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The Lounge Society

Indie Rock

The Lounge Society

Tired of Liberty

Speedy Wunderground

Casanova S. Sep 26,2022 UP

 何年か前にロンドンの新興レーベル〈Speedy Wunderground〉のインタヴューを読んだときに一際印象に残ったのは、イングランド北部の街ヘブデン・ブリッジの少年たちからデモが送られてきたというエピソードだった。サウス・ロンドンのプロデューサー、ダン・キャリー(ゴート・ガールフォンテインズD.C.のアルバムのプロデューサー)がはじめたこのレーベルは当時ノリに乗っていた。19年前半にブラック・ミディブラック・カントリー・ニューロードスクイッドを連続リリースし、このデモが送られてきたと思しき19年後半から20年はじめにかけてはツリーボーイ&アーク、シネイド・オブライエン、ラザロ・カネ、ピンチ、PVAをリリースしていたようなそんな時期だ。そしてロンドンから離れた場所に住むこの北部の15歳の少年たちは自分たちこそそれらに続くバンドにふさわしいと信じてメールを送った(同時にそれはこのレーベルがいかにクールなのかと少年たちが認識していたかということの証明でもある)。
 〈Speedy Wunderground〉に届いた一通のメール、そんなふうにしてはじまったバンドの物語。レーベルのA&Rを担っているピエール・ホールは20年5月の『Yuckマガジン』のインタヴューで少年たちのバンドについてこう語っている。「ダンが最初にこのバンドを聞いて、いかに素晴らしいかって興奮してそれを伝えるために僕にメールしてきたんだ。もちろん僕も気に入ったよ」「レコーディングの日、彼らは模擬テストがあって、ロンドンに出てくるのは校長先生の許可が必要だったんだ。友だちが試験を受けている間に、世界で最もホットなプロデューサーと一緒にレコーディングをしているってめちゃくちゃクールだよね」。そう笑って話すピエール・ホール。そのバンドこそがザ・ラウンジ・ソサエティであって、その曲こそが彼らのデビューシングルとなった “Genaration Game” だった。

 このエピソードを聞いたとき、僕はもうサウス・ロンドンの次のシーンがはじまったのかと驚きそして同時にワクワクした。ウィンドミルに出演していたようなバンドたちの音楽を聞いてバンドをはじめた少年たちが世の中に打って出る、盛り上がりを見せるシーンの裏で新たな物語が立ち上がる、そうやって音楽は脈々と受け継がれていく。ラウンジ・ソサエティの登場は次世代のバンドのはじまりを確かに感じさせるものだった。

 そうして少年たちは時を重ねる。21年にリリースされたEP「Silk For The Starving」、22年にリリースされたデビュー・アルバム『Tired Of Liberty』、幼さの残る子ども時代の面影は消え去り、その輪郭はどんどんシャープになっていく。このアルバム『Tired Of Liberty』に漂う空気はどうだ? 抑圧されるなかで生まれたエネルギーが理想的にやさぐれて、いにしえの時代から続くアートと不良とロックンロールが暗く輝くステージの上で混ぜ合わされている。
 この1stアルバムには彼らが影響を受けたであろう音楽の要素がそこらかしこに見え隠れする。ザ・ストロークスにトーキング・ヘッズ、NYパンクの匂いがあって、初期のサウス・ロンドン・シーンのバンドと共鳴するようなポストパンクの音も聞こえてくる。ギターの音は艶があり、少しクセのあるヴォーカルはライヴハウスの熱気をそのまま伝える。このアルバムはダン・キャリーとともに彼の自宅のスタジオで2週間で録音されたようだが、その手法はゴート・ガールの1stアルバムをプロデュースしたときに近かったのではないだろうか? つまりほとんどライヴ録音に近い形で、作り込まれた完成度よりも彼らの持つ熱と生々しさをそのまま閉じ込めるようにしてこのアルバムは作られたのではないかということだ。そしてそれはロック・バンドとしてのラウンジ・ソサエティの姿を浮き彫りにする。

 オープニング・トラック “People Are Scary” の70年代の映画のような色合いの少し芝居がかったギターとドラムの音、その音は頭の中にある「銃口を見つめる世代」(“Genaration Game”)のロック・バンドの姿をアップデートさせる。モノクロの世界が色づき、色をまとい、そこにいにしえの映画スターやロックスターの姿が投影されていく。わずかに間を置き静かになだれ込む “Blood Money” のギターのリフがやはりスクリーンの世界の幻想を想起させ心をざわつかせる。ここにあるのは現代の、古典的なロック・スター/ロック・バンドの姿だ。『Tired of Liberty』(自由にうんざり)というアルバムのタイトルは皮肉にみちていて、抑圧された日常の中で存在しない自由を渇望し、押しつけられたものではない自由の形を追い求めているように僕には思える(あるいはそれはある種の解放で、周囲に押し込められた決めつけの箱──たとえばそれはこのバンドはサウス・ロンドン・シーンから出てきたポストパンク・バンドであるという言葉で終わらされるような──の中から出るというような意味合いも込められているのかもしれない)。

 若く反抗的なバンドのその姿は何度でも音楽シーンに興奮とロマンを付与する。そしてこの物語の先をもっと見てみたいという欲求を生じさせるのだ。「あんたの嘘は全て皮肉で塗り固められている」「いつだって金が優先だ/あんたがするように、俺たちがそうするように/その手は血にまみれている」。“Blood Money” においてラウンジ・ソサエティは不健全で不透明な世界に対してそういら立ちを滲ませる(政治的なテーマはどうしたって日常にリンクするとバンドは言う。それはたとえばブレグジットによってヨーロッパツアーが容易にできなくなるとういう形で現れる。あるいはその反対にヨーロッパのバンドが簡単にUKに入ってこられなくなるといった形で。いまやそれが許されるのは既に成功している人たちだけなのだと)。
 それらのフラストレーションは音楽として表現され、楽曲の中に現れる。エレクトロニクスのビートと組み合わされた “No Driver” はレトロムードが漂う世界観で、安っぽいドラマと譲れない美学が混じり合ったような焦燥と暗く沈んだ不安定な疾走が表現されている(逃避的な解放を求めて。だが結局はどこにもいけないのかもしれない。しかしだからこそラウンジ・ソサエティのような音楽が必要なのだと僕は思う)。最終曲、再録された “Genaration Game”、よりラフに崩されぶっきらぼうに吐き捨てられたヴォーカルの興奮はまさにゴート・ガールの1stにおける “Country Sleaze” を彷彿させて、時の流れが可視化され現在のバンドの姿がそこに重なる(それは1周して戻ってくる物語のタイトルの回収のようなものだ)。

 ラウンジ・ソサエティは決して爆発しない。その一歩手前で立ち止まりフラストレーションを抱え続ける。焦燥を煽るギター、不満をぶつける先を探すようなヴォーカル、不健全で不透明な世界へのいら立ち、彼らのEPに収録されている “Cain's Heresy” のビデオに映るゴードン・ラファエル(ストロークス初期2作のプロデューサー)はこのアルバムを聞いていったいなんて言うだろう。新しい世代のストロークスになりたいと野心を抱くバンドのヒリヒリとしたステージのその最初の幕がここに上がり、そしてつられてそのボリュームを上げたくなる。

Casanova S.