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valknee

Hip HopRap

valknee

Ordinary

self-released

つやちゃん May 02,2024 UP
Good girlには程遠い けどBad bitchていうよりこっち Ordinary Vibes (“OG” より)

 広範に渡る、近年の valknee の活動をひとことで説明するのは難しい。怒りや不満を糧にヒップホップのボースティングの力を使いオルタナティヴなギャル像として打ち立ててきたスタイルがあり、それを唯一無二の粘着ヴォイスとフロウでぶちまけることで確固たる個性を築いてきた──本丸の音楽活動としてはまずそういった説明ができるだろうか。一方、パンデミック禍に女性ラッパーたちと連帯し結成した zoomgals をはじめとして、ヒップホップ・フェミニズムの文脈でも重要な役割を果たしてきた点も見逃せない。ルーツのひとつにアイドル音楽もあり、lyrical school や和田彩花から REIRIE まで(!)楽曲制作に参加することでプロデュース力も発揮している。映画『#ミトヤマネ』の音楽のディレクションもしていたし、ときには、んoon や Base Ball Bear といった面々とコラボレーションもおこなってきた。自身の作品については次第に音楽性を変化させ、ダンス・ミュージックの直線的なビート感を貪欲に取り入れるようにもなっている。世の中の旬な話題から身近なネタまで独自の切り口でトークする音声メディア「ラジオ屋さんごっこ」も界隈で人気を得ており、それだけジャンル横断的な活動を展開しながら、やはり王道のヒップホップも捨てない彼女は、昨年オーディション番組「ラップスタア誕生2023」に出演し国内ヒップホップのメインストリームに殴り込みをかけたりもした。以上のように、valknee の活動は非常に多岐に渡ってきている。だが、いつだってルーツや好きなものに忠実に立脚しながら Ordinary な自身を誇っていく姿勢は全てに共通しており、その点では、紛れもないヒップホップ精神というものが軸にある。

 となると次に、アルバム・タイトルに掲げられている「Ordinary」というタイトルが気になってくる。ここには、昨年からシーンを席巻している Awich ら「Bad Bitch 美学」のムーヴメントや、「Xtraordinary Girls」を標榜するラップ・グループ・XG の快進撃など、メインストリームで脚光を浴びる女性ラッパーの活躍に対するカウンターの視点があるのだろう。ラップの技術や、ラッパーらしさというリアリティを武器にラップ・ゲームを戦う猛者たちの中にいて、valknee は「平凡」であることを掲げて闘うが、しかしそれは戦略的には分が悪い。普通じゃないこと/非凡なことを競うのがこのゲームのルールであるからで、だからこそ、valknee は「私の平凡さこそが私のリアリティ」という点に懸け、平凡さのリアリズムを徹底的に突き詰めることで非凡さへと反転させようとする。

 そこで援用されるのが、今作で全編に渡って鳴り散らかしている、数々のハイパー・ダンス・ビート。valknee の音楽性は、あるときを境に変化した。私はそれを hirihiri 以前/以後と呼んでいるのだが、他にもピアノ男やバイレファンキかけ子、NUU$HI といったトラックメイカーの攻撃的なサウンドを導入するようになり、作品をトラップ・ミュージックからハイパーでダンサブルなビートへと変貌させていった。時期的には2021年の後半くらいからだろうか。とは言え2020年の時点で “偽バレンシアガ”の RYOKO2000 SWEET 16 BLUES mix という歪なダンス・ミュージックをリリースしており、以前からそういった性質がなかったわけではない。だが、ハイパーな要素は明らかに途中から加わったもので、valknee の賭けはまずそこにあると思う。

 所属するコミュニティも変化した。〈AVYSS Circle〉や〈もっと!バビフェス〉といったイベント/パーティに出演するようになり、インターネットとリアルを行き来しながら熱狂的に盛り上がるオルタナティヴなユース・カルチャーに身を投じていった。とりわけ、仲間とともにキュレーションを開始した Spotify プレイリスト「Alternative HipHop Japan」の存在は大きい。なかなか可視化されることのなかったシーンの動きが素早く反映されるようになったことで、どこかふわふわしていた界隈の動向に輪郭が与えられるようになった。valknee はいま、オルタナティヴなシーンにおける姉御肌的なポジションを築きつつあるのかもしれない。

 valknee はそうやってサウンドだけでなく身も心もいまのオルタナティヴなシーンにコミットする中で、その音楽性を完全に身体まで落とし込んできている。ネバネバした声と耳をつんざくダンス・ビートの、いわば鋭角×鋭角のハイカロリーな衝突が良い塩梅で融合してきており、これだけ尖っているにもかかわらず聴きやすい。KUROMAKU プロデュースの “Not For Me” では phonk のビートに難なく乗り、“SWAAAG ONLY” や “Load My Game”、“Even If” といった曲のメロディやフロウの作り方は、完全にオルタナティヴ・ヒップホップのそれである。裏を返せば、ある程度このカルチャー/音楽のマナーに沿っているとも言えるわけで、もしかするとその行儀の良さは、評価が分かれる点かもしれない。だが、むしろそういった点こそが彼女の魅力であるように思う。自分の好きなものに対して忠実であり正直であるのが valknee の美点であり、本作はオルタナティヴ・ラッパーに転身した彼女の再デビュー・アルバムのように聴こえてくる点で、これまでとは違った種類の覚悟を感じる。

 そういった『Ordinary』の中にあって、“Even If” から “Over Sea” に至る流れはいささか特異だ。先日渋谷の街を歩きながら聴いていると、valknee は声を丸くして小声でそっと語りかけるように訴えかけてきて、気づいたらほろほろと涙が流れてしまった。

ねえ!Over sea あたしのはなし/目泳がし騒がしい街並みで/全世界中いないことになってる/ペンで描いた居たことの証 ( “Over Sea” より)

 ラッパーかくあるべし、というパンチラインだ。「し(-si)」の脚韻がいつもの valknee とは違った丸い小声で反復されることによって、「しーっ(静かに!)」という意味性が立ち上がってくる。あなたにだけ伝えるね、という優しい「し」。彼女はこうも歌う。

ちっさい声が伝わる/バカなミームみたいに/誰かしらに繋がる/点が線になってる/誰か誰か!じゃない/ないならつくる/輪になんかなんないでも/You stand out飛ぶ

 誰か誰か!じゃない。ないならつくる。そうか、ないなら作る! valknee が、オルタナティヴなコミュニティに身を投じてこの何年かやってきたことが分かった気がした。点が線になる。線は輪にならないかもしれない。でも、飛ぶ。……飛ぶ?! Ordinary=平凡さは、反転するどころか、海を越えて飛んでいくらしい。なんて最高なんだろう。

 全世界中の、いないことになっている人たち。自分のことを平凡だと思っている人たち。『Ordinary』を聴いて。Ordinary Vibes を出して、遠くに飛んで。いまあんなにたくさんの若手ラッパーとコミュニティを盛り上げている valknee が、客演なしで、ひとりでこの作品を歌うことの意義。新たなリスタート。このちっさい声が伝わりますように。あなたとともに海を越えて、全世界中に。

つやちゃん