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Bingo Fury

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Casanova.S Apr 11,2024 UP

 ブリストルの青年ジャック・オグボーンのプロジェクト、ビンゴ・フューリー。彼は石畳の冷たさと厳かな空気が漂う街を描いた映画のサウンドトラックのような音楽を奏でている。2020年、白黒の画面のなか、小さな教会の前でジャズとノーウェーヴを混ぜた音楽にあわせ歌っていた若者のバンドがあっという間に解散した後、彼は残ったメンバー数人とともにビンゴ・フューリーという50年代、60年代のノワール映画から抜け出たようなペルソナをまとい再び表舞台に帰ってきた。
 ビンゴ・フューリーの名が初めて世に現れたのは同年にリリースされたコロナ禍における音楽ヴェニューを守るためのチャリティー・コンピ・アルバム『Group Therapy Vol. 1』だった。ゴート・ガールのロッティのソロ名義ムッシー・P、ブリストルの年上の盟友ロビー&モナ、ザ・ラウンジ・ソサエティ、ソーリー、ブラック・カントリー・ニュー・ロードのルイス・エヴァンスのグッド・ウィズ・ペアレンツ、果ては 〈Speedy WunderGround〉ダン・キャリーのサヴェージ・ゲイリーまで、そうそうたるメンバーのなかに収められた小さなデモは部屋のなかの空気がそのまま入っているかのような暖かさがあって、いまこうやって聞くとビンゴ・フューリーのコンセプトがこのときすでに完成していたようにも思える。キーボードで弾き語られるそれはまるで映画のなかに挿入されるワン・シーンのように映像的で、そして音楽が作り出す空気を表現しているようだった。

「僕はそれ(ビンゴ・フューリー)を人生よりも大きなものにしたかったんだ……映画みたいになることを僕は求めた」。地元ブリストルのメディア365Bristolのインタヴュー(2022年)にジャック・オグボーンはそんな言葉を残しているが、その言葉通りビンゴ・フューリーの音楽は音楽のためだけのものではないのだろう。ミュージック・ヴィデオや写真がどのような影響を曲に与えるのか? もしくは曲がヴィデオやビンゴ・フューリーというプロジェクトにどんな影響を与えるのか? 彼は考え、このペルソナが生きる世界を構築しようと試みた。それはデヴィッド・ボウイが70年代にジギー・スターダストとしておこなったことと同じようなことなのかもしれないが、ビンゴ・フューリーは違う星ではなく、ブリストルの片隅に存在する現実の隣にあるほんの少しズレた世界を作り出したのだ。冷たい空気と暗闇、窓のなかの明かり、アートワークに描かれた彼の姿は等身大を離れ、想像の世界、物語の確かな美しさを提示する。

 そんな風に作られたこの1stアルバムの世界は暗く柔らかに日常のなかに溶けていく。地元ブリストルの教会で録音されたというジャズともノーウェーヴとも言えないような音楽はギラギラと目を引くような派手なものではなく、不協和音の緊張とそれに反するような安らぎの両方を持ち、ピアノとコルネットが空気を作り感情に静かに波を立てていく。それはまさに日常に寄り添うサウンドトラックのようであって、心のなかの景色をほんの少し特別なものに変えていくのだ。
 いくつものムードが交じり合い同時に存在するという感覚はともすればぼんやりとしたものともとらえられかねないが、しかしこれこそがこの奇妙な心地の良い空間を作り出しているものなのだろう。たとえば何かが起きそうな不穏な空気を作り出すホーンにピアノ、どこかから聞こえる物音、渦巻くような危険な気配を持った “I'll Be Mountains” はしかし、結局は何も起きずに静かにフェードアウトしていく。「パンのように霧をちぎる」。抽象的な歌詞をわずかに抑揚をつけてオグボーンは歌い、それがなにもない日常の空気のなかに溶けて消えていく。ほんの少しのズレにほんの少しの心地よさ、それは壮大なものではなく感情の機微みたいなもので、何かの気配や物音がズレや違和感を作り出し漂う空気を形作っていく。“Power Drill” や “Mr Stark” といったギターやエフェクトが引っ張っていくような曲であっても、裏で鳴るピアノや落ち着いた低い声のヴォーカルがチグハグなムードを作り出し心を極端な方向に持っていかせない。そうしてそれがこの奇妙に落ち着く空間を作り出すのだ。
 ビンゴ・フューリーは空気を描く、28分と少しの短い収録時間とも相まってこのアルバムは日常の小さなサウンドトラックとして素晴らしく機能する。繰り返し聞くたびに心に触る静かな刺激がなんとも心地よくなっていく。

Casanova.S

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