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Beyoncé

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Cowboy Carter

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三田格 Apr 16,2024 UP

 ちょうど1年ぐらい前に公開された映画『レッド・ロケット』は落ちぶれたポルノ男優がテキサスに戻り、別居していた妻の家に転がり込むところから話は始まる。サイモン・レックス演じるマイキー・セイバーは虚勢だけで生きている男で、けして弱みは見せず、マリファナを売りさばく仕事にありつくとまたたく間に勢いを取り戻していく。そして、ドーナツ・ショップで働くストロベリーちゃんをロサンゼルスで売り出せば業界でもう一花咲かせられるという野心を抱くようになり、計画を実行に移そうとする……。マイキーはエネルギッシュで猥雑、デリカシーのかけらもなく、とてもパワフルな男として描かれる。この作品が何を表現しているかは明確で、作品の冒頭、マイキーが故郷に足を踏み入れると、そこにはくたびれた看板が置いてあり、彼の背中を見送るようにして「MAKE AMERICA GREAT AGAIN」の文字が大写しになる。そう、マイキー・セイバーとはトランプ支持者のことであり、『レッド・ロケット」が提示するのは「アメリカをもう一度偉大にする」とは具体的にどんな人がどんな動機で何をするのかという一例なのである。タイトルに使われた「レッド・ロケット」とは犬のペニスが勃起している状態を指すスラングで、監督のショーン・ベイカーがその前に撮った『フロリダ・プロジェクト』と同じくラスト・シーンはマイキーの願望が凝縮されたファンタジー・ショットで締めくくられる(前作では泣かされたけれど、今回の幻想は大笑い)。

 敗者としてテキサスに戻ってきたマイキー・セイバーがトランプ支持者の心情を映し出しているとしたら、テキサス出身のビヨンセがアメリカ3部作のパート2にあたる『Cowboy Carter』でテキサスやアメリカ南部を再び視野に入れる時、それは民主党支持を表明する勝ち組の視点から見えているものがここには潜んでいると疑うべきだろう。ビヨンセがパンデミックを機に制作を始めた「アメリカ3部作」のパート1にあたる『Renaissance』が都会の風景だったとしたら、自身の本名とリベラルを代表するジミー・カーターの名を掛け合わせたらしきタイトルの『Cowboy Carter』が描き出すのはカントリー・サイドの眺めであり、幼少期の記憶を更新しながら、それこそデヴェロッパーのような改造が南部の音楽に施されたものとなっている。カントリーやブルースやロックンロール、あるいはブルーグラスやザディコやニューオリンズ・ファンクがトラップやコンテンポラリーと接続され、モダンにつくり変えられた南部の心象風景として展開されている。ビヨンセ自身はそれらをクロスオーヴァーとは捉えていず、白人の音楽だと考えられているカントリー・ミュージックなどにブラック・ルーツを見出す作業だったと発言している。いわば「見落とされてきた歴史」を顕在化させる試みということだけれど、どうだろう? 実際、リンダ・マーテルを始め、カントリーと深く関わってきた黒人ミュージシャンが多数起用され、歴史の教科書を正確に書き直す性格を持たされていることは確かだけれど、ビヨンセの検証は音楽史を隅から調べ上げたように厳密なものではないし、僕にはむしろビヨンセが幼少期に聞いていたカントリーやサザン・ソウルの影響でアルバム全体に70年代のトーンを帯びていることが興味深かった。オープニングからしてザ・フーみたいだし、全体に幼少期のビヨンセがラジオを聴いているという設定らしく、ノイズの合間からチャック・ベリーが流れ、配信オンリーの “Ya Ya” ではナンシー・シナトラやビーチ・ボーイズがサンプリングされている。あるいはデラニー&ボニーやデレク&ドミノスといった70年代のサザン・ロックがダブって聞こえる曲も少なからずで、70年代に白人のロック・ミュージシャンがブラック・ミュージックに入れ込んでいた時と裏返しの心情が投影されているような気がしてくる。オリジナルの “Protector” だけでなく、 “Jolene” のようなカントリーの代表作をビヨンセがカヴァーしているというと、ふざけているとか、共和党=カントリーという図式にビヨンセが殴り込みをかけているような印象を持ちがちだけれど、70年代にエリック・クラプトンなどがやっていたことが搾取というよりは憧れに基づく行為だったように、いずれの作業も単純に音楽で人種という壁を乗り越えていたと感じられる要素の方が強い。少なくとも僕にはそう感じられた。ビヨンセが何を意図していたにせよ、『Cowboy Carter』には無意識に滲み出してしまう部分に予想外の面白さがあり、取り込んだ要素に逆に侵食されている面もあるのではないだろうか。民主党支持を表明する勝ち組ならではの平和的なヴィジョンが無邪気に展開され、単純にそれを楽しめるか、もしくは不快に感じるかは聴く人のポジションによって様々に異なることも容易に想像できる。アメリカの政治的な風土から遠く離れた日本列島で聴く限り、 “Bodyguard” は折衷派の先駆けであるスライにも聞こえるし、チャック・ベリーのカヴァー “Oh Louisiana” はレジデンツかオート・チューンを使ったスワンプ・ドッグにも聞こえてくる。ちなみに参加ミュージシャンもスティー・ワンダー、マイリー・サイラス、ポール・マッカートニー、ウイリー・ネルソン、ポスト・マローンと、どこかで線を引いて分断することがしにくいメンツになっている(そういう人たちがわざわざ選ばれている?)。また、3部作のパート2だからか、 “II Most Wanted” や “Riiverdance” のように “i” と表記すべき部分がすべて “ii” と表記され、ポール・マッカートニーのカヴァーも “Blackbiird” となっているのに、なぜか “Oh Louisiana” だけは例外的に “i” のままである(?)。

 ビヨンセはアメリカ3部作で彼女なりの『音楽図鑑』のようなものをつくりあげるつもりなのだろう。まさかのハウスやまさかのカントリーの次は、まさかのジャズか、まさかのメタルだろうか。それともパート1が東海岸でパート2が南部だったからパート3は西海岸?

 冒頭で「すべてを失ったトランプ主義者と、すべてを手に入れた民主党支持者」を対比させ、共和党支持者に僕は言及しなかった。トランプ支持者には共和党の支持者ももちろん含まれるだろうけれど、カニエ・ウエストとドナルド・トランプを繋いだキャンディス・オーウェンズのように元々は民主党支持だったという人が少なからずいて「トランプ対民主党」という構図はリベラル同士で反目し合っている内ゲバのような面も強いと僕は思っている。現在、トランプにもバイデンにも投票したくない人たちはアメリカでダブル・ヘイターズと呼ばれている。アメリカに住む僕の友人はオバマ以前からすでにそうした気持ちになっていると話してくれたことがあるし、コメディ作家のティナ・フェイは彼女の代表作『30ロック』で「(次の選挙で)みんなにはオバマに入れると言っているけれど、私は入れないもんね」とウィンクし、「民主党を信用できない」という空気を2000年代初頭に早くもギャグにしていたことはさすがだというしかない。共和党にも民主党にも入れたくない。その頃からこれが正解だったはずなのに、新自由主義に舵を切った民主党に絶望し切れなかったリベラルが単にもう一方の選択肢だったトランプや共和党支持に反転してしまったことはどう考えても視野の狭い判断でしかない。与えられたものの中からしか選べない。自動販売機の外側に選択肢を持たないとしたら、あなたは民主党を支持するビヨンセの『Renaissance』を聴きますか? それとも『Cowboy Carter』を聴きますか?

三田格

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