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interview with Kelela

interview with Kelela

たとえばビヨンセのアルバムを好きな人は、ケレラもチェックしましょう

──オルタナティヴR&Bシンガーのケレラ、話題の新作『RAVEN』のコンセプトを語る

質問・序文:天野龍太郎    通訳:原口美穂
Photo by Justin French  
Feb 07,2023 UP

自分はジャズ・シンガーになるんだと思っていた。でも、インディ・ロックもジャズも、実験的で自由なように思えて、じつはすごく保守的。フリー・ジャズとかも、音的には形は自由かもしれないけれど、服装や演出の面ではスタイル的にコントロールされていると思う。

 掛け値なしに素晴らしいアルバムだ。ケレラ・ミザネクリストスの、実に5年ぶりのニュー・アルバム『RAVEN』。ここには──素晴らしい作品が常にそうであるように──個人的な経験や生々しい現実の語りと、内面世界の探究の結晶化の両方がある。「私」と外の世界との摩擦から生じたもがきや苦しみ、そして、ひとり部屋に閉じこもって、ときには涙を流しながら音やテキストと戯れて深めた思索。『RAVEN』は、彼女の外にも中にも存在しているそういった二面性、多面性を積極的に肯定する作品だ。

 キーになっているのは、ブラック・フェミニズムやインターセクショナリティについての思惟である。2022年9月、まだアルバムのリリースすらアナウンスされていなかった頃、『デイズド』に載ったインタヴューには、『RAVEN』を理解するためのヒントが散りばめられている。たとえば、序文には、彼女が、黒人差別やフェミニズムに関する本、ポッドキャスト、動画などの詰め合わせを友人や家族、ビジネス・パートナーたちに送った、と書かれている。自身が学んだことを人びととシェアして、自分が所属する小さなサークルから少しでもベターな社会を構築していくための、ささやかでたしかな行動。『RAVEN』は、そういった抵抗と対話のアクションの延長線上で、ケレラからリスナーの手に直接渡された小包のような作品でもある。

 さらに、次のインタヴューでは、彼女が誰に語りかけているかを明言している。歌詞は、黒人たち、女性たち、ノンバイナリーたちのためのものだと。そして、明確な対象に語りかけているそれらの言葉は、そうであるからこそ、誰にとっても力強く歌えるものなのだ、とも言う。バラバラに散らばって、疎外され、抑圧された「ひとりたち」のあいだに細い糸を通して結びつけ、小さくひそやかな声で交信すること。ケレラの音楽は、差異と分断の時代に、差異と分断を前提にしながら、苛烈な闘争と政治のその先を優しく提示しているようにすら思える。

 だからこそ、『RAVEN』は、アップリフティングなダンス・アルバムでもある(まるで、ビヨンセの『RENAISSANCE』のように)。“Happy Ending” の扇情的なジャングルから “On The Run” のセクシーなレゲトン、“Bruises” のミニマルなハウス、“Fooley” のダブまで、ダンス・カルチャーやレイヴへの愛に満ちている。彼女はダンス・ミュージックの逃避性について「クラブは現実を知るための場所だ」と言い切るが、その言葉はクラブの音楽やカルチャーについての、とても誠実で聡明なコメントだと思う。そうでありながらも、ここでは、たゆたうアンビエントR&Bすらも等価に溶け合っている。ケレラはいま、サウンドの海を自由に泳ぎまわっているのだ。

Cut 4 Me』(2013年)や『Take Me Apart』(2017年)の頃から考えると、彼女はずいぶん遠くまで来た。言い換えれば、彼女の新たな音楽の旅がここからはじまっている、とも言える。さあ、あなたもオールを握って、ケレラと新しい海に漕ぎだそう。ただ、そこに浮かんでいるだけでもいい。目の前には、苦痛も涙もよろこびも受け入れる、穏やかな場所がある。

エレクトロニック・ミュージックは白人の判断が基盤になっていて、「白人、テクノ、ストレートな男」みたいなイメージがあるし、一方で伝統的なR&Bやソウル・ミュージックを聴くのは黒人女性のイメージで、そういう人たちはエレクトロニック・ミュージックは聴かない。私はずっと、このふたつの間でつねに交渉をしているような状態だったんです。でも、「もういいや」と思えた。

こんにちは。本日はよろしくお願いします。そちらは朝ですよね?

Kelela:そう。もしかして私の声でわかったとか(笑)? 昨日ニューヨークからロンドンに来たところで、まだこっちの時間に慣れようとしているところで(笑)。

そうなんですね(笑)。早速インタヴューをはじめさせていただきますが、『RAVEN』は本当に素晴らしいコンセプト・アルバムでした。ダンサブルなのに、聴いていると、あなたの内面世界に深く導かれたような気分になります。

Kelela:ありがとう。

まず、アルバムについて具体的にお聞きします。一貫した流れを感じるダンス・アルバムだと感じるのですが、ダンス・カルチャー、クラブ・カルチャーからあなたが得たもの、学んだことを教えてください。

Kelela:まず、私が初めてダンスやクラブ・カルチャーに触れたときのことを思い出すと、私は普通とは違うレヴェルのパーティーに足を踏み入れていたんですね。説明するのがすごく難しいんだけれど、LAには本当に様々なクラブ・シーンがあって。言語は同じだったかもしれない。けれど、ストレートな白人によるテクノ・シーンと、私がLAに来たときに初めて衝撃を受けたダンス・ミュージックの空間は全く違うものでした。私が入り込んだダンス・ミュージック界にはいろんなタイプの人たちがいたんです。アメリカには、ブラック・ダンス・ミュージック限定の空間もある。でも、私が通っていたのは、そっちでもなかった。ハウス・ミュージックやテクノをベースとした音楽が多いなか、私が通っていたのは、フリークス(変わり者たち)がいる空間だったんです。つまり、エキセントリックなキャラクターや様々なバックグラウンドを持つクィアたちが集まっていて、とてもミックスされた空間だった。

なるほど。

Kelela:でも、私のクラブ・カルチャーの経験でいちばん印象的だったのは、「匿名性」ですね。初めて本物のパーティーに足を踏み入れたような感覚を覚えたんです。その空間に私を連れてきてくれたのは、私の友人のアシュランド(トータル・フリーダム)です。彼は、私を誘い込んだ張本人で、私のレコーディング・セッションに立ち会っていたことがあるらしく、私が歌っているところを目撃したときに、そのシーンが私に合うと思ったみたいで。あれは、大晦日のパーティーでした。当時はLAにぜんぜん友だちもいなくて、ひとりで過ごすことも多かったし、ちょうど別れを経験したところでもあったから、彼にメッセージを送ったんです。私は、そのときはまだ彼のことをよく知らなかったんだけど、メッセージを送ってみたら、彼からの返事に書いてあったのは、4つの数字と住所だけ。

えっ(笑)!?

Kelela:すごくミステリアスな文章に惹かれて、私はその家に行ってみたんです。そしたら、そこがとにかく巨大な家で、びっくり。それで、入ってみると、本当にたくさんのキャラクターがいて。コスプレしてる人もいれば、仮面をかぶっている人もいるし、とにかくいろんなキャラクターがいて、本当に楽しかった。そして、「この場所では自分がなりたいものになれる」という感じがしました。判断や批判をされることもなく、他人とちがうことをしたり、変わった方法で自分を表現したいと思ったりすることで、仲間外れにされることもないんだって。他にも経験したダンスやクラブ・カルチャーのシーンはあるけれど、それが私がLAにきて入り込んだ空間でした。

素晴らしい経験ですね。

Kelela:私が音楽を作りはじめたとき、その基盤は、私がそのシーンに触れる前から築かれていたと思う。ジャズもそうだし、どのように実験し、どのように音楽を作るのかを教えてくれたものは、たくさんあるから。でも、あのシーンは、私になんの制限もない居場所を与えてくれたように感じます。そして、もっと探求できる方法があることに気づかせてくれた。最終的に、自分にはいろいろな姿があるんだ、と思えるようになったんです。それまでは、自分はジャズ・シンガーになるんだと思っていたけど。私はポスト・バップ系のジャズ・シンガーになるんだろうなって。でも、インディ・ロックもジャズも、実験的で自由なように思えて、じつは、実験をしながらもすごく保守的。彼らの実験は特定の枠のなかでおこなわれていて、私にはジャズにも音楽のルールがある気がして。フリー・ジャズとかも、音的には形は自由かもしれないけれど、服装や演出の面ではスタイル的にコントロールされていると思う。それに、ジャズ・ミュージシャンになると、ジャズ・ミュージシャンとしてジャズの空間に追いやられているようなところもあるんじゃないかと。ジャズ・シンガーがダンス・ミュージックやポップ・ミュージック、インディ・ミュージックのような世界に進出するのは難しいし、稀なことなんですよね。いまでこそ、少しはそれができるようになってきたかもしれないけれど、当時はとても無理な話だった。そういう意味でも、他のシーンは、将来は他のサウンドを追求したい、実験してみたいと思っていた私にとっては、良い踏み台にはならなかったと思う。

そうだったんですね。

『Aquaphoria』は、初めて存分にアンビエント・ミュージックの実験ができたレコードなんです。あのレコードで私は、アンビエント・ミュージックを完全に探求することを自分自身に許したんですね。『Aquaphoria』を作ったあとも、あの感覚から抜け出せなかったんですよね。

Kelela:あと、私は、自分に本当にヘヴィでハードなプロダクションが必要なこともわかっていました。私の声は風通しがいいというか、柔らかいんですよね。だから、私が一生懸命に叫んで、声で怒りを表現しているときでも、なんだかかわいらしく聞こえてしまう(笑)。なので、基本的には、自分の声とプロダクションでバランスを取りたくて。それが、よりヘヴィなプロダクションを選んだ大きな理由のひとつです。それは、さっき話したダンス・シーンが私に与えてくれたもののひとつだと思う。最初にそのシーンに触れたときの衝撃は、私にとってすごく爽快なものだったし、すごく豊かだった。だから、このシーンに惹かれたんです。このシーンは、遠くに飛躍するための本当に自由なキャンバスを私に与えてくれたし、そのキャンバスの上ではなんでも探検できるような気がして。『Aquaforia』(2019年に〈ワープ〉の設立30周年を記念しリリースされたミックスで、エングズエングズのアスマラとの作品)はその典型的な例ですね。多くの人は、私がダンス・ミュージックを作っているから、ヘヴィなプロダクションで、純粋にソフトなアンビエント・サウンドを探求することには興味はないだろうと思うかもしれない。でも、私は『Aquaforia』で、そのキャンバスを皆に提供しようとしたんです。

『Aquaforia』は素晴らしいミックスでした。

Kelela:もうひとつは、クィアと黒人、黒人と女性であることを同時に経験するような、インターセクショナルな経験がある場合、その交差によって、様々な拠りどころや特異なアイデンティティを理解できるようになると思うんですよね。もちろん、ストレートの白人男性たちがみんな偏った考え方でセンスがない、というわけではないけれど、正直に言って、厳格さというものは、大抵の場合、白人性から生まれる。というのも、有色人種のクィアたちは、みんな白人社会の中で育ってきたから、多くの白人の拠りどころを理解しているんです。そして、それに加えて有色人種の間でも育ってきた経験のある彼らは、他の多くの拠りどころを理解することもできる。だから、私が投げかけるものがなんであれ、彼らはそれを理解しようとする気持ちがあるんです。それが、私が感じたダンスやクラブ・カルチャーの美しさだった。それは、私が音楽業界に入ったときのシーンの雰囲気や前例とは非常に対照的でした。私が最初にこのシーンに入ってきたときは、インディの全盛期のような雰囲気だったから。でも、LAに引っ越してきて、初めてそのカルチャーに出会ったんです。

よくわかりました。『RAVEN』のサウンドとビートは、ジャングルからUKガラージ、ダブなど、とても多彩ですよね。特に、ジャングルのビートが印象的でした。これらのダンス・ミュージックは、若い頃、思春期に出会ったものなのでしょうか?

Kelela:ダンス・ミュージックに関して言えば、アメリカのメインストリーム以外のものに初めて触れたのは、ナップスターが登場したとき。私は、周りで最初にナップスターをはじめたひとりだったんです。友だちと一緒にナップスターに夢中になっていて。大抵、周りは年上のお兄ちゃんやお姉ちゃんを通してそういう音楽を見つけていたけど、私には兄も姉もいないから、すべてはナップスターでした。当時、家のコンピューターが私の寝室にあって、私はそれを大きな特権だと感じていて(笑)。それで、寝る前にランダムにいろんなものをクリックして、音楽をダウンロードしていたんです。ダウンロードされるまで、何が出てくるかわからない。寝る前にサイコロを振って、朝にその目が出る、みたいな感じ。朝起きると、まるで抽選会みたいでした(笑)。運が良ければ、良いトラックに出会えた。ダウンロードがうまくいかなかったり、まだ70%しかダウンロードできていなかったり、ダウンロードできてもめちゃくちゃだったりするから。

ナップスターとは意外ですね(笑)。でも、世代的によくわかります。

Kelela:私はいろいろなものをダウンロードしていたけど、ある日アートフル・ドジャーの曲がダウンロードされてたのは、いまでも覚えています。それから、クレイグ・デイヴィッドの曲もたくさんあった。まだクレイグ・デイヴィッドがソロ・アーティストとして登場する前の話。彼の曲をベッドルームで発見したとき、そのプロダクションがあまりにも衝撃的で、信じられなかったのを覚えています。いま、説明しながら汗ばんじゃうくらい(笑)。新しい何かを見つけた感覚と、秘密というか、私だけの何かを自分で見つけたような気がして。イギリスではすごく人気だったんだろうけれど、ワシントンDCの郊外に住んでいた私にとっては、ものすごく大きな発見でした。そのあとから、それ系のダンス・ミュージックや関連するものを探し続けて。そうやって、自分にとって神秘的なものを見つけていったんです。「このスピードアップしたヴォーカルはいったい何!?」って思っていましたね。当時、アメリカにはそんな音楽はなかったから。インターネットがいまほどは普及していなかったから、美的感覚が太平洋を越えるのには、まだ時間がかかっていた時代だった。だから、私にとって、そういう音楽を見つけられたのは、すごくパワフルなことでした。

その話題につなげると、あなたは以前からUKのプロデューサーやシーンとの関わりが深いですよね。今回、特にUKのダンス・ミュージックの要素が色濃くなった理由は?

Kelela:今回のアルバムを作りはじめるとき、私は、「自分が望むものであれば、何をつくってもいいんだ」と思うことができていたんです。ヴォーカル曲みたいな領域から初めて、それをリミックスでダンス・ミュージックの領域に移動させたり、改めて解釈しようとしたりしなくてもいい、と思ったんですね。以前は、いまはいない観客を取り込むことに興味がありました。でも、同時に、R&Bが好きな人たちが留まることができるものを作りたかった。つまり、ヘヴィなヴォーカルの瞬間がある一方で、プロダクションが好きでエレクトロニック・ミュージックに傾倒している人たちも満足できるような音楽。だから、私は音楽を作りながら、その両者を満足させようと、ずっと考えていました。

まさに、それこそが、あなたの音楽のアイデンティティですよね。

Kelela:その理由は、私は自分がそのふたつのものに繋がっていると感じているから。このふたつは、私がやっていることの大きな柱なんです。でも、この二面性を行ったり来たりしてしまうと、一体どっちなのかがわからなくなってしまうので、なんとかできないかと考えていました。だって、そのふたつって、全然ちがうからね。エレクトロニック・ミュージックは、白人の判断が基盤になっていて、「白人、テクノ、ストレートな男」みたいなイメージがあるし、一方で伝統的なR&Bやソウル・ミュージックを聴くのは黒人女性のイメージで、そういう人たちはエレクトロニック・ミュージックは聴かない。だから、もし実験的な音楽が盛り込まれすぎていたら、彼女たちは、いったい何が起こっているのかって混乱してしまうかもしれない。それもあって、私はずっと、このふたつの間でつねに交渉をしているような状態だったんです。

なるほど。

Kelela:でも、『RAVEN』を制作しているときは、「もういいや」と思えた。難しく考える必要はなく、ふたつの場所を行き来しようとしなくても、自分がいる場所をそのまま表現すればいいんだって。直感的なものを書いて、サクサク進めていけばいいんだと思えたんです。ポップ・ライターと一緒に曲を書くつもりもなかったし、参考にするものも自分の身近に存在しているものでよかった。それもあって、自然に、いままででいちばんダンス・ミュージックにフォーカスしたレコードになったんだと思います。

質問・序文:天野龍太郎(2023年2月07日)

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Profile

天野龍太郎天野龍太郎
1989年生まれ。東京都出身。音楽についての編集、ライティング。

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