ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. ele-king presents HIP HOP 2024-25
  2. Saint Etienne - The Night | セイント・エティエンヌ
  3. Félicia Atkinson - Space As An Instrument | フェリシア・アトキンソン
  4. Terry Riley - In C & A Rainbow In Curved Air | テリー・ライリー
  5. COMPUMA ——2025年の新たな一歩となる、浅春の夜の音楽体験
  6. Columns ♯9:いろんなメディアのいろんな年間ベストから見えるもの
  7. Whatever The Weather ──ロレイン・ジェイムズのアンビエント・プロジェクト、ワットエヴァー・ザ・ウェザーの2枚目が登場
  8. interview with Shuya Okino & Joe Armon-Jones ジャズはいまも私たちを魅了する──沖野修也とジョー・アーモン・ジョーンズ、大いに語り合う
  9. Saint Etienne - I've Been Trying To Tell You  | セイント・エティエンヌ
  10. interview with Primal 性、家族、労働  | プライマル、インタヴュー
  11. FRUE presents Fred Frith Live 2025 ——巨匠フレッド・フリス、8年ぶりの来日
  12. VINYLVERSEって何?〜アプリの楽しみ⽅をご紹介①〜
  13. ele-king vol.34 特集:テリー・ライリーの“In C”、そしてミニマリズムの冒険
  14. 別冊ele-king 日本の大衆文化はなぜ「終末」を描くのか――漫画、アニメ、音楽に観る「世界の終わり」
  15. みんなのきもち ――アンビエントに特化したデイタイム・レイヴ〈Sommer Edition Vol.3〉が年始に開催
  16. Columns Talking about Mark Fisher’s K-Punk いまマーク・フィッシャーを読むことの重要性 | ──日本語版『K-PUNK』完結記念座談会
  17. Masaya Nakahara ——中原昌也の新刊『偉大な作家生活には病院生活が必要だ』
  18. Doechii - Alligator Bites Never Heal | ドゥーチー
  19. DUB入門――ルーツからニューウェイヴ、テクノ、ベース・ミュージックへ
  20. Columns 12月のジャズ Jazz in December 2024

Home >  Reviews >  Album Reviews > Jlin- Akoma

Jlin

ExperimentalFootwork

Jlin

Akoma

Planet Mu

Amazon

野田努 Apr 10,2024 UP
E王

 フットワークのすごいところは、この音楽がダンスのためにあり、ダンスという行為から自発的に生まれる創造性に対応すべく進化した点にある。踊っている側が、バトルのためにより複雑な動きを必要とし、音楽がそれに応えたのだ。つまり、あの平均値80bpmのハーフタイムのリズムと160bpmのオフビートでのクラップとハットの高速反復、初期のそれにはいかがわしいヴォーカル・サンプルも追加されるという(その点ではヴェイパーウェイヴとの並列関係にあった)、ああしたフットワークのスタイルは、アートを目指して生まれたものではない。踊るために機能するサウンドとして生まれ、磨かれたということだ。RPブーもDJラシャドもDJスピンも、みんな元々はダンサーである。いや、その源流にあたるゲットー・ハウスの王様、DJファンクだってダンスからはじまっている。「ファック・アート、レッツ・ダンス」とは初期レイヴの有名なスローガンだが、シカゴはそれを一時期の流行ではなく、世界がシカゴに注目しなくなった90年代後半においてもずっと継続していたのだった(デトロイトのゲットーテックとともに、ダンス・ミュージックにおけるダーティな側面の追求)。きっと、いまでもそうなんだと思う。

 ジェイリンは、シカゴのフットワークをインターネットを通じて知ったその外部者のひとりで、インディアナ州ゲイリーを拠点としている。現場とは直接関わっていなかったがゆえにダンサーたちの要求に応える必要もなく、自由な発想ができる立場にいた彼女は、それでも最初は現場の手ほどきを受け、そして自分のアイデアを加えてフットワークを拡張した。そのみごとな成果は、すでに『Dark Energy』や『Black Origami』といった作品として知られている。とくに後者はオウテカの領域にも近づいており、その4次元的なリズム宇宙とテックライフ系のフロアとの架け橋をしているようなアルバムだった。もっともジェイリンのシカゴの現場へのリスペクトにはたいへんなものがあって、彼女はフットワークのAFXにはならないし、彼女の音楽から「レッツ・ダンス」の要素はなくならない。それは今回のアルバムにおいてもっとも話題となったフィリップ・グラスとの共作“The Precision Of Infinity”も証明している。
 この曲で驚くべきは彼女のリズム・トラックだ。もちろん、いままでもそうだったように、単純な反復ではない。フットワークにおけるハーフタイムの構造を活かし、曲は複数回にわたって別のリズムへと展開する。複雑な構造だが、複雑には聴こえないし、ゲットー・ハウスに聴こえる瞬間すらある。ダンス・ミュージックにおけるもっともダーティな側面(からの進化形)とグラスが、どんな経緯があろうとも結果、共鳴しあっているかと思うと、ぼくはついつい微笑んでしまうのだが、良い曲だと思う。クロノス・クァルテットとの共作“Sodalite”も、同じように彼らの旋律の変化に合わせてリズムも変わる。ちなみにジェイリンは、バージニア・ウルフの小説を下地にした映画『めぐりあう時間たち』のサウンドトラックでグラスを好きになったという話だ。
 
 ビョークとの共作は、ジェイリンがすでにホーリー・ハーンドンとの共作を出していることを思えば驚くに値しない。その曲“Borealis”も、グラスとの共作同様にシームレスなリズムの変化が魅力で、これまでの作風がどちらかと言えばヴァーティカル(垂直的)な傾向(つまり、いつどこで聴いてもその曲の魅力はわかる構造)にあったことを思えば、今回はそこにリズムの展開を加えること(つまり、最初から通しで聴いた方がその魅力がわかる構造)が大きなコンセプトになっていると言えそうだ。それから、まあこれは以前からもあった要素だが、“Challenge ”や“Eye Am”など、パーカッシヴな響きの多彩な見せ方も今作の特徴になっている。野心作としてはほかにも、ヴァイオリンやチェロなどの弦楽器の音をパーカッシヴに使った、抽象的だがリズミックな“Summon”があるが、この実験においてもフットワークの影響が残っている。そう、だから、シカゴではアートではないからこそアートになりえるという逆説が成り立っていると、ジェイリンはそのことをよく理解していた。フットワークとはリズムの音楽で、その可能性/横断性は限りない。というわけで、さあ、レッツ・アート、レッツ・ダンス!

野田努