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シャイガールのパフォーマンスを初めて目にしたのは約3年前、今年の年末に営業再開するクラブ・渋谷WWW βで開催された《Local World》と《南蛮渡来》のコラボレーション・パーティーだった。彼女が主宰するロンドンのコレクティヴ〈NUXXE〉のアーティストであり盟友のクク・クロエ(Coucou Chloe)とともに初の来日公演を果たした夜、アンダーグラウンドのフロアできらびやかなドレスを纏いバブリーな扇子を仰ぎながら歌うシャイガールは、すでにカリスマ的な歌姫のようなオーラを漂わせていた。同コレクティヴのプロデューサー、セガ・ボデガ(Sega Bodega)が手がけたダークにうねるエレクトロニック・サウンドを、淡々としたラップで乗りこなしながらオーディエンスを虜にしていたのをいまでも鮮明に覚えている。一番の盛り上がりを見せていたのはたしかデコンストラクテッド・クラブ的なアンセム、“NASTY” (2018)だったような。当時、国内のアンダーグラウンドで彼女のカリスマ性溢れるオーラを身を持って感じられたのは本当に幸運だったことだといまとなって改めて思う。もしこれからシャイガールの姿を目にするとなればキャパシティが200人も満たないフロアでは到底難しいだろう。かつて渋谷の狭い地下で目にしたアンダーグラウンドの歌姫はいま、次世代の重要人物として世界中を虜にしつつある。
サウスロンドン生まれの文学少女だったブレーン・ミューズはブリストル大学で写真を学びつつ、ロンドンのパーティー・シーンに身を置くようになり2016年にはレーベル兼コレクティヴの〈NUXXE〉をセガ・ボデガとクク・クロエとともに設立、同時にラッパー/シンガーソングライターのシャイガールとしてのキャリアを歩みはじめた。ヒップホップやグライム、UKならではのダンス・ミュージックを基軸に実験的なクラブ・サウンドで頭角を現し、コレクティヴと彼女の存在はロンドンから国内外のアンダーグラウンドへと徐々に知れ渡ってゆく。2nd EP「Alias」(2020)にはつねに彼女とともにあるセガ・ボデガだけでなくソフィーやカイ・ホイストン(Kai Whiston)など今日のハイパーポップ・サウンドを支えるプロデューサー陣が集結、その後もアルカ『KiCk i』への客演にラッパーのスロウタイ、FKA・ツイッグスといったイギリスの主要アーティストとのコラボ、レディ・ガガのリミックス・アルバム『Dawn of Chromatica』に参加したりとシーンを牽引しながら、バーバリーのキャンペーン・モデルに起用されるなど各所で活躍をみせてきた。そして今年の秋にはついに待望の 1st Album『Nymph』をリリースし、満を持してディーヴァさながらのポテンシャルを発揮した。
『Nymph』はこれまでの作品に比べ、エッジなベースが効いたセガ・ボデガの不穏なレフトフィールドさがありながら、アルカにダニー・L・ハール(Danny L Harle)やブラッドポップ(Bloodpop)、ムラ・マサなどの多彩なコラボレーターによりアンダーグラウンドから少しひらけた透明感のあるポップな仕上がりだ。しかし、ポップと言えどインディー・アーティストが大衆向けな表現に走るようなポップネスではなく、シャイガールが持つ自由なパワーや人間関係、愛への憧憬に性的欲望、ロマンチックなフラストレーションといった本作のテーマを叙情的かつキャッチーに突出させるためのスタイルとしてのそれだ。重いテンポに淡々としたラップで初期の楽曲を想起させる冒頭の “Woe”、妖艶にセックス・ポジティヴを謳う “Shlut”、ダンサブルに恋心を描いたUKガラージ調の “Firefly”、ユーモラスかつロマンチックに女性器の暗喩を囁く幻想的なベッドルーム・ポップ “Coochie(a bedtime story)”、ミニマルなトーンの “Nike” に爽やかなジャングルで駆け抜ける “Wildfire” などとアルバム全体を通して数々のトラックを軽やかに横断し、自身の多彩なキャラクターと融和するヴォーカリストとしての表現力がものの見事に誇示されている。
なお、アルカ・プロデュースの “Come For Me” やダニー・L・ハール・プロデュースの7曲目 “Heaven” のサウンドに少々そういったエッセンスが感じられるものの、決してシャイガールを安直にハイパーポップ・アーティストという型に当てはめてもいけない。彼女が単一なジャンルに収まらぬのは、2020年代初頭に興隆を極めたフレッシュなジャンル、ハイパーポップの礎となるバブルガム・ベースが発展した2015年以降、その盛り上がりの裏で陰のように隣接しダンス・ミュージックに新たなアプローチを仕掛けたデコンストラクテッド・クラブを象徴する冒険的なサウンドスケープも本作の底流に渦巻いているからだ。シャイガールのバックボーンである〈NUXXE〉周辺に広がるアンダーグラウンド・シーンにリスペクトを込めながらサウンドの文脈に焦点を当てたことでさらに煌めく叙情的なストーリーテリングは、成熟したハイパー以降の現代的なエレクトロニックの潮流と呼応しつつもスクラップ・アンド・ビルドを重ねた新境地の解釈が生み出されるであろうという無限の可能性をも示唆しているのだろう。そんなシャイガールの鮮烈なデビュー作からは、10年代後半から20年代初頭の独特なテイストをスマートに継承した歌姫の挑発的な眼差しに、未来への期待と欲望を掻き立てられてしまう。
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