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Radiohead

Radiohead

The King Of Limbs

XL / Hostess

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木津 毅   Mar 01,2011 UP
E王

 ここのところ毎日iPodの再生ボタンを押して、ダウンロードしたばかりのこの作品を聴いている。世界中でそれと同じことが同時におこなわれているかと思うと、やはりただならぬ興奮を覚える......世界でももっともビッグな場所にいる彼らレディオヘッドの新しいアルバムは、またしても唐突に届けられた。前回のように価格を自分で決めさせはしていないが、1週間も経たないうちに発売される作品の購入方法は各々の判断に委ねられた。評論家も業界人もコア・ファンも関係なく、まったく同じ条件で彼らの新作に向き合うことを余儀なくされたのだ。
 レディオヘッドのこのリリースの狙いは、まず聴き手を能動的にさせるということである。ある程度プロモーションがおこなわれ、作品の情報が出回った頃に発売されるという旧来のシステムに慣れているリスナーを引きずり出し、まったくのバイアスのない状態で自分たちの音を聴かせる。するとそこにはある種の緊張が発生する。レディオヘッドはリスナーに自分たちの音楽を気軽に聴くことを許さない......というのは言い過ぎにしても、簡単に消費されることをきっぱりと拒絶している。それは消費社会の内部にいることを自覚しながら、そのことに対する違和感や抵抗を表現してきた彼らなりの実践である。

 ともかく再生ボタンを押せば、レディオヘッドの新作ははじまる。オープニングの"ブルーム"は反復し続けるビートの上で、細かい音が出入りし続ける複雑な構造のナンバーだ。微細な電子音やノイズがざわめいている様はまるでフライング・ロータスのようだが、トム・ヨークの物憂げな歌とジョニー・グリーンウッドによる優雅なストリングス・アレンジがそれをレディオヘッドの楽曲にする。世界中から待望されたアルバムに相応しい、スリリングな幕開けだ。
 アルバムには8曲しか収録されておらず、内容的にちょうど前半と後半に分かれている。前半を特徴づけているのは反復とダンサブルなアップ・ビートだ。2曲目、3曲目はギター・ロックの範疇ではあるものの、(トム・ヨークが好んで聴いているような)クラブ・ミュージックからの影響は確実に溶け込んでいて、とくにミニマル・テクノないしポスト・ダブステップからの反響を嗅ぎ取れる。4曲目の"フィラル"はアルバム中もっともアヴァンギャルドなトラックで、バタバタと鳴るドラムが神経質に繰り返されれつつ重たいベースラインが地を這い、トムの声が幽霊のように浮遊する。数年前なら恐らくIDMスタイルでやっていたであろう楽曲だが、それを生音のバンド・アレンジで挑んでいるところにレディオヘッドらしい変わらぬ前進への意志を感じ取れるだろう。ここまでアルバムは不穏なムードで進行する。
 続く"ロータス・フラワー"は作品中もっともキャッチーなメロディを持ったナンバーで、本作のシングル的な役割を果たしている。トムのファルセット・ヴォイスの魅力がここから発揮される。"ピラミッド・ソング"を彷彿させるようななかばドリーミーな"コデックス"、そしてトムの声がループしこだまし続けるフラジャイルなラヴ・ソング"ギヴ・アップ・ザ・ゴースト"......そうだ、この曲は去年のフジ・ロックで初めて聴いた。そのときの夜の空気の冷たさを思い出す。アルバムはここでもっとも美しい瞬間を迎える。つまり後半は、レディオヘッドらしいエレガントでメランコリックなメロディが堪能できるということだ。
 本作ではこれまでの彼らの音楽的な成果がしっかりと咀嚼され、また実験性と美しいメロディという彼らの魅力がもっともわかりやすく、また慣れた手つきで示されているアルバムにもかかわらず、繰り返し聴いていても不思議と掴みどころのない印象を受ける。不穏なようでいて上品で、細部はカオティックなようでありながら構造はシンプルだ。反復するビートのせいか、あるいは陶酔感のあるメロディのせいか......どこか催眠的な効果を持った作品でもある。何度聴いてもアルバムはあっという間に終わり、そして僕はまた再生ボタンを押す。

 しかし思えば、レディオヘッドとはつねにそういうバンドであった。そのテーマの重さや抽象度の高いサウンドのために、作品を自分のなかに完全に取り込むにはかなりの聴きこみと時間を要するのだ。
 それは彼らのディスコグラフィ中もっともポップな佇まいを持った前作『イン・レインボウズ』も例外ではなかった。はじめあのアルバムを聴いたとき、"ヌード"、"オール・アイ・ニード"、"レコナー"、"ヴィデオテープ"と、あまりに美しいナンバーが何曲も収められていたために、とてもスウィートな作品であるように僕には思えた。彼らが描いてきたような醜悪で陰鬱な世界のなかにも、「僕が必要なのはあなただけ」だと言える「あなた」が存在することについてのアルバムであると。そしてその「あなた」とは、年を重ねて父親になった彼らにとっての次世代のことだろう、と。
 しかし何度も聴いているうちに、ことはそんな単純ではないように思われてきた。歌の主人公たちはむしろその「あなた」がいることで、苦悩しているような印象を受けるのだ。"オール・アイ・ニード"では誰かに愛を無防備に捧げることを躊躇い続けているし、"ヴィデオテープ"は家族に残す遺書のような内容だった。愛する者たちがいるからこそ、この世界に対する恐怖や不安が拭えない、というような......。加害者になることを余儀なくされる世界のシステムの醜さに対する苛立ちが描かれた『OKコンピューター』はむしろ、若さがなせる業だったのだとそのとき僕は理解した。次世代に素直に託すほど、この世界は美しくも素晴らしくもない。しかしそれでも、限られた時間のなかで無力さを噛み締めながら、「あなた」のことを想い続けるしかないのだと......スウィートで、とてもヘヴィなアルバムが『イン・レインボウズ』であった。

 『ザ・キング・オブ・リムス』のリリックはネット上に聞き取りによるものが出回っているだけで、まだ完全にはわからない。だがラスト・トラックの、明るくも暗くもない奇妙な浮遊感のある"セパレーター"の言葉が何かのヒントになるかもしれない。「もしこれで終わりだと考えているなら、それは間違いだよ」というのは、何かしらの終わりをイメージさせた『キッドA』や『イン・レインボウズ』のエンディングとは異なるものだ。白昼夢のようなモチーフのこの曲で、トムは「起こしてくれ」と繰り返す。それは、この世界の晴れない憂鬱がこれからも続いていくことを覚悟しているのか、あるいはそれから目を覚ますことを望んでいるのか......それはまだよくわからない。しかし、「長く疲れる夢から目を覚ますようだ/ついに僕が抱えていたすべての重さから解放された」というのは、それがどんなものであろうとも現実に向き合い、悲観するのでもなく楽観するのでもなく、純粋に覚醒していたいという表明のように僕には思える。少なくとも、いまの時点では。
 いずれにせよ、これから僕たちリスナーは平等な立場でじっくりとこのアルバムを聴きこみ、読み解いていくことになるだろう。それでいい。レディオヘッドの音楽は、聴き手が考え抜いたその先でこそ美しく響くのだから。 そうして彼らは、僕たちを長い夢からこの世界へと覚醒させようとしている。

木津 毅