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Royel Otis

Guitar Pop

Royel Otis

Pratts & Pain

Ourness

Amazon

Casanova.S Mar 05,2024 UP

 想像の世界への扉がある。現実を反映した、かつてこうであって欲しいと願ったような理想の世界、それが地続きであって欲しいと思う隣の世界、時にポップ・ミュージックはいともたやすくその世界の扉を開く。
 ロイエル・オーティスのこのデビュー・アルバムの音楽を聞くと胸が騒いで仕方がない。2010年代前半の〈キャプチャード・トラックス〉のバンドたちのようなサーフ・ポップ/インディ・ポップの要素に、そこから離れた10年代後半のサウス・ロンドンのインディ・シーンの感性をプラスしたかのようなオーストラリア出身のバンド、ロイエル・マデルとオーティス・パヴロヴィッチのふたりが組んだバンドだからロイエル・オーティス。この単純な組み合わせ、最小のユニットのなかにギター・ミュージックのロマンがこれでもかというくらいに詰まっている。

 ドキドキとワクワク、手のひらのなかにある再生ボタンを押した瞬間に輝くモノクロの青春映画の世界にあっという間に心がつながる。高い位置を推移するベースラインは現実よりも重力をほんの少し軽くさせ、フワフワと落ち着かない心を作り出し刺激のない現実を理想の世界に変えていく。重ねられるサーフ・ロックみたいなギターのフレーズに、シンセのわずかなサイケデリア、そしてドラムが心を急かす。そうしてその声。オープニング・トラック “Adored” で聞かれるオーティス・パヴロヴィッチの歌声は高く柔らかく、ポップになり過ぎないラインで絶妙なフックを繰り出す。電気を消した部屋、流しっぱなしのビデオ、光で青くなっていく視界、頭のなか、個人と世界との関わり方、下世話な真理、僕にはこの曲がインディ・ギターの “Orgasm Addict” に感じられる。衝動と万能感を持った若者の無敵の心、だけどもそこにはいつだって不安が同居している。青春映画のようなこのアルバムのオープニングにこれ以上ふさわしい曲があるだろうか。

 ギター・バンドが再び勢いをとり戻し、世界各地にその熱が伝播していたような時期、2019年にロイエル・オーティスはシドニーで結成された。インターネットを通じて興奮が広がり、刺激を受けてまた次の動きがはじまる。そうやってどんどんどんどん音楽は変わりそれに伴い人びとの感覚も変わっていく。世界には同じような感覚を持っている人たちがいて自然とローカルなシーンができ上がり、物理的な距離は離れていても、その感覚を受け取った人たちがまた自分たちで新しいことをやってみようと試みる、シカゴで、アムステルダムで、東京で。ここ数年感じていて興奮していたような音楽シーンの動きがついに次世代に入ったような感覚がある(つまりは新たな場所からのアタックだ。ロイエル・オーティスと同じオーストラリア出身のデュオでロンドンに拠点を移したハイスクールの動きにもそれを感じる)。全ては相互に作用して同じであり続けることはなく、心の動きが現れた音楽は次のチャプターへと進んでいく。ロイエル・オーティスはオーストラリアから飛び出し、23年の初頭、ここ数年のインディ・シーンで中心的な存在になっていたサウス・ロンドンのダン・キャリーのホーム・スタジオでこのアルバムのレコーディングをおこなった。タイトルになっている『Pratts & Pain』というのはダン・キャリーのスタジオの近くにあったパブの名前をもじったものでそこでショットを数杯飲んで歌詞を書いたと彼らは言う。

 ダン・キャリーの影響がどれほどあったのかはわからないが、これまでリリースされた3枚のEPと比べてこのアルバムではシンセサイザーの使い方がより巧みになったような印象を受ける。シンセのリフで組み立てられる “Heading For The Door” はもとより、MGMTマナーの “Foam”、ギターがジャングリーに胸を躍らせる “Daisy Chain” といった楽曲でも隙間にそっと入り込むように音が重ねられ、それが現実感をぼやけさし、現実と理想の世界の境目を曖昧にさせているのだ。その少しのアクセントがこの心をかき乱す音楽に浮遊感を与えている。
 ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの “White Light / White Heat” の影響を感じるタイトルがそのものずばりの “Velvet” も白眉の出来で、叩きつけられるピアノと膨らんだ不穏なベースが大言壮語に突き抜ける見栄の切り方を見せ、このアルバムにさらなる奥行きを与えている。そしてこれまでのEPでは見られなかったような陰鬱さを持った “Molly” のような曲もある。遠くで聞こえる呪詛のようにサウンド・エフェクトがうっすらと聞こえてきて、きらめくギターの輝きは消えうせ、まるで抜け出せない憂鬱のなかの波のように聞こえてくる。しかし新味だという風には思えない。この曲だけではなくアルバムに収められた音楽が無敵の勢いとともにどれもほんの少しだけ不安の色が混ぜられているからだ。それが余計にこの音楽を特別にする。現在が失われるのが未来であるかのように、あるいはこんな日々は長くは続かないとわかっているかのように。

 だがこのアルバムのイメージはやはり “Sonic Blue” や “Fried Rice” のような曲に集約されているのかもしれない。ジャングリー・ギターのやさぐれ燃え尽きていくインディ・ポップ。ロイエル・オーティスの音楽はただひとり口ずさむ孤独のアンセムのような音楽だ。みんなのなかに自分はいなく、だからシンガロングまでは至らない。まるで DIIV の『Oshin』を初めて聞いたときみたいな心境でこの享楽のなかにある孤独に身を置いている。できすぎた安っぽい思い出は、だからこそいともたやすく想像の世界への扉を開く。この暗く輝く青春は繰り返しのなかで何度だって胸をドキドキさせてくれるのだ。

Casanova.S