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まるで太陽神かなにかみたいだった。直視することがはばかられる、物理的な光の反射。ブラック・カルチャーでよく参照される古代エジプトと関連があるのだろうか。2023年9月3日、胸に円形の鏡を装着して神田スクエアホールの舞台にあらわれた彼女は、「わたしは光をまとって立っている」という “Contact” の歌詞どおり巧みに照明を利用し、文字どおり光を放っていた。
黒人文化の入念な研究を経て送り出されたセカンド・アルバムは、ブラックであることと女性であることの両方をエンパワメントする作品だったわけだけれど、光を駆使するケレラはいまみずからが世界を変革するための道しるべになることを引き受けようとしているのかもしれない。好評を得た『Raven』から1年。そのリミックス盤『RAVE:N, The Remixes』もまた彼女の輝きを広く知らしめる作品となっている。
ケレラがリミックス盤を制作するのはもはや恒例行事だ。ミックステープ『Cut 4 Me』(2013→2015)、EP「Hallucinogen」(2015→2015)、ファースト・アルバム『Take Me Apart』(2017→2018)……今回もングズングズやLSDXOXOといったこれまで一緒に仕事をしてきた面々から、おそらくはフックアップの意図もあるのだろう、まだそれほどリリース量が多いわけではないプロデューサーたちまで幅広く招集されていて、ある種のショウケース的な様相を呈している。
最大のトピックは、今日もっとも無視することのできないエレクトロニック・プロデューサー、ロレイン・ジェイムズの参加だろう(“Divorce”)。彼女らしい独特のビートにケレラの歌声が絶妙に絡んでいくさまを聴いていると、ふたりのさらなるコラボを期待せずにはいられない。〈Hyperdub〉にも作品を残すカレン・ニャメ・KGによるアマピアノ(“Contact”)、シャイガールのラップをフィーチャーしたJD・リード(“Holier”)、フットワークとジャングルそれぞれのおいしい部分を同居させるDJマニー(“Divorce”)にDJ LHC(“Far Away”)、力強いダンス・テクノでフロアに火をつけるKYRUH(“Missed Call”)、原曲のジャングルから骨格を強奪し幽霊化してみせるA・G・クック(“Happy Ending”)、テイハナによるご機嫌なレゲトン(“Enough For Love”)などなどヴァラエティに富んだ内容で、それこそ先日コード9が言っていたような、現在クールとされているビートを全部用いた鍋料理のごとき1枚に仕上がっている。参加者たちはかならずしもブラックや女性のみで固められているわけではないものの、どのリズムもブラック・カルチャーが育んできたものばかりなのは見過ごせないポイントだろう。
全篇にわたってたゆたいつづけるヴォーカルのおかげか、これほど多くのプロデューサーが関わっているにもかかわらず音の触感やムードはきれいに統一されている。もはやオリジナル・アルバムと言ってもいいくらいの完成度で、これまでのリミックス盤と比べても群を抜いてるんじゃなかろうか。
本盤にも参加しているトロントのプロデューサー、バンビー(“Closure”)との対談でケレラは、「まったく異なるアレンジをクリエイトすることが大好きなんです。おなじテーマについて異なる方法で考えることを促してくれるから」と語っている(https://www.interviewmagazine.com/music/kelela-and-bambii-on-the-power-of-the-remix)。彼女にとってリミックスとは、べつの角度から世界を眺めることなのだ。そしてそれは新しい世界を切りひらくことでもある。「メインストリームから外れていたり簡単には理解されないといつも感じてきた人びとのための世界をつくりたい」。ないものにされているなら自分で世界をつくるしかない──そう述べる彼女は、カラリズム(同人種間において比較的明るめの肌色の人間がより濃い肌色の人間を差別すること)とミソジノワール(黒人女性嫌悪)と資本主義の交差が人びとの選択肢を狭めている、だったら自分自身で選択肢をつくるしかない、と提案してもいる。
多様な才能たちが放つ光をみずから鏡となって反射すること。『RAVE:N, The Remixes』という「べつの選択肢」を用意することで彼女は、『Raven』で見せた新世界の可能性の断片をより遠くまで届けようとしているのかもしれない。荒れ狂う海原でいちるの希望となるような、灯台の光そのものとなることによって。
小林拓音