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Ben Frost

ExperimentalIndustrial

Ben Frost

Scope Neglect

Mute

デンシノオト Apr 09,2024 UP

 アートワークのヴィジュアルは黒き太陽だろうか。その「太陽」(かもしれない惑星らしき円形の影)のまわりに冠のように放出されてる「光」。どこか「コロナ」のようなイメージだ。となればこのベン・フロストの新作アルバムもまたコロナウィルス以降の世界を象徴するようなアルバムなのだろうか。いやそんな安直な思い込みはひとまずは置いておこう。何はともあれこの衝撃的な音世界に心身を浸すべきである。電子ノイズ、エレクトリック・ギター、断続的なリズム。それらの交錯が心身を直撃する。まさしく最強の「尖端音楽」だ。それがベン・フロストの新作『Scope Neglect』である。

 この『Scope Neglect』は、2017年にリリースされた『The Centre Cannot Hold』以来、7年ぶりに、かの〈MUTE〉からリリースされたベン・フロストのアルバムである。エンジニアにニック・ケイヴスワンズなどを手がけた Ingo Kraussを迎え、ベルリンのキャンディ・ボンバー・スタジオで録音された。ちなみに〈MUTE〉からは、2014年に『Aurora』を発表している。どちらのアルバムも炸裂する電子ノイズとエモーショナルな旋律が交錯するアルバムだった。むろんフロストは〈MUTE〉からのみアルバムを出してきたわけではなくて、2003年にリリースした『Steel Wound』は〈Room40〉からだし、2006年の『Theory Of Machines』、2009年の『By The Throat』は、フロストの盟友であるヴァルゲイル・シグルズソンやニコ・ミューリーらと運営していたレーベル〈Bedroom Community〉から発表したアルバムだった。また10年代後半から20年代前半にかけてはドラマ・シリーズ『Dark』や『1899』のサウンドトラックを手がけ、その仕事の幅を広げていった。個人的には2022年に〈The Vinyl Factory〉からリリースされたフィールド・レコーディング作品でありながら神話的な音響空間を構築した『Broken Spectre』と、2023年に〈Room40〉から発表したフランチェスコ・ファブリスとの共作『Vakning』があまりに素晴らしく、フロストはこのままエクスペリメンタル/実験音楽路線を突き進むと思っていたので、インダストリアル・エレクトロとでいうような〈MUTE〉からの2作のようなサウンドはもう聴くことはできないと勝手に思っていた。だからこそ本作はより衝撃だったのだ。単に過去作の反復ではない。もっとスケールの大きい、かつ精巧なノイズ・インダストリアル・エレクトロニカが見事に完成していたからである。

 プログレッシヴ・メタル・バンドのカーボムのギタリスト、グレッグ・クバツキとマイ・ディスコのベーシストであるリアム・アンドリューズが参加していることも話題になっている。特にグレッグ・クバツキの放つギターは筆舌に尽くし難いほど凄まじい。もちろんベン・フロストのサウンドと完全に一体化しているように構築されているが、このアルバムの持っている衝撃度を上げるのに貢献していることには違いない(どうやらこのアルバムはフロストの「メタル」への憧れから生まれたという)。とにかくこのギターの音は脳にくるのだ。アルバムは1曲目 “Lamb Shit” では冒頭からエレクトリック・ギターの音が炸裂している。カミソリのように鋭い音が、独特の間で鳴らされる。アルバムの世界に聴き手を引き込むオープンニング・トラックとして見事に機能しているのだ。2曲目でもギターの音は引き継がれている。まるで恐ろしい爆撃のようにギターの音が響き、そこにアトモスフィアな電子音次第に折り重なっていく。この曲ではビートが鳴り響いていないが、深く地響きのように鳴らされる音が衝撃的である。とはいえアルバム全体がヘヴィロックよりになっているわけではない。3曲目 “The River of Light and Radiation” では、アルヴァ・ノト池田亮司などの電子音響作品を思わせる電子音のリズム/ビートを導入している。続く4曲目 “_1993” は2分50秒の短いトラックだが、不穏、かつ鋭いアンビエンスのサウンドスケープを展開する。アルバムには全8曲が収録されているので、ここがアルバムの折り返し地点だ。5曲目 “Turning the Prism” では、前半で展開していたエレクトリック・ギターによる爆撃のような音、透明・不穏なアンビエンス、不規則なリズムという要素がすべて統合され、アルバム全体を象徴するようなトラックといえよう。インダストリアルであり、サイケデリックですらある。6曲目 “Load up on Guns, Bring your Friends” では “_1993” 的な鋭いノイズによるインダストリアル・アンビエントを展開する。7曲目 “Tritium Bath” は穏やかなトーンのアンビエント的なサウンドとヘヴィロック的なギターが同時に鳴らされ、異なるふたつの状況が同時進行するようなサウンドだ。“Turning the Prism” と同じようにアルバム中の要素を統合したトラックである。音が波のように変化し、ノイズとアンビエントの両極を行き来するこの曲は、まさに本作のクライマックスのようでもある。中盤を過ぎたところで展開するザクザクと刻まれていくエレクトリック・ギターが凄まじい。どこか感情を殺したような不穏な感覚もある。この不穏な静けさはアルバム最終曲である8曲目 “Unreal in the Eyes of the Dead” へと受け継がれる。不穏なトーンが持続するなか、ミニマルに展開するダーク・アンビエント・トラックだ。どこか異様な殺気を感じさせる曲でもある。この曲はアルバム全体に横溢している世界の終わりのようなムードを実によく表現している。まさにアルバムの最後を飾るに相応しい曲といえよう。

 『Scope Neglect』でベン・フロストはどのような「ムード」というか「気配」をわれわれに伝えようとしているのだろうか。アルバムを何回も聴いてもふとこう思った。ベン・フロストは、この世界/地球そのものの「震動」をノイズを通して音響作品にしているのではないか、と。だがそれはかつての彼の作品もそうだったはず。『Scope Neglect』を聴いてると、なぜかクセナキスの『Persepolis』や「Hibiki-Hana-Ma」を思い出した。当然、どこも似ていない。ただ世界そのものを「謎」として、その「謎」を暴発的な音響で軋むように作品化しているというムードが似ているように思えたのだ。むろんこれは単なる妄想なのだが、重要なことは、『Scope Neglect』には異様なまでに吸引力がある点である。そう、本作は真夜中の太陽のごとき電子ノイズによる謎と衝撃のサウンドが結晶しているのだ。
 まさに強烈に爽快。不穏にして明快。攻撃的であり瞑想的でもあるサウンドが矢継ぎ早に襲ってくる圧倒的な音の集合体。いわばヘヴィ・エレクトロニック・ミュージック。その誕生と進化の両極がここにある。そう、まさに赤い光を放つ黒く燃える惑星のように。

デンシノオト