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少し古い話になるが、ローランド・エメリッヒ監督がメガホンを取った映画『ストーンウォール』に対してボイコット運動が起きたのは、かの歴史的な反乱のきっかけとなったのは本来はブラックまたはプエルトリコ系のトランスジェンダーだと言われていながら、劇中では白人のハンサムなゲイ青年が中心だったかのように置き換えられている(少なくとも予告編ではそう見える)というのが理由だった。いわゆるホワイトウォッシュというやつだ。『インデペンデンス・デイ』をはじめ商業主義大作のイメージがあるエメリッヒに対するアレルギーもあるだろうし、LGBTQというタームの普及とともにその周辺のカネの匂いがキツくなっていることの抵抗感でもあるだろう。自分にははじめあまりにPC的な振る舞いにも感じられたし「観てから判断したほうがいいのでは」と思ったが、「金を支払って映画を観る」ということ自体が政治的な作法であるため、それには乗らないという確固とした意思表示だったことをのちに理解した。(今年日本でも公開されるため、自分はやっぱり気になって観に行ってしまうだろうけど……。)
もうひとつ。今年7月にカナダはトロントのプライド・パレードで先頭に立っていたBlack Lives Mattersのグループが座り込みをして、列を止めたことが大きな話題になった。グループはプライド団体に対して、黒人や有色人種のLGBTコミュニティの支援を充実させること、黒人や有色人種のスタッフを増やすこと、そして警察のフロートとブースをなくすことを要求し、とくに3つめに関しては大きな物議を巻き起こした。しかしながら、LGBTコミュニティにおいても警察と黒人や有色人種の対立、なかでもトランスジェンダーへの偏見はいまだに根深いのも事実だ。ひとつ言えるのは、これもまた#BlackLivesMatterにおける重要なヴァリエーションであり、白人のゲイが優遇されがち(商業的にも、文化的にも、政治的にも)な現在のLGBTコミュニティを大いに揺さぶったということである。
こうしたことを後景に置けば、この数年の非白人を中心としたクィア・ラップをはじめとするクィア・カルチャーの盛り上がりは、とくにアンダーグラウンドにおいては時代の必然ということなのだろう。よりポピュラーに、よりクリーンに、よりセルアウトする傾向にある近年のゲイ・カルチャーに対して非白人、あるいはトランスジェンダーやレズビアン、そして「クィア」の声が上がり始めている……。いや、声と言うより、姿そのものを露出しているとするべきか。
バルチモア出身、ヨーロッパの都市を経由し現在はNY拠点のシンガーソングライターであるサーペントウィズフィートことジョサイア・ワイズは、何よりもまずそのヴィジュアルに目が釘付けになる。とことん異物的でありながら、ゴージャスで華麗、それにいくらか悲しさを纏っているように見える。アントニー・ハガティを世界が発見したときのことを思い出すひともいるだろう。そして、5曲入りのデビューEPである本作のリード・トラック“blisters”を聴けば、妖しい光沢を強烈に放つこのシンガーが新しい時代のアンドロジナス・ディーヴァであることを確信するだろう。身を焦がすように情熱的なソウルと優雅なオーケストラ、そして重々しいリズムが艶めかしく交わっている。ビート・メイキング/プロデュースは大人気のハクサン・クローク、リリースは〈トライ・アングル〉から。まさしくアンダーグラウンドのいまを着こなす眩い新星である。
ワイズはクラシックの素養があり、(たとえばアルカのように)そうした存在は珍しくないが、サーペントウィズフィートではそのことがかなり前面に出ているのが特徴だ。ハープと管弦楽が華々しく楽曲を彩る“blisters”だけでなく、もう1曲のリード・ナンバー“flickering”や“four ethers”はオペラ的だと形容されている。声自体はそれほど太さは感じず、ネオ・ソウルやフィリー・ソウルとの近接も指摘される。ハクサン・クロークによるビートはやはり重たく陰鬱でありつつも、ワイズの存在と音の衣装によってつねに華美な佇まいが消え去らないのがサーペントウィズフィートの魅力だ。非常にシアトリカルであり、すなわち、舞台に立って浴びる光を反射させているのである。
リレーションシップにおける苦悩やセクシュアルなモチーフも散見されるリリックは政治的だというわけではないが、本人は「アフリカン・アメリカンの哀悼」だとも表現している。そしてまた、その美しくも苦々しく感傷的な歌はクィアであることの矜持と苦悶を同時に浮かび上がらせているように僕には感じられる。クィア・ブラック・カルチャーにおいてもっともポップでカラフルな成果が昨年のシャミールだとすれば、どこかしらハイ・アートとの接続も確保されているサーペントウィズフィートはそのもっとも煌びやかな表出だと言えるだろうか。だがその輝きは、暗さや悲しさを深く編み込んでいるのである。
クィアであることは、ラディカルであること――そんなことを、サーペントウィズフィートの異形のソウル/ゴスペルは思い起こさせる。たとえ世界がその「異物」を隠蔽しようとしても、均質化していく文化に抗うかのように、新たな衣装を身につけてステージで妖艶に輝くだろう。
木津毅