Home > Interviews > interview with MOONGA K. - 南アフリカ音楽の完全なる新世代、ムーンガ・K.登場
南部アフリカのザンビアに生まれてボツワナで育ち、現在は南アフリカ共和国を拠点に活動しているムーンガ・K.。10年ほど前からコンスタントに音源をリリースしている彼だが、初期には内省的なインディR&B/ヒップホップ色が強い音楽性を示し、その後はネオ・ソウルやそのルーツである70年代のソウルやファンクへの敬愛も滲ませながら、多様な南アの音楽シーンでキャリアを重ねてきた。昨年にはビヨンセに触発されてカントリーに取り組んだ異色のEP「OUTLAW」までも発表しており、作品の傾向に合わせて自身のファンションやアートワークを念入りにガラリと変えてくるところには、クィアであることを公言している彼らしい独自の個性とセンスも感じさせる。
近年の南アフリカといえば、アマピアノを軸とした音楽性で世界的ブレイクを果たした Tyla や長い歴史に裏打ちされたジャズ勢がとりわけ注目を集めてきたが、80年代前半のプリンスを彷彿させるジャケットもインパクト大なムーンガ・K.の最新アルバム『SOULWAVE 2153』は、これまでにあまり伝わってくることがなかった南アの音楽シーンの一角から覚醒していきなり噴出してきたような驚きの一大ファンク絵巻。2153年から現代に届けられたメッセージというアフロフューチャリズム的な設定のもと、70年代のファンク/ソウル直系の重厚な大所帯サウンドに乗せて愛と希望、喜びの大切さをストレートに説いた楽曲の数々は、ライヴのような高揚感とピュアなエナジーに満ちている。いかにもアフリカらしい伝統音楽的な要素や、アフリカのローカルなシーンで育まれた独自のビートなどに裏打ちされた音楽というわけではないが、本作もやはりいまのアフリカからしか生まれ得なかった音楽なのだろうと思えてくる。
南部アフリカの国々を転々としながら、アフロフューチャリズムの世界観を音楽で体現した偉人たちの遺産を継承し、アフリカ側からそれをヴィヴィッドに発信し始めた異才。あらゆる側面においてアウトサイダーでもあっただろうムーンガ・K.に、最新作『SOULWAVE 2153』に至るまでの経緯や、意外なところへと深く繋がっていく予測不能な人脈、南アの音楽シーンにおける自身の立ち位置、アフロフューチャリズムに対する考え方などについて語ってもらった。
僕は基本的には西洋音楽の影響を受けて育ったけれど、それでもザンビア音楽の文化的な豊かさについては、特にサンパ・ザ・グレイトを通してずっと意識していたからね。
■ザンビアに生まれてボツワナで育ち、14歳のときにフランク・オーシャンを聴いて曲作りを始めたということなんですが。同じような人は周りになかなかいなかったのでは?
ムーンガ・K(以下MK):うん。同じような経験をしてきた人がいるかと言われると、あまり思い当たらないね。唯一挙げるとすれば、家族ぐるみの友人であるサンパ・ザ・グレイトかな。彼女は本当に素晴らしいアーティストであり、ラッパーなんだ。僕たちは一緒に育って、彼女はその後アメリカへ移住し、さらにオーストラリアへ渡って、いまでは世界屈指のラッパーになったよね。僕たちの歩んできた道には共通するところがあって、大陸のさまざまな地域……というか、世界のいろんな場所で暮らし、それぞれ異なるアイデンティティを築いてきた。そうした経験があるからこそ、音楽を生み出す力がとてもダイナミックなものになっていると思う。そのおかげで、僕自身も本当に多くの影響を受けているよ。様々な音、アーティスト、土地から刺激を受けてきたという意味で、僕たちの歩みには共通するものがあり、その経験が世界をとても広い視野で見ることに繋がっているんだ。
■サンパ・ザ・グレイトは、あなたが2021年に発表したEP「CANDID」に客演していますが、まさか幼馴染だったとは。
MK:僕たちは子どもの頃からの付き合いで、5歳くらいからお互いを知っているんだ。親同士もザンビアでの知り合いで、その後、経済危機の時期に新しい生活を築き、新しい仕事を見つけるためにみんな同じタイミングでボツワナに移住したんだよね。その中で、僕たちは一緒に育った。お互い音楽を始めたのは大人になってからだけど、家族のような繋がりはずっと変わらず続いているよ。
■ということは、ザンビアといえば WITCH などの伝説的なアフロ・サイケ・バンドがいますが、そのあたりも子どもの頃から知っていましたか?
MK:子どもの頃から知っていたというわけではないよ。ただ、最近このアルバムを制作する中で、収録曲のひとつには、僕が取り入れた WITCH からの多大な影響が聴き取れると思う。このアルバムを作る過程は、それまで自分では掘り下げてこなかった自分のルーツと改めて繋がり直す、とても興味深い時間でもあったんだ。というのも、僕は基本的には西洋音楽の影響を受けて育ったけれど、それでもザンビア音楽の文化的な豊かさについては、特にサンパを通してずっと意識していたからね。
アフリカ発のファンクもアマピアノと同じくらい素晴らしいものなんだということを、みんなにも理解してもらいたいと思っているよ。
■あなたの最新作を聴いていて、曲によってすごく WITCH を彷彿させる雰囲気があったので、もしかして影響があるのかと思ったいました。
MK:(気付いてくれて)嬉しいね。
■もう少し音楽的背景の話を聞きたいんですが、あなたの音楽は欧米圏のソウルやファンク、ヒップホップからの影響が大きいと思います。影響を受けた存在としてプリンス、ディアンジェロ、ジャネイル・モネイ、ローラ・マヴーラ(Laura Mvula)あたりの名を挙げていらっしゃったのも納得です。
MK:僕の父はスティーヴィー・ワンダーからプリンス、ディアンジェロ、ファンカデリック/パーラメントまで、本当にたくさんのレコードやCDを持っていたんだ。そうしたアーティストの音楽を聴いたり、パフォーマンスを観たりすることで、自分もあんな風になれるかもしれないと感じるようになった。パフォーマー、ソングライター、ヴォーカリストとして、ああいう表現を目指したいと思うようになったんだ。彼らの喜びに満ちた音楽を生み出す姿勢やファッション、色彩豊かな世界観には、ずっと影響を受け続けているよ。でも、そういう音楽を作りたいと思いながらも、同時に自分のアイデンティティも見つけたいと思っていた。だから、彼らへの敬意を払いつつ、ファンクやソウル、R&B、ディスコを愛する音楽家として自分の道を切り開いていく中で、いまでは自分自身の声を見つけられたと感じているよ。
■現在は南アフリカを拠点に活動されていますが、検索して調べていると、今年春に京都で公演をおこなった南アのアフロ・フォーク系シンガーの Msaki とも共演経験があり、サブスクで聴けるGina Jeanz の曲に客演した “Dopamine” では、アマピアノ色が強いものも歌いこなしています。南アの現在進行形のの音楽シーンの中で、あなたはどういう立ち位置の存在と言えますか?
MK:そうだな……支持を得る、という意味では難しいところがあるね。というのも、僕は本当にいろんなタイプの音楽を作ることが好きなんだ。それぞれ違う音楽の世界に身を置くこと自体を楽しんでいる。でも、現在の(南アフリカの)音楽業界の状況を見るとアマピアノが中心的なジャンルで、ヒップホップも同じような存在になっているよね。だから、僕はその中間にいるような立ち位置なんだ。そうした大きな流れの中で、自分の存在を際立たせていくのは難しいことでもある。それに、ストリーミングのデータを見ると、僕を支えてくれている人たちは米国やヨーロッパ、日本の人たちが多いことに気付いたんだ。そのことに本当に感謝しているよ。なぜなら、僕の目標は南アフリカを飛び出して、世界を旅しながら、これまでたくさんのサポートや愛を届けてくれた大陸の人々に自分の音楽を届けていくことだからね。
■タイラ(Tyla)の世界的成功もあり、近年は日本でも南アフリカの音楽といえばアマピアノが広く聴かれるようになりました。なので、あなたのような音楽家はそれをどういう感じで捉えているのかなと興味がありました。
MK:アマピアノは素晴らしいジャンルだと思う。でも、それがここ(南アフリカ)に存在するすべての音楽を代表しているわけではないんだよね。本当にたくさんの才能に溢れたアーティストがいて、ポップスやファンク、R&B、ソウルなどの分野で素晴らしいことをやっている。アマピアノが大きな存在になっていることには、それだけの理由があると思うよ。ただ、その影響によって、多くの人びとが “この国にはアマピアノしか存在しない” と感じてしまっているようにも思えるんだ。でも、実際にはその先に時代を先取りした素晴らしいことをやっているアーティストがたくさんいる。残念ながら、そうした人たちは世界規模では充分に紹介されたり、支援されたりしていないんだよね。僕自身についていえば、ファンクがいちばん好きなジャンルだから、ファンクをもう一度世界規模で拡げていきたい。アフリカ発のファンクもアマピアノと同じくらい素晴らしいものなんだということを、みんなにも理解してもらいたいと思っているよ。
■ちなみに、現行の南アの音楽シーンで好きなバンドやシンガーは?
MK:まず、本当に素晴らしいバンドの Kujenga だね。Easy Freak も凄いよ。他では Zoë Modiga もとても良いアーティスト。いますぐ思いつく中では、この3組が僕のトップ3だね。
■日本では、南アのインディ・ロック、クワイト(南アで独自発展したヒップホップ)、ジャズ、アフロ・フォークなどが断片的に伝わってきて話題になることはありますが、現行のファンクやR&Bとなるとほぼ知られていないですね。
MK:そうなんだよね。でも、それはそれで素晴らしいことだと思う。じつは、僕も高校生の頃に日本の60年代のファンクに出会って、それ以来ずっと夢中なんだ(笑)。日本のシーンは本当に大好きだし、とても素敵だと思っているよ。
■60年代の日本? 誰ですか?
MK:ちょっと思い出せないんだけど……でも、いまの日本の音楽家でも大好きな人がいるよ。たしか Nao Yoshioka という名前だったと思う。素晴らしいアーティストだ。
現実にある問題について語りながら、それでも人びとを踊らせたり、グルーヴできると感じてもらえたりすることもできる。それが、このアルバムをかなり特別なものにしていると思う。
■では、新しいアルバムの話をそろそろ。8/8にリリースされた『SOULWAVE 2153』は、大所帯編成によるファンク色がかなり前面に出て、生々しいグルーヴとメッセージに貫かれた作品となっています。
MK:この作品を誇りに思っているよ。僕は愛や希望、それに喜びについての作品を作りたいと思っていたんだ。特に現代は、何もかもが重苦しくて、人生が自分たちをどこへ連れて行くのかもわからないような時代だからね。だからこそ、人びとをひとつにしてくれるような、もっと希望に満ちた歌が必要だと思っているんだ。僕は、ファンクという音楽は愛や光、楽しさを通じて人びとを結びつけることができる優れた力を持ったジャンルのひとつだと信じている。だから、そうした思いを語る作品……人の感情に寄り添い、生きていることやいまこうして存在し続けていることへの感謝を感じさせてくれるような作品を作りたいと思った。だから、この物語は未来という視点から描きたいと思ったし、この音楽を通して人と人とが繋がってくれたらいいなと願っている。
■確かに、いまこんなにストレートに70年代の熱いファンク~ソウル勢、80年代の最も革新的だった時期のプリンスを連想させるアルバムが南部アフリカから届いたことに驚きました。
MK:やっぱりプリンスは僕にとって究極の音楽的インスピレーションなんだ。だから、そう言ってもらえて本当に嬉しい。アリガトウ(笑)。僕にとって70年代という時代は最も大きなインスピレーション源なんだ。世界的に見ても、最高の音楽は70年代に生まれたと思っている。その時代の音楽を2026年といういま、新鮮で現代的な形で表現できることは、僕にとって先祖やこの音楽を築いてきた多くの先人たちへの敬意を表すことでもあると感じているよ。
■70年代的なスピリットに満ちているけど、ビートはヒップホップ以降のモノになっていたり、単に懐古的にならないように作られているとも思いました。サウンド面で心掛けていたことは?
MK:僕たちは、とにかく壮大なサウンドにしたいと考えていた。聴いた瞬間に、ものすごいエネルギーと感情とが一気に伝わってくるような作品にしたかった。音に厚みがあればあるほど、その音楽をより深く受け止めてもらえると思っているからね。だから、生の楽器をたくさん使った。ギター、ベース、ドラム、ホーン、ストリングスも。まるでライヴを体験しているような作品にしたかった。というのも、この作品を携えてツアーに出て演奏したいと思っているから。だから、この作品を聴いて、実際にライヴで演奏した時にさらに大きなものになったと感じてもらえたら嬉しいね。
■これまでのあなたの音源はエレクトロニック色が強めでしたが、今回のアルバムはすごくライヴとダイレクトに直結した音へと変化しました。それに至った理由はあったんですか?
MK:今回のアルバムでは、多くのミュージシャンの友人たちが一緒に演奏してくれたんだ。多くのコラボレーターや、この音楽を信じて参加したいと思ってくれた人たちへと開かれていった。レコーディングの過程で、自分ひとりのものであることを超える存在になっていることに気が付いたよ。たくさんのミュージシャンが、愛や希望、喜びというメッセージを拡げるために同じ方向を向いているという、ひとつのコミュニティ・プロジェクトになっていた。僕が願っているのは、この音楽が人びとを繋げて、みんなに生きている実感や繋がりを感じてもらうことなんだ。それは、アーティストとして僕がずっとやりたかったことだった。今回のアルバムでそれを実現できたことを、とても嬉しく思っているよ。この作品は僕にとって最も長いアルバムでもある。野心的な作品だと感じる一方で、とても勇気のある作品でもあると思っているんだ。よりたくさんの実験を試みたし、ステージ上でたくさんのミュージシャン一緒にとみんなに届けられることを本当に楽しみにしているよ。
■なるほど。作りながらどんどん壮大な音になっていったんですね。
MK:このアルバムは、たくさんの痛みや悲しみから生まれたものなんだ。僕が感じたかったのは、希望と少しでも前向きな気持ちだった。だから、最初に作り始めた時点では、まさに癒しのプロセスだったんだよね。そこにたくさんのミュージシャンたちが参加してくれるようになってからは、スタジオに行って完成に向けて作業する毎日が、どんどん喜びに満ちたものになっていった。
■収録曲のほとんどを共同制作したライアン・マーシャル(Ryan Marshall)とは、もっと落ち着いた感じのローファイ・ヒップホップ調のホリデー・アルバムを2枚作っていますが(どちらもサブスクで聴けます)、今回はまったく別人のような音作りで、それも興味深かったです。
MK:今回のアルバムを作っている中で、自分自身がよりパワフルな領域へと踏み込んだような気がしているんだ。僕はあと数週間で30歳になるけど、人生の新しいタイムラインに踏み出していくことをとても楽しみにしているよ。恐れることなく、自分がいま経験していることについて完全に正直になることを受け入れたかった。それを歌にして吐き出して、自分自身を癒したかったんだ。
■ちなみに、ラスト曲の “HOPE!” にポエトリーで参加しているジェイムズ・マッキニー(James Mckinney)は、過去にメルバ・ムーア(Melba Moore)やフレディ・ジャクソンの楽曲を手がけたり、スティーヴィー・ワンダーとも共演歴がある米国の大物プロデューサー/キーボード奏者だと思いますが、彼とはどんな繋がりが?
MK:じつは、彼は僕の叔父なんだ(笑)。もう長い間、僕のメンターでもある存在で、数日おきに電話して近況を話すような仲なんだ。このプロジェクトについて彼に話していたときに “あなたにとって Hope とはどういう意味なのか、ヴォイス・メッセージで送ってもらえないか?” とお願いして送ってくれた言葉がコレだったんだよね。
■まさか叔父さんだったとは(笑)。お話を聞いていると、ひと廻りしてあなたの音楽的原点に立ち返った作品だったのかな、という気もしますが。
MK:まさにそうだね。アルバムを作っている最中に気付いたんだけど、19歳の頃から音楽を作っていて今回がいちばん楽しかったんだ。当時は初めてプロのスタジオで仕事をして、たくさんの人と出会うようになった時期だった。まだ子どもだったし、経済的にどうやって生きていくかとか、ストリーミングのことも売上のことも考えていなかった。ただ音楽を作ることの喜びだけを考えていたんだよね。それから大学を卒業して音楽を追究していくようになって、そこでコロナ禍が起きた。その間に、自分自身の多くの部分を失ったように感じていたんだ。音楽を作るときに持っていた子どものような純粋な驚きやワクワク感もかなり失ってしまったと思う。
だから、今回もそもそもアルバムを作ろうと思っていたわけではなかったんだ。ただ音楽を作って、それが結果的にアルバムになったという感じだね。それが最も美しい経験になった。何かを作らなければいけないというプレッシャーがまったくなかったから。ただ、作らずにはいられないという気持ちがあったんだよ。子どもの頃から自分が作りたいと思っていたものを、人生が30年に近付いたいま、実際に作ることができた。
■今回のアルバムは欧米圏のファンクとかソウルの影響が強いサウンドではあるけれど、やはりいまのアフリカからしか出て来ないような独自性をすごく感じました。今回のアルバムが持っている独自性みたいなものは、どこにあるとあなた自身は考えますか?
MK:僕自身、そういうことについてあまり考えたことはなかったんだけどね。でも、歌詞の内容に注意して聴いてもらえば、抵抗、抑圧、社会正義、愛、そしてコミュニティについて歌っていることがわかると思うけど、いまのアーティストでこうしたテーマについて語っている人はそんなに多くないと思う。僕はずっと、こうした問題について正直に語りたいと思ってきた。というのも、ニーナ・シモンが言っていたように、アーティストはその時代を映し出さなければならないと思うから。それをすることは、自分の務めだと感じているよ。現実にある問題について語りながら、それでも人びとを踊らせたり、グルーヴできると感じてもらえたりすることもできる。それが、このアルバムをかなり特別なものにしていると思う。すごく暗い作品というわけではない。暗闇を取り上げながらも、それを人びとが音楽に合わせて動くことのできる場所へと持っていっているんじゃないかな。
アフリカの視点から “アフロフューチャリズム” を作ろうとしているんだ。
■いまの世界情勢はかなり酷いものになっていると思いますが、そんな状況中で、愛や希望を問いかけるアルバムを作る必要があると感じたとこともありましたか?
MK:もちろん、そうだね。僕はアーティストには “声” があると思っている。つまり、音楽にはものすごく大きな影響力があるんだ。人を癒すこともできるし、人を傷つけ、破壊することもできる。その中で、僕は音楽を通して人を癒すことを選びたいんだ。でも同時に、さまざまなコミュニティで何が起きているのか、その現実にも人びとに目を向けてもらいたいと思っているよ。
■アルバム自体は2153年から発信しているという設定になっていて、3つのインタールードを含むトータル性の高い作品になっていますが、この2153年という設定はどこから?
MK:ただの思い付きだよ(笑)。何年か前、ライヴをしたりインタヴューを受けたりしていた頃に思い付いたんだ。よく “自分自身をどう説明しますか?” と訊かれて、いつも “僕は2153年から、現状を打ち壊すために送り込まれたアーティストです” と答えていたんだ(笑)。それで未来から現在へ送られて来た音楽というストーリーを考えたときに、タイトルを『SOULWAVE 2153』にするのは面白いんじゃないかと思った。特に僕はSFとフューチャリズム(未来主義)に夢中だから、語りかけるのにすごく面白いタイムラインだと思ったんだ。
■いわゆるアフロフューチャリズムにも影響を受けていると思いますが。ぜひ訊きたかったのは、やはり米国の黒人が持つ未来のアフリカへの視点というのと、アフリカで生活してきた人びとが描く未来というのは違うと思うんですよね。そのあたりについては、どう考えていたりしますか?
MK:そうだね。そう思う。でも、僕たちはディアスポラとして繋がっているんだ。僕自身、アフリカ系アメリカ人の家族もいるし、アフリカの家族もいるけれど、多くの場合、自分たち自身やそれぞれのコミュニティに何を望むのかという点では違いがあるね。ただ、僕が “繋がっている” と思うのは、完全な解放を求めているところ。世界中の黒人にとっての未来は、西洋の帝国主義や白人至上主義、植民地主義といった、僕たちをずっと縛り付けてきたものから自由になることだと思う。アフリカに住む人びとにとっては、いまも残っている植民地主義的な制度の多くを完全に解体することが目標になるべきだと思っているよ。いまだに国境や誰が何にアクセスできるのかについて議論されているし、それは僕たちがまだ向き合い、話し合いながら答えを模索している問題でもある。
一方で、アメリカには解決されなければならない奴隷制度の問題が依然としてある。アメリカでは、黒人が多数派であるアフリカと比べると、白人至上主義がより強く存在していると思うんだ。だから、アフロフューチャリズムのコンセプト自体はかなり違うものだと思うよ。でも、世界規模で全員が解放されることを望んでいるという点では、みんな繋がっていると僕は思う。それが経済的なものであれ社会的なものであれ政治的なものであれ、結局のところ僕たちが闘っているのは “自由” なんだ。
■アフロフューチャリズムへの関心は、アフリカでも高まっているんですか?
MK:うーん、そこまで高まっているとは思わないね。アメリカのアフロフューチャリズムは、サン・ラーやファンカデリック、アース・ウィンド&ファイアなんかが、70年代からたくさんの未来的な要素を打ち出していたところがある。でも、アフリカでは、メディアの中というよりも、むしろフォークロア(民間伝承)の中にあるという感じだと思う。アメリカの方が、こうしたことを実現するためのテクノロジーによりアクセスしやすいから、僕たちはかなり遅れていると思うよ。でも、僕のような音楽家やクリエイターが、アフリカの視点から “アフロフューチャリズム” を作ろうとしているんだ。
■今回のアルバムからは、アフリカ発信のアフロフューチャリズム的感性みたいなものも感じ取れて面白かったです。
MK:もっと多くのアーティストが作品を作るきっかけになれたらと思っているよ。アフロフューチャリズムってすごく楽しくて面白いと思うから。音楽という表現を通して、そういう物語を語るというのもとても面白いし、もっと多くのミュージシャンが出て来てくれたらいいなと思っているよ。
■今回のアルバムに影響を与えたアフロフューチャリズム関連の作家や音楽家を挙げると、具体的には誰になりますか?
MK:過去のアーティストではサン・ラー、アース・ウィンド&ファイア、ファンカデリック/パーラメント、それにアリス・コルトレーンだね。それと、やはり70年代という時代そのもの。アメリカの70年代は、黒人のアーティストやイノヴェーターたちにとって本当に素晴らしい時代だったと思うから。だから、過去に立ち返りながら、同時に未来について語りかける作品を作るというのが、今回このサウンドを作る上での僕なりのアプローチだったんだ。
■最後に、今回の作品リリースを機に様々なタイプの日本のリスナーがあなたの音楽を聴くことになると思いますが、どういう点を聴いて欲しいなどのメッセージがあれば。
MK:日本のファンには、この音楽を聴いて立ち上がって踊って欲しいと思っているよ。聴いて気持ち良くなって、愛されていると感じて、幸せな気持ちになって欲しい。さっきも言ったとおり、このサウンドはエレクトリックで、ラウドで、プラウド(誇り高く)で、セクシーで、サッシー(お洒落で粋)だからね。それに、そういうものを日本のオーディエンスから引き出したいんだ。というのも、僕自身、子どもの頃からたくさんの日本の音楽や日本のメディアに影響を受けてきたからね。だから、本当にこの音楽を気に入ってもらえたら嬉しいし、いつか僕が日本に行けたら、そこでみんなと繋がって、もっと音楽について分かち合えたらと思っているよ。
取材・文:吉本秀純(2026年8月25日)