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The Jesus And Mary Chain

Indie Rock

The Jesus And Mary Chain

Glasgow Eyes

Fuzz Club / ビッグ・ナッシング

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杉田元一 Apr 17,2024 UP

 ジーザス・アンド・メリー・チェインのデビュー・シングル「Upside Down」を聴いたことはありますか?

 このシングルのAサイド曲 “Upside Down” について書かれた文章は(その衝撃度の高さもあって)古今東西たくさんあるわけだけれど、個人的にいいなと思うのはサード・アルバム『オートマティック』に掲載されたライナーノーツの中で音楽評論家の大鷹俊一氏が書かれた「まるで小さな密室に閉じ込められ、あらゆる方向からフィードバックというノイズのオーケストラがいっせいに音を鳴らしはじめたような(曲)」という一文である。これを読むと、80年代のパンク/オルタナティヴなクラブ・イベントで、踊り疲れた若者たちがバーカウンター付近にへたり込んだりおしゃべりに興じたりして空になった深夜のダンスフロアにこの曲のドラムのイントロが流れ出した瞬間、簡素な作りの7インチ・シングルから放たれるギター・フィードバックの奔流にあわせて歓声をあげながらそこに居合わせた全員が踊り出す光景を思い出す。簡素だけど暴力的なビートに導かれ、7本(と言われている)のギターを駆使して生み出されたフィードバック・ノイズが鳴りはじめ……いや違う。ここではノイズが鳴るのではなく「歌いはじめる」光景を僕らは見たのだった。そのノイズは、いまの時代にノイズとしてしばしば遭遇する「耳障りの良い豊かでハイレゾリューションでコントロールされたノイズ」ではない。薄くて高域寄りで不明瞭な残響音を伴ったフリーキーなノイズである。その耳障りなノイズが武器になると知ったバンドの創設者であるリード兄弟は、初期ビーチ・ボーイズフィル・スペクター(彼がプロデュースしたガールズ・グループ、ロネッツは兄弟のお気に入りで、そのヒット曲 “Be My Baby” のリズムはメリー・チェインの初期ヒット曲 “Just Like Honey” で使われた)、シャングリラスやボブ・ディラン、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドといった60年代のクラシック・ポップのメロディやフックのエッセンスをそのノイズの隙間に効果的に配置することによって、文字どおりノイズを「歌わせた」のだ。これが単純だがとんでもなく有効な発見だったということは、その後この手法を取り入れるバンドが雨後の筍のようにたくさん現れたことからも明らかである。そういやずばりUKの黒人バンドで「黒いジーザス・アンド・メリー・チェイン」と呼ばれたグループもあった。シューゲイザーもノイズ・ポップもほとんどすべてメリー・チェインの子どもたちである。
 すべてのはじまりとなったシングル「Upside Down」がリリースされたのは1984年11月のこと。気がつけばあの衝撃からもう40年が経ったのだ。

 彼らがその衝撃のデビュー・シングルの翌年に〈ワーナー〉傘下の〈ブランコ・イ・ネグロ〉からリリースしたファースト・アルバム『Psycho Candy』は、“Upside Down” は収録されていないものの、アルバムからのファースト・シングルとなった “Never Understand” をはじめ、ほぼ全曲フィードバック・ノイズまみれで “Upside Down” と地続きの内容だった。僕はアルバムの日本盤LPの帯に書かれたキャッチコピー「ラジオは一度だけ鳴った。一度だけ。でも翌週のすべてのチャートは1位だった」にめちゃくちゃ感動したことをいまでもよく覚えている。「一度だけ」を繰り返すところがまた痺れるんだけど、いっぽうでこのころ、彼らが40年後にも活動を続けていると予想したひとは(僕も含めて)正直いなかったと思う。“Upside Down” のインパクトはすごかったけれど、アイデア一発という感覚も捨てきれず、これは長続きしないんじゃ……という思いも確かにあった。ファーストの翌年に出たセカンド『Darklands』からはトレードマークとも言えたフィードバック・ノイズが綺麗になくなっていたこともその心配に拍車をかけたとも言える。だがしかし、ノイズが取り払われた『Darklands』は、リード兄弟のソングライティング力を知らしめることにもなった。彼らが登場して数年後に勃興したいわゆる「マッドチェスター」時代において彼らは早くも時代遅れになる危険性を孕んでいたかに見えたものの、みごとにそれを乗り切ったのはその力によるものだろう。
 もっとも、バンド初期からしばしば周囲を悩ませた兄弟間の不仲がピークに達した20世紀末、通算6作目のアルバム『Munki』を〈クリエイション〉(アメリカは〈サブ・ポップ〉)からリリースするもののバンドは兄弟喧嘩により分裂。ふたりはそれぞれのプロジェクトでしばらく活動することとなったわけだけれど、2007年に復活。そこからツアーを重ねて復活から10年たった2017年、7作目となるアルバム『Damage and Joy』で外部プロデューサーとしてユース(元キリング・ジョーク、ジ・オーブ)を迎えたことは、それまでほぼすべての作品を自己プロデュースしてきたメリー・チェインとしては新境地でもあった。アルバムにはイザベル・キャンベル(元ベル・アンド・セバスチャン)、スカイ・フェレイラといった若手ゲストも参加して話題となったが、アルバムの出来は決して悪くないとはいえ、再結成からリリースまでのタイムラグにもかかわらず、アルバムに収録されたのは一時的解散期にソロやプロジェクトでリリースされた曲の再録音が半分を占めており、完全な復活作というにはやや無理があったともいえる。そう、彼らの完全な復活作は、それから7年という歳月をかけた8作目『Glasgow Eyes』だ。
 前作のユースのような外部プロデューサーは迎えず、ウィリアムとジムのリード兄弟によるセルフ・プロデュースであることはこれまでのほとんどの彼らの作品と同様だが、またゲストも前作のようなビッグネームは起用されていない(兄弟の身内やレジロスのフェイ・ファイフが参加している程度)。録音に使われたのはモグワイのスタジオ「キャッスル・オブ・ドゥーム」で、これは彼らの故郷グラスゴーにある。そしてアルバム・タイトルにもグラスゴーの語が使われていることもあわせ、アルバムは不思議なノスタルジー感をも持ち合わせているように感じられるが、しかしそれだけではない。アルバム先行シングル “jamcod” が、スーサイド的な抑制されたエレクトロ・ビートではじまることに驚いた耳は、アルバムのオープニング曲 “Venal Joy” のアップビートにさらに驚かされることになる。すでにあちこちで語られているように、最新型JAMCはエレクトロニカの要素をこれまでよりも多めに取り込んでいる(とはいえ、ギターがないわけではないのは当然だ)。クラフトワークみたいな “Discotheque”、ファズ・ギターによるドローン・ナンバー “Pure Poor”、ジョークっぽさを持つ “The Eagles and the Beatles”。薬物に対する告白をドローンに乗せて歌う “Chemical Animal”、ノスタルジックな “Second of June”、ラストはヴェルヴェッツとスーサイドを掛け合わせ、自らの名前をもじった “Hey Lou Reid” でゆったりとフェイドしていく。どの曲もふたりのソングライティング力の健在を十分に示しているし、また彼らが過去と未来を同量に見ていることも見て取れる。

 1998年に破滅的な喧嘩をして一度は袂を分かったウィリアムとジムは、相変わらず完全に仲良くなったとは言えないようだが、JAMCという魔法を維持するためにお互いを律するというルールを暗黙のうちに身につけたらしい。アメリカに住むウィリアムと、イギリス南西部に居を構えるジムが、改めていまはほとんど帰ることも少ないというふたりの故郷をタイトルに据えたアルバムを作ったことは、JAMCの新たなはじまりを意味するものだと思いたい。さて、次は何年後?

杉田元一