anywhere near the Netanyahu regime,” NME, 26th October

Mac Pilley, “Radiohead reveal they’ll be playing in the round on UK and European tour and talk setlists: “We have too many songs,” NME, 26th October 2025.

Profile

高橋智子/Tomoko Takahashi高橋智子/Tomoko Takahashi
1978年仙台市生まれ。たぶん音楽学者。専門はアメリカ実験音楽のはずだが、いまだにXTCやJoy Divisionばかり聴いている。

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