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Album Reviews

Radiohead

ElectronicRock

Radiohead

A Moon Shaped Pool

XL Recordings/Hostess

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デンシノオト   May 23,2016 UP
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 これぞ洗練の極地。そう、突如として(それこそ「神」の啓示のように?)、インターネット配信されたレディオヘッド、5年ぶりのニューアルバム『ア・ムーン・シェイプト・プール』のことである。

 ギター、ベース、ドラム、ヴォーカルというロック・バンドの基本フォームをギリギリまで維持しながらも、スティーヴ・ライヒのようなミニマル・ミュージック/現代音楽的な要素、オリヴィエ・メシアン的ともいえる近代・現代の和声感、そして微かなアフリカン・リズムの導入に至るまで、本作に導入された音楽的エレメントはじつに豊穣だ。ジョニー・グリーンウッドのたしかな音楽的な素養と知性の結実。バンドの円熟度の高まり。唯一無二の存在といえるトム・ヨークの声。それらが折り重なることで、この洗練の極みのようなロック・ミュージックが生まれたのだろう。音楽と声、つまり浮遊感に満ちた和声と抽象的でアトモスフィアな旋律の交錯。音楽性はちがえども、ブライアン・イーノとデヴィッド・バーンのアルバム『 マイ・ライフ・イン・ア・ブッシュ・オブ・ゴースト』に匹敵する越境的洗練性がある、とはいい過ぎだろうか。

 ライヒ的なミニマル・ミュージックの弦楽セクションが刺激的な1曲め“バーン・ザ・ウィッチ”も素晴らしいが、アルバムを象徴するトラックといえば、やはり2曲め“デイドリーミング”になるだろう。この曲は聴けばわかるように3拍子であり、いわばザ・ビートルズの“ア・デイ・イン・ザ・ライフ”のジョン・レノン・パートを思わせるブリティッシュ・ロックの伝統的ともいえる曲調である。しかしポイントは一定の感覚で刻まれるパルスのようなベースにある。このベースが4分音符で延々とキープされることで、アクセントの始点と終点によっては、4拍子にも3拍子にも聴こえてしまう構造になっているのだ。その結果、楽曲は極めてミニマルな編成ながら、3拍子と4拍子のポリ構造に「も」なっていくのである。

 さらに注目すべきは、このパルスのようなベースが、微妙に定位を変えていく点である。フラフラと浮遊するようなベースラインの音響が、夢遊するような感覚を与えてくれる。まさにポール・トーマス・アンダーソンが監督するMVで、ひたすら歩くトム・ヨークのように。この楽曲のムードや音楽的構造は、本アルバムのイメージを決定づけているといっていい。

 本作はアルバム全体に、夢を見るような感覚があるのだ。心地よさと不安さが同時に生成するような独自の感覚とでもいうべきか。その感覚の生成において、独特の和声感が一役買っているのはいうまでもない。むろん、そのような響きは、これまでのレディオヘッドのアルバムにも聴かれたものだが、先に書いたように本作ではコード・和声の感覚は異様なまでに洗練されているのだ。まるで甘美な死の匂いさえするほどに。例えば“デイドリーミング”に続く3曲め“デックス・ダーク”のコーラスに耳を傾けてみよう。まるで近代フランス印象派の和声に、ヴェーベルン的な緊張感を、一滴の香水のように落としたかのような響き。

 彼らの弦楽的な音楽性が最高潮に高まるのは6曲め“グラス・アイズ”であろう。ドビュッシーの「海」のように波打つ感覚とトム・ヨークの悲痛にして現実から乖離してしまったような声のレイヤーの見事さ。私は、このアルバムをリゲティが聴いたらどんな感想を持っただろうかと思ってしまった。

 そして、フィル・セルウェイのドラミングが冴える7曲め“アイデンティキット”から、メシアン的なピアノ・フレーズで始まる8曲め“ザ・ナンバーズ”は、ロック・バンドとしての円熟した演奏を聴かせる曲で従来のレディオヘッドのリスナーにも入りやすい曲だが、その乾いた音像の作り方がじつに巧みでもある。プロデューサーであるナイジェル・ゴドリッチの手腕の賜物ともいえる。また、“ザ・ナンバーズ”後半で展開される(彼らにしては)比較的派手なオーケストレーションは、他の静謐な楽曲と見事なコンストラクションを作っている。さらに最終曲“トゥルー・ラヴ・ウェイツ”には誰もが驚くだろう。以前からライヴなどで披露されてきたお馴染みの曲だが、ピアノのミニマルなフレーズを中心にしたシンプルなコード進行の楽曲にリフォームされていたのだから。ピアノ内部のハンマー音まで捉えた録音などは、どこかポスト・クラシカルの旗手ニルス・フラームのピアノ録音を思わせもする。
 
 全11曲、アルバム全体から漂う静謐な官能性は、ただ事ではない。まるで現代人の疎外感や疲労、世界を覆う不穏さに染み込んでくるようにも聴こえるほどである。

 このアルバムをもって、彼ら最高傑作という言い方は十分に可能だろう。だが、同時に、あまりに完成され、洗練され尽くしたアルバムゆえ、まるで「終わりの歌」のように聴こえてしまったことも事実だ。むろん、先のことなど、彼らにしかわからないが……。ともあれいまは、このアルバムを聴くことができた僥倖に浸るべきなのだろう。私たちの生きている世界への、優しさと絶望に満ちたレクイエムのようなロック・ミュージックがここにある。

デンシノオト