ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. Klara Lewis - Thankful | クララ・ルイス
  2. interview with Matthew Halsall マンチェスターからジャズを盛り上げる | ──〈ゴンドワナ〉主宰のマシュー・ハルソール、来日インタヴュー
  3. TESTSET - @Zepp Shinjuku
  4. 別冊ele-king 日本の大衆文化はなぜ「終末」を描くのか――漫画、アニメ、音楽に観る「世界の終わり」
  5. Columns 10月のジャズ Jazz in October 2024
  6. interview with Neo Sora 映画『HAPPYEND』の空音央監督に(主に音楽の)話を訊く
  7. Moskitoo - Unspoken Poetry | モスキート
  8. VMO a.k.a Violent Magic Orchestra ──ブラック・メタル、ガバ、ノイズが融合する8年ぶりのアルバム、リリース・ライヴも決定
  9. fyyy - Hoves
  10. 完成度の低い人生あるいは映画を観るヒマ 第一回:イギリス人は悪ノリがお好き(日本人はもっと好き)
  11. Fennesz ──フェネス、5年半ぶりのニュー・アルバムが登場
  12. Shinichiro Watanabe ──音楽を手がけるのはカマシ・ワシントン、ボノボ、フローティング・ポインツ。渡辺信一郎監督による最新アニメ『LAZARUS ラザロ』が2025年に公開
  13. Seefeel - Everything Squared | シーフィール
  14. Black Midi ──ブラック・ミディが解散、もしくは無期限の活動休止
  15. Bonna Pot ──アンダーグラウンドでもっとも信頼の厚いレイヴ、今年は西伊豆で
  16. R.I.P. Tadashi Yabe 追悼:矢部直
  17. Nídia & Valentina - Estradas | ニディア&ヴァレンティーナ
  18. Shabaka ──一夜限り、シャバカの単独来日公演が決定
  19. interview with Loraine James 路上と夢想を往復する、「穏やかな対決」という名のアルバム  | ロレイン・ジェイムス、インタヴュー
  20. interview with Sonoko Inoue ブルーグラスであれば何でも好き  | 井上園子、デビュー・アルバムを語る

Home >  Reviews >  Album Reviews > Black Country, New Road- Live at Bush Hall

Black Country, New Road

Indie Rock

Black Country, New Road

Live at Bush Hall

Ninja Tune / ビート

小林拓音 Jun 28,2023 UP

 4月の来日公演からそろそろ3か月が経とうとしている。楽しいはずなのにそれだけではない、あのえもいわれぬフィーリングの正体はなんだったのだろう。徐々に記憶が薄れていくなか、彼ら初のライヴ盤『Live at Bush Hall』を何度も聴き返しながら、あの日の感慨の答えを探りつづけている。冒頭 “Up Song” で友だち同士であることを強調するバンド BCNR が、主要メンバーの脱退を経て送り出した音楽は、いったいなにを暗示していたのか──
 昨年12月のパフォーマンスを収録したこのライヴ盤が現時点での彼らの完成型であることは、O-EAST でのアレンジやセットリストが本作とおおむねおなじだったことからもうかがえる(当日初公開された新曲を除く)。すでに持っている手札を放棄し、新たにライヴで練り上げていった楽曲を収める『Live at Bush Hall』は、けして穏やかではなかっただろうここ1年の彼らの、試行錯誤の結晶だ。

 解散せずおなじグループ名を引き継いだのだから、当然これまでの BCNR を特徴づけていた要素もある程度は継承されている。通常の4ピース・バンドにはない多彩さをもたらすジョージア・エラリーのヴァイオリンに、ルイス・エヴァンズのフルート&サックス。“Turbines/Pigs” や “Dancers” の終盤で聴かれるミニマル風の短い反復。あるいは “Laughing Song” で顔をのぞかせるディストーション、もしくは静と動の対比。
 全体としてはしかし、だいぶ作風が変わった。全曲ヴォーカル入りなのが大きい。“The Boy” や “I Won't Always Love You” のように、ほとんどの曲が親しみやすい主旋律を搭載しているのはかつてない変化だ。どこか不穏でダークな気配が漂っていた1枚目とも、彼らなりにクラシック音楽を消化した2枚目ともまるで異なる世界がここに展開されている。端的にいえば、かなりキャッチーになった。
 もっとも多くマイクを握るのはタイラー・ハイド(ベース)。彼女がシンガーとしての技術をしっかり身につけていたことに驚く。その声の震わせ方に脱退したアイザック・ウッドの影をみとめてしまうのはさすがにうがちすぎかもしれないが、来日公演時みごと日本語でMCをこなしてみせたメイ・カーショウ(キーボード)も、男性で唯一ヴォーカルを務めるエヴァンズもやむをえず歌っている感は皆無で、あらためてメンバーたちの底知れぬマルチっぷりを確認させられる。BCNR はひとりひとりがフロントマンたりえる技術や才能を持った集団なのだ。

 重要なのは、歌ごころ満載なはずの本作が、逆説的に、ヴォーカリストの地位を下げているところだろう。歌い手が男女3人に分散されたことは、バンドの声をひとりの人格に代表させないというアティテュードのあらわれにほかならない(O-EAST ではさらにエラリーがヴォーカルを務める新曲も披露されている)。かねてより彼らはだれかひとりのバンドではないことを主張してきたが、にもかかわらずウッドの脱退がニュースとして価値を持ったのは、歌詞を書きメインで歌う彼が中心として機能する(もしくはそう見える)側面が少なからずバンドに具わっていたからだ(でなければ大して話題になるはずがない)。今回のライヴ盤で BCNR は、ほんとうの意味で中心を持たないバンドになったのだと思う。同時期に浮上してきたスクイッドにもブラック・ミディにもない BCNR の魅力のひとつは、(ホモソーシャルではないという点もさることながら)このフロントマンの欠如にある。かつてイーノはオーケストラのピラミッド構造に社会の縮図を見出していたけれど(紙エレ19号)、それにならえば全員が同列で対等の BCNR はまさに民主主義の実践者だ。

 最良の瞬間は冒頭 “Up Song” に含まれている。「BCNR は永遠の友だち」という彼らの本質を要約する声明が叫ばれた直後──。静かに、ドシラソとシラソミが異なる楽器で反復されていく。カーショウのキーボード、マークのギター、エヴァンズのサックスはおなじ8分音符を奏でているにもかかわらず、絶妙にズレつづけ、けっしてぴったり重なることはない。「私はバラバラになり/半分になってしまった」と、ハイドがことばを添える。すれ違い、断片化が表現された途端、しかし今度はキーボード、ギター、サックスがおなじ河口に流れこみ、みごとユニゾンを成立させるのだ。「断片化されていること」と「一緒であること」がともに、友情を宣言するこの1曲で表現されている。
 多様性の時代、ぼくたちは互いに異なっていることを美化し、称揚する。分断の時代、ぼくたちは信じるにたる共通の物語が欠けていることを強調し、悲歎にくれる。それ自体は必要なプロセスなのかもしれない。でもさらに一歩進んで、「あのひとも “おなじ” なんじゃないか」と想像してみること。
 BCNR はとくに社会的なメッセージを発するバンドというわけではないけれど、自分たちのことを描いたとも解釈できるメタ的なこの曲で、時代の大いなる転換期を生きるぼくたちに小さくはない示唆を与えてくれている。互いにばらばらであると同時におなじ人間でもあること。それが彼らのいう「友だち」なのかもしれない。

小林拓音