ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. The Clash ——ザ・クラッシュ、結成50周年記念ベストがリリース
  2. Carlos Souffront, PLO Man and 1-Drink ──ファッション・ブランド〈C.E〉が日本で1年ぶりのパーティ
  3. 別冊ele-king パンク50周年記念号──それは何だったのか、何でありえるのか
  4. 『ユーザーズ・ヴォイス』〜VINYLVERSE愛用者と本音で語るレコード・トーク〜 第五回 映画から広がった、サウンドトラックとレコードの世界ユーザー・ネーム:nkk / 中川慧輔さん
  5. Robert Del Naja ──マッシヴ・アタックの3D、二度目の逮捕
  6. 細野晴臣 - Yours Sincerely | Haruomi Hosono
  7. Black Marble - Life in Small Spaces | ブラック・マーブル
  8. Malaria! ——80年代初頭の西ベルリンから、ポスト・パンク/アヴァンギャルド・シーンを象徴する最重要バンド、マラリア!再発
  9. interview with Actress UKテクノ界の奇才が語るみずからの哲学 | ──アクトレス、インタヴュー
  10. Columns ♯17:もしもパンクがなかったら ——その基礎知識と『パンク50周年記念号』刊行のお知らせ
  11. Horse Lords - Demand to Be Taken to Heaven Alive!  | ホース・ローズ
  12. Columns 9月のジャズ Jazz in September 2026
  13. 食品まつり a.k.a foodman - HIKARIGASASHIKOMU
  14. Arca - XXXXX
  15. ele-king vol.37 ボーズ・オブ・カナダ大研究/サイケ&ドリーミー特集
  16. Klara Lewis - Opening | クララ・ルイス
  17. interview with Toshimaru Nakamura 世界を魅了する、類い稀なる電子音響 | ──中村としまる、待望の初期ベスト盤リリースと超ロング・インタヴュー
  18. AMBIENT KYOTO ──2027年春、レイ・ハラカミの展示が決定
  19. Stones Taro ──京都のハウス・プロデューサーによる新作
  20. Columns Introduction to P-VINE CLASSICS 50

Home >  Reviews >  Album Reviews > serpentwithfeet- GRIP

serpentwithfeet

R&B

serpentwithfeet

GRIP

Secretly Canadian/ビッグ・ナッシング

木津毅 Mar 14,2024 UP

 エクスペリメンタルなR&Bでクィアなエロティシズムをエレガントかつ妖艶に奏でてきたサーペントウィズフィートことジョサイア・ワイズは、本作の予告的な位置づけだったという舞台作品『Heart of Brick』を昨年上演している。日本では観るすべがないので海外評などを読むしかないのだが、ブラック・クィアのクラビングを題材にしたもので、彼らの恋愛的ないざこざをクラブを舞台にして軽妙に描いたミュージカル的な作品だったようだ。想像するにブラックのゲイやクィアの恋愛や友情を飾らずに提示するものなのだろう。それはアメリカでもいまだポップ・カルチャーのなかであまり見られないもので、ワイズがサーペントウィズフィートの表現として意識的に世に出そうとしているのだと推察できる。〈ザ・ニューヨーク・タイムズ〉の劇評を読んでいて自分が興味を持ったのは、「だがほとんどの場合、このショーはセックスではなくゆっくりとしたロマンスの恩恵についての、心地よく快適な体験である。恋人たちは後ろからハグをするが、キスさえしない」という箇所だった。セックスへの期待や興奮よりも、リラックスした親密さこそがゲイ・クラブで求められているというのだ。何かとセクシュアルなイメージが求められるゲイのクラビングにおいて、これはけっこうレアな例ではないかと思う。
 ただ、それはサーペントウィズフィートが前作『DEACON』においても追及していたことだった。デビュー作『soil』では絢爛なオーケストラとともにドラマティックに性愛を描いていたワイズだが、『DEACON』ではもっと落ち着いた雰囲気で恋人と過ごす時間の心地よさを噛みしめていたのだ。とりわけ自分が惹かれたのはミドルテンポの柔らかいR&Bナンバー “Same Size Shoe” で、彼氏と靴のサイズが同じだから共有できるという内容のものだ。その他愛のなさ。けれどもそこでは、同性愛であること(同じサイズの靴)と日常的な安らぎの両方が鮮やかに示されていた。

 その点、3作目となる『GRIP』は『Heart of Brick』と同様ナイト・クラビングからインスピレーションを得た作品であり、タイ・ダラー・サインとヤング・ヤヤが参加した1曲目 “Damn Gloves” のダークなムードに象徴されるように、前作に比べて緊張感が戻ってきている。この曲はノサッジ・シングがプロデュースに入っており、もう1曲彼が参加した “Hummin'” といい、重たく硬めのビートによって前作に比べればハードな印象を与える。
 しかし同時に、“Safe Word” や “Lucky Me” といったラテン・フレイヴァーのあるアコースティック・ギターが耳に残るアトモスフェリックなソウル・チューンが醸すソフトな側面にぐっと引きこまれるアルバムでもある。ざっくり言えば1枚目と2枚目のよい部分を融合させた3枚目と位置づけられるかもしれないが、フランク・オーシャンの長い不在のなかで、サーペントウィズフィートはブラック・クィアとしての性愛表現とオルタナティヴR&Bの「次」を本作では模索しているようなのだ。
 深いリヴァーブによる濃密な空気に包まれた “Deep End” はアルバム中もっとも緊張感と親密さがせめぎ合う一曲で、そこでワイズは「ぼくたちが愛し合ったあとで、ぼくたちがファックしたあとで」と透明なファルセットで歌う。硬と柔、聖と俗、そしてメイク・ラヴとファックの間をさまようこと、あるいはそれらを行き来すること。クラブで出会った相手と「一夜限りの関係」が続けば、それは甘いロマンスになるのだろうか? そんなどこにでもある、しかし切実な問い。ゴスペルの影響は健在ながら、ホーリーなムードが強かった初期を思えば『GRIP』はより大衆的な場所でモダンR&Bとして実験とポップの駆け引きを演出するアルバムである。
 “Damn Gloves” でダーティなビートと戯れながら「きみにオペラより長いキスをする」と歌うのを聴きながら、あるいは “Lucky Me” でメロウなギター・サウンドに包まれながら「きみがいてくれて幸運だよ」と告げるのを聴きながら、あらためてジャケットを眺めてみる。大胆なイメージだと思う。けれどもそこでは、刹那的なエロスよりも肌と肌が重なることの心地よさと安らぎが希求されているのだ。

木津毅