ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. Columns エイフェックス・ツイン『セレクテッド・アンビエント・ワークス・ヴォリューム2』をめぐる往復書簡 杉田元一 × 野田努
  2. Columns Squarepusher 蘇る00年代スクエアプッシャーの代表作、その魅力とは | ──『ウルトラヴィジター』をめぐる対話
  3. Tomoyoshi Date - Piano Triology | 伊達伯
  4. Jabu - A Soft and Gatherable Star | ジャブー
  5. Columns 東京国際映画祭レポート Tokyo International Film Festival Report
  6. 寺尾紗穂、マヒトゥ・ザ・ピーポー、七尾旅人 ──「WWW presents “Heritage 3000” Farewell series」の追加公演が決定
  7. Columns 11月のジャズ Jazz in November 2024
  8. Tomoyoshi Date - Piano Triology | 伊達伯欣
  9. Wool & The Pants ——新作を出したウール&ザ・パンツが、年明けの2月には初のワンマン・ライヴを新代田FEVERにて開催
  10. interview with Kelly Lee Owens ケリー・リー・オーウェンスがダンスフロアの多幸感を追求する理由
  11. VMO a.k.a Violent Magic Orchestra ──ブラック・メタル、ガバ、ノイズが融合する8年ぶりのアルバム、リリース・ライヴも決定
  12. Tyler, The Creator - Chromakopia | タイラー、ザ・クリエイター
  13. 別冊ele-king 日本の大衆文化はなぜ「終末」を描くのか――漫画、アニメ、音楽に観る「世界の終わり」
  14. Kiki Kudo ——工藤キキのNY式のベジタリアン料理本が面白い
  15. Playing Changes ——『変わりゆくものを奏でる──21世紀のジャズ』刊行のお知らせ
  16. Fishmans ——フィッシュマンズの未発表音源を収録した豪華ボックスセット登場
  17. People Like Us - Copia | ピープル・ライク・アス、ヴィッキー・ベネット
  18. 変わりゆくものを奏でる──21世紀のジャズ
  19. Free Soul ──コンピ・シリーズ30周年を記念し30種類のTシャツが発売
  20. JULY TREE ——映像監督でもあるラッパー、Ole/Takeru Shibuyaによる展覧会

Home >  Reviews >  Album Reviews > serpentwithfeet- GRIP

serpentwithfeet

R&B

serpentwithfeet

GRIP

Secretly Canadian/ビッグ・ナッシング

木津毅 Mar 14,2024 UP

 エクスペリメンタルなR&Bでクィアなエロティシズムをエレガントかつ妖艶に奏でてきたサーペントウィズフィートことジョサイア・ワイズは、本作の予告的な位置づけだったという舞台作品『Heart of Brick』を昨年上演している。日本では観るすべがないので海外評などを読むしかないのだが、ブラック・クィアのクラビングを題材にしたもので、彼らの恋愛的ないざこざをクラブを舞台にして軽妙に描いたミュージカル的な作品だったようだ。想像するにブラックのゲイやクィアの恋愛や友情を飾らずに提示するものなのだろう。それはアメリカでもいまだポップ・カルチャーのなかであまり見られないもので、ワイズがサーペントウィズフィートの表現として意識的に世に出そうとしているのだと推察できる。〈ザ・ニューヨーク・タイムズ〉の劇評を読んでいて自分が興味を持ったのは、「だがほとんどの場合、このショーはセックスではなくゆっくりとしたロマンスの恩恵についての、心地よく快適な体験である。恋人たちは後ろからハグをするが、キスさえしない」という箇所だった。セックスへの期待や興奮よりも、リラックスした親密さこそがゲイ・クラブで求められているというのだ。何かとセクシュアルなイメージが求められるゲイのクラビングにおいて、これはけっこうレアな例ではないかと思う。
 ただ、それはサーペントウィズフィートが前作『DEACON』においても追及していたことだった。デビュー作『soil』では絢爛なオーケストラとともにドラマティックに性愛を描いていたワイズだが、『DEACON』ではもっと落ち着いた雰囲気で恋人と過ごす時間の心地よさを噛みしめていたのだ。とりわけ自分が惹かれたのはミドルテンポの柔らかいR&Bナンバー “Same Size Shoe” で、彼氏と靴のサイズが同じだから共有できるという内容のものだ。その他愛のなさ。けれどもそこでは、同性愛であること(同じサイズの靴)と日常的な安らぎの両方が鮮やかに示されていた。

 その点、3作目となる『GRIP』は『Heart of Brick』と同様ナイト・クラビングからインスピレーションを得た作品であり、タイ・ダラー・サインとヤング・ヤヤが参加した1曲目 “Damn Gloves” のダークなムードに象徴されるように、前作に比べて緊張感が戻ってきている。この曲はノサッジ・シングがプロデュースに入っており、もう1曲彼が参加した “Hummin'” といい、重たく硬めのビートによって前作に比べればハードな印象を与える。
 しかし同時に、“Safe Word” や “Lucky Me” といったラテン・フレイヴァーのあるアコースティック・ギターが耳に残るアトモスフェリックなソウル・チューンが醸すソフトな側面にぐっと引きこまれるアルバムでもある。ざっくり言えば1枚目と2枚目のよい部分を融合させた3枚目と位置づけられるかもしれないが、フランク・オーシャンの長い不在のなかで、サーペントウィズフィートはブラック・クィアとしての性愛表現とオルタナティヴR&Bの「次」を本作では模索しているようなのだ。
 深いリヴァーブによる濃密な空気に包まれた “Deep End” はアルバム中もっとも緊張感と親密さがせめぎ合う一曲で、そこでワイズは「ぼくたちが愛し合ったあとで、ぼくたちがファックしたあとで」と透明なファルセットで歌う。硬と柔、聖と俗、そしてメイク・ラヴとファックの間をさまようこと、あるいはそれらを行き来すること。クラブで出会った相手と「一夜限りの関係」が続けば、それは甘いロマンスになるのだろうか? そんなどこにでもある、しかし切実な問い。ゴスペルの影響は健在ながら、ホーリーなムードが強かった初期を思えば『GRIP』はより大衆的な場所でモダンR&Bとして実験とポップの駆け引きを演出するアルバムである。
 “Damn Gloves” でダーティなビートと戯れながら「きみにオペラより長いキスをする」と歌うのを聴きながら、あるいは “Lucky Me” でメロウなギター・サウンドに包まれながら「きみがいてくれて幸運だよ」と告げるのを聴きながら、あらためてジャケットを眺めてみる。大胆なイメージだと思う。けれどもそこでは、刹那的なエロスよりも肌と肌が重なることの心地よさと安らぎが希求されているのだ。

木津毅