Home > Columns > 8月のジャズ- Jazz in August 2026

Ancient Infinity Orchestra
It's Always About Liberation
Gondwana / Pヴァイン
マシュー・ハルソール主宰の〈ゴンドワナ〉から登場したエインシェント・インフィニティ・オーケストラは、リーズを拠点に活動する総勢15名にも及ぶ楽団である。リーダーはベーシストのオジー・モイシーで、彼の出身地であるブライトンやリーズの音楽大学の仲間などを中心に結成され、2023年に〈ゴンドワナ〉からデビュー・アルバム『River of Light』をリリースする。オジー・モイシーは仏教系の小学校に通っていて、そうしたところからインド哲学や思想などを身につけたというところがあり、インド音楽やその影響を受けたファラオ・サンダース、ジョン&アリス・コルトレーンなどに繋がるスピリチュアル・ジャズと言える作品であった。これらアーティスト以外にドン・チェリーとアート・アンサンブル・オブ・シカゴの影響も述べるオジー・モイシーだが、2025年のセカンド・アルバム『It’s All About Love』ではドン・チェリーに捧げた “Chant for Don Cherry” をやっている。アルバム全体でドン・チェリーの『Organic Music Society』(1972年)の世界を彷彿とさせるものだ。また、サン・ラーの “Spontaneous Simplicity” の循環するベースラインを引用した “Joy of a Natural World” という楽曲もやっていた『It’s All About Love』だが、それから1年ぶりの新作となる『It's Always About Liberation』をリリースした。
『It's Always About Liberation』というタイトルは、詩人/アーティストのムーア・マザーが2024年にジャイルス・ピーターソン主催の『We Out Here』フェスティヴァルにおけるパフォーマンスで放ったメッセージ「It’s All About Love / It's Always About Liberation」からインスパイアされたもので、「It’s All About Love」のほうは前作のタイトルにもなっている。『It’s All About Love』との連作とも言えるアルバムだが、穏やかで祝祭に満ちた精神的な開放を示す『It’s All About Love』に対し、『It's Always About Liberation』は分断された世界における自由や未来への道筋を追い求めている。
2本のダブル・ベースほか、ピアノ、ドラムス、サックス、クラリネット、フルート、オーボエ、ハープ、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、マンドリン、コンガ、パーカッションなどの編成で、弦楽器と木管楽器のアンサンブルを特徴とし、コーラス隊も付けるエインシェント・インフィニティ・オーケストラだが、『It's Always About Liberation』ではジンバブエの親指ピアノであるムビラ、中央アジアから幅広い地域に普及した木管楽器カヴァル、西アフリカの弦楽器ドンソ・ウゴニなどさまざまな民族楽器を用いている。白眉は重厚なモーダル・ジャズの “Illuminations” で、随所にフルートやチェロ、ムビラによるいぶし銀のような演奏が光る。〈ストラタ・イースト〉の名盤のひとつであるクリフォード・ジョーダンの『Glass Bead Games』(1974年)の “John Coltrane” (ビル・リー、クリフ・リー兄弟の作曲でジョン・コルトレーンに捧げた楽曲)を連想させる。

Hill Collective
Fire In Orbit
Batov
ヒル・コレクティヴは英国ブライトンを拠点に活動する音楽集団で、アルト・サックス奏者でマルチ・プレーヤー、作曲家のピート・ピスコフがリーダーを務める。もともとピート・ピスコフのトリオが母体となり、そのトリオ解散後にヒル・コレクティヴは発足した。発足時の2021年頃はピート・ピスコフが全ての楽器演奏をおこなうワンマン・プロジェクト的な内容だったが、2023年頃からは徐々に演奏メンバーが増え、オジー・モイシーはじめエインシェント・インフィニティ・オーケストラの創設メンバーも演奏することがあった。定型メンバーを持たないヒル・コレクティヴであるが、エインシェント・インフィニティ・オーケストラがリーズに移ってから数年はジョー・エドワーズ(ドラムス)、ジョー・スネリング(ベース)、ウィル・ロバーツ(トロンボーン)、ルーク・コンドン(キーボード)などがレギュラー・メンバーとして参加しており、それらメンバーによる最初のスタジオ録音アルバム『Tonal Prophecy』を2024年にリリース。スウィンギーなビッグ・バンド・ジャズとラテンやボサノヴァのリズム、そしてフリー・ジャズも範疇に含んだ自由で活気に満ちたアルバムとしてメディアの評価を得て、チャールズ・ミンガスのビッグ・バンドからサン・ラー、アート・アンサンブル・オブ・シカゴ、オーネット・コールマンなども引き合いに出された。
新作『Fire In Orbit』もそれらメンバーを引き継ぐアルバムで、シー・ブリーズ・スタジオでメンバーが3日間おこなったセッションをまとめたもの。メンバーの中にはヴォーカルも兼ねる者もいて、タイトル曲の “Fire In Orbit” ではその混声コーラスが神秘的な世界を作り出す。ジャズ・ファンク調の重厚なムードを持つ楽曲で、浮遊感に満ちたフルートが耽美的なフレーズを奏でる。讃美歌のようなコーラス、アート・アンサンブル・オブ・シカゴのように共鳴と混乱を行き来するようなホーン・セクション、そして全体的にはサン・ラー・アーケストラの “Space Is The Place” を引き継ぐようなジャズ・ファンクが結びついた楽曲だ。続く “Keep Breathing” ではピート・ピスコフのサックス・ソロがフィーチャーされ、ファラオ・サンダースを彷彿とさせるスピリチュアル・ジャズとなっている。途中でスキャット・ヴォーカルのパフォーマンスを交え、メンバーが自由でスポンテニアスなプレイを繰り広げる。

Firas Zreik
Tarabesque
Maqām
フィラス・ズレイクはパレスチナ出身のミュージシャン/作曲家で、現在はニューヨークを拠点に活動する。彼が演奏する楽器はカーヌーンと呼ばれるもので、アラブ音楽で伝統的に使われる撥弦楽器で、ヨーロッパのツィターや日本の箏などと同類にあたるものである。ジャズとアラビア音楽を結びつけたミュージシャンには、1950年代末から1960年代にかけて活躍したアーメド・アブドゥル・マリクがいる。スーダンからアメリカに移住した家系の出身で、ダブル・ベースと共にアラビアの弦楽器であるウードの名手として知られ、同時代のジョン・コルトレーンやランディ・ウェストンらも彼からアラビア音楽の影響を受けた。そうしたアーメッド・アブドゥル・マリクの系譜を受け継ぐミュージシャンがフィラス・ズレイクと言える。2021年にファーストEPの「Solo」を発表し、2023年にはファースト・アルバムの『Salute』をリリース。2024年にはプエルトリコのラッパーであるレジデンテと共演し、パレスチナのガザ地区についての楽曲である “Bajo los Escombros” はグラミー賞を獲得している。
『Tarabesque』は『Salute』から3年ぶりとなるセカンド・アルバム。参加メンバーはベースにジョン・マーチソン。彼もカーヌーン、ベンディール、ギンブリ、ネイなどの民族楽器を演奏し、現在のアメリカにおいてアラブ音楽を発信する最も影響力のあるひとりである。ピアノ&キーボード奏者のジェミナ・ブレショワールはアルジェリア系のフランス人で、やはり北アフリカや中近東の文化の影響を受けている。サックス奏者のギデオン・フォーブスは中近東の葦笛であるネイも演奏する。ほかにアラブ系のパーカッション奏者のアルバー・バーゼルや、ウード奏者のアナン・マフールなどが参加しており、アラブ音楽とジャズの融合と、フィラス・ズレイクが演奏するカーヌーンの音色を引き出すことに成功している。それを象徴するのが “Sanasel” で、エキゾティックで煌びやかなカーヌーンがモノフォニックな旋律を奏で、マカームと呼ばれる独特の音階で進行するなか、ジャズならではの即興演奏やインタープレイが繰り広げられる。

Somi
What Does It Take To Bloom
Salon Africana
ソーミはアメリカのイリノイ州出身のシンガーで、本名はローラ・カバソミ・カコマ。ウガンダとルワンダからの移民の血を引き、現在はニューヨークを拠点に活動する。アーティストとしての活動のほか、人類学やアフリカン・アートの研究者としての側面も持つ。シンガーとしてはジャズをベースにソウルやファンクをミクスチャーしたタイプで、2003年にデビュー後、リオネール・ルエケ、ヒュー・マセケラ、ジェレミー・ペルト、ネイト・スミス、ミノ・シネル、マーカス・ストリックランド、アロー・ブラック、コモン、アンジェリーク・キジョー、グレゴリー・ポーター、シェウン・クティなどと共演してきた。ナイジェリアのラゴスで学究生活を送った時期もあり、そのときに作った『Lagos Music Salon』(2014年)ではフェラ・クティの “Lady” を彼女なりに再解釈した楽曲を収録し、『Zenzile: The Reimagination of Miriam Makeba』(2022年)はミリアム・マケバの生誕90周年を記念したカヴァー・アルバムとなっている。
『Zenzile: The Reimagination of Miriam Makeba』にはラキーシャ・ベンジャミンが参加していたのだが、それから4年ぶりの新作『What Does It Take to Bloom?』でも彼女との共演が実現している。録音はニューヨーク、パリ、ラゴスと、セネガルのダカール。ラキーシャ・ベンジャミンと共演した “So You Want To Be A Woman” は、ポエトリー・リーディング風の歌唱とワードレス・ヴォイスなどを駆使し、ときにエモーショナル、ときにフリーフォームなスタイルで歌う前衛的なナンバー。まるでブリジット・フォンテーヌとアート・アンサンブル・オブ・シカゴの共演を連想させるようだ。“Aiwah” はアフロ・ビートに中近東風のエキゾティックな旋律を取り入れ、こちらもポエトリー・リーディング風の歌唱が呪術的なムードを高めていく。
小川充/Mitsuru Ogawa