Home > Interviews > interview with Dennis Harvey and Lars Lovén - アイルランドのフォーク・シーンを追った映画『ケルト・ユートピア』

「ケルト・ユートピア」
監督: デニス・ハーヴェイ、ラース・ローヴェン
プロデューサー: エリン・リレマン・エリクソン
出演:ザ・マリー・ワロパーズ、ランクム、ザ・デッドリアンズ 他
2025年/90分/スウェーデン、アイルランド/アイルランド語、英語
原題: Útóipe Cheilteach 英題: Celtic Utopia
配給:ユーロスペース
2026年8月22日(土)ユーロスペースほか全国順次公開
© MDEMC & SVERIGES TELEVISION SVT 2025
フォーク・ミュージックは民衆による民衆のための音楽である性質上、つねに共同体のアイデンティティや記憶を浮かびあがらせてきた。ささやかな日々の暮らしのディテールや感情の機微が、そこでは生き生きと立ちあがる。現代のフォークを特集した紙『ele-king vol.29』も、そうしたコンセプトに貫かれていたはずだ。フォークは何度もリヴァイヴァルを繰り返しながら、そして、社会や歴史を「人びと」のものとして語るのだ。
アイルランドの現代のフォーク・(リヴァイヴァル・)シーンを取り上げたドキュメンタリー映画『ケルト・ユートピア』は、ミュージシャンのインタヴューと演奏を織り交ぜたシンプルな構成を取りながら、アイルランド社会や歴史の複雑さに鋭く迫る一本である。イングランドによる植民地支配の歴史や消えていくアイルランド語、カトリック教会の権力、そして北アイルランド紛争。そういったアイルランド文化や社会にまつわる多くの要素が、フォークを通して再考されるのだ。現代のアイルランドのフォーク・シーンにはアイルランド語をはじめとするアイルランドのアイデンティティを守ろうとする価値観があり、もう一方では保守主義に対する抵抗がある。その両方の動きを共存させることで、彼らはアイルランド社会の調和の可能性を探求しているのだ。
もちろん、多くのアイルランドのミュージシャンが登場するのも本作の魅力だ。エレキングにこれまで登場したアーティストとしてはランクムのイアン・リンチがアイルランド語の意義について率直に語っているし、多くの勢いのある若手のアイルランドのフォーク・ミュージシャンが個性を見せている。なかでも気骨がありそうな風貌のザ・メリー・ワロパーズが語る「フォークは権力者に対して毒舌なんだ」という発言は、本作の姿勢を言い表しているだろう。また、音楽的にはいわゆるフォークだけでなく、エレクトロニック・ミュージックやラップにまで広がっていくことも、本作がジャンルとしてではなく精神性としてのフォークをテーマとしていることの証明だと言える。
監督を務めたのは、アイルランド出身のデニス・ハーヴェイとスウェーデン出身のラース・ローヴェン。以下のインタヴューでは、本作の意図について非常に明快に語ってくれた。フォークが街なかで日常的に演奏され続けているアイルランドで、いま、ミュージシャンたちが夢見る未来の可能性がここには示唆されている。
■まず、映画をとても楽しみました。『ケルト・ユートピア』ではフォーク・ミュージックを題材とすることで、歴史や社会を権力者ではなく、人びとの視点から捉えていますよね。現在起きているフォーク・リヴァイヴァルを通して、アイルランドの複雑な歴史や社会を読み解こうというアイデアは、どのように生まれたのでしょうか。
デニス・ハーヴェイ:ありがとうございます。そう言っていただけて嬉しいです。この映画は、たしかロカルノ映画祭でプレミア上映されたのですが、そのときプログラマーがこんなことを書いてくれたんです。「この映画を観ると、まるで地面の石をひとつ持ち上げれば、その下で誰かが音楽を奏でているような気がする」と。
それは本当に言い得て妙だと思いました。わたしたちもアイルランドの歴史や政治、文化について映画を作ろうと考えたとき、音楽というのは、それらを探っていくためのごく自然な入口のように感じられたんです。というのも、音楽はアイルランドの暮らしのあらゆる側面に深く根づいているからです。
それに、アイルランドのようなポストコロニアルな社会では、音楽は本質的に政治とも結びついています。だから、こうしたテーマを掘り下げるには、これ以上ない題材だと思いました。それに、音楽を聴くのが嫌いなひとなんて、あまりいませんよね(笑)。政治的な出来事について語るときも、音楽があることで、そうした歴史や社会の動きをより身近に、より深く感じられるようになると思うんです。
ラース・ローヴェン:それからもうひとつ大きかったのは、最初から非常に良いアーカイヴ映像を持っていたことです。当初はスウェーデンのテレビ局が保管していた映像だけだったのですが、彼らはこれまで何度もアイルランドを取材していて、本当に素晴らしい映像がたくさん残されていました。
だから、歴史と音楽、そして政治をひとつの作品のなかで結びつけるという発想は、ある意味では映画作りを始めた時点ですでに備わっていたんです。手元にあった素材そのものが、そういう映画を求めていたと言えるかもしれません。

デニス・ハーヴェイ Photo by George Hooker
フォーク・ミュージックというものはつねに変化し続け、更新されているということでした。「伝統」と呼ばれてはいますが、実際には伝統そのものが変化していくものなんです。(ハーヴェイ)
■音楽ジャーナリストでもあるローヴェン監督にお聞きしたいのですが、アイルランド音楽のユニークなところは何だと思いますか?
ローヴェン:デニスも話していましたが、ひとつ特徴的なのは、フォーク・ミュージックが社会のなかに非常に深く存在していることだと思います。
もちろん、どこの国にも伝統音楽はあります。でもアイルランドでは、その存在の仕方がまったく違うんです。実際に、伝統音楽のバンドやフォーク・ミュージシャンが、どんな町や小さな村のパブでも毎日のように演奏しているんです。
たとえばわたしの出身国のスウェーデンを考えてみると、非常に豊かな音楽文化を持つ国ですが、パブで伝統音楽の生演奏を聴くということはほとんどありません。もちろん例外はあるでしょうが、わたし自身は人生のなかでそういう経験をしたことはないですね。スウェーデンでは、伝統音楽は特別なコンサート会場で演奏されるものなんです。
でもアイルランドでは、伝統音楽があらゆる場所に存在している。そのことによって、人びとと音楽との関係性も違ってくるのだと思います。音楽ジャーナリストでもなければ、ミュージシャンでもないひとでさえ、伝統音楽と何らかの関わりを持っている。積極的に聴いているわけではないかもしれないし、好きではないひともいるでしょう。でも、日常のなかで触れる機会があるから、誰もが自分なりの関係性を持っているんです。
わたしにとって、それは多くの西洋諸国とは大きく異なる点です。以前、アフリカを舞台にした『Fonko』という映画も作りましたが、いくつかの非西洋圏の国々では、伝統音楽と人びとの生活の間に、こうした自然な関係が存在しているように感じました。つねに身近なものとして体験されているんです。だからヨーロッパという文脈で考えたとき、アイルランドはその点でとてもユニークな国だと思います。

■なるほど、とても興味深いです。この映画では、若い世代のミュージシャンたちが多く登場し、彼らが自分たちの歴史との関係や、国の非常に複雑な歴史やアイデンティティについて語っています。こうした傾向は昔からあったのでしょうか。それとも近年になって、若いミュージシャンたちが自国の歴史やアイデンティティについてより意識するようになってきたのでしょうか。
ハーヴェイ:そうですね。わたしたちは若い世代に焦点を当てることにとても関心がありました。というのも、政治的な主張をしたり、何か社会を変えようとしたりするとき、若い世代にはより進歩的で、より楽観的な考えを持っているひとが多いと思うからです。
もちろん、上の世代のひとたちも登場します。ただ、ドキュメンタリー映画というのは制作にとても長い時間がかかるもので、この映画も5年ほどかけて作りました。その過程で、登場したひとたちのなかにはかなり年齢を重ねたひともいましたね(笑)。
過去のことについてわたしがあまり語ることはできませんが、たとえば1970年代にもフォーク・リヴァイヴァル、あるいはフォーク・ルネサンスと呼べるような動きがありました。プランクシティ(Planxty)のようなバンドが登場し、その少しあとにはザ・ポーグスのような存在も出てきました。そうした動きもやはり、当時の若い世代によって担われていたのだと思います。
おそらく、何かを前に進める役割を果たすのは、いつの時代も若いひとたちなのかもしれません。若いひとたちは、新鮮な目で世界を見ることができますからね。そして、それはアイルランドという国そのものとも重なる部分があります。南アイルランドが独立してから、まだ100年ほどしか経っていません。つまり、若い世代による音楽や政治的な意識の変化は、ある意味で、ひとつの国が成熟していく過程とも重なっているのだと思います。
■若い世代でいうと、映画の序盤にザ・メリー・ワロパーズ(※1)が登場しますよね。彼らの話がいきなり面白いので、観客を映画の世界へ引きこむ力があると感じました。彼らを冒頭に置いたのは、若い世代のミュージシャンを象徴する存在として取り上げたかったからなのでしょうか。
ハーヴェイ:もちろんです。ザ・メリー・ワロパーズとの撮影は、本当に楽しい経験でした。というのも、彼らはとにかくずっと話しているんです(笑)。
しかも、わたしたちはとても良いタイミングで彼らを撮影することができました。撮影したのは2021年の夏だったのですが、その頃アイルランドは新型コロナによるロックダウンを経験した直後でした。それ以前の彼らは、国中を飛び回ってライヴをして、いつもパブにいて、いつもひとと話しているような生活をしていたんです。でも、そうしたことが1年半ほどできなくなっていた。だから、彼らはひとに会うことや、話すことにものすごく飢えていたんだと思います。それに、わたしたちが撮影を始めたすぐ後に、彼らはさらに有名になっていきました。つまり、まだ大きくブレイクする直前の、とても良い時期に撮影できたんです。
彼らはカメラの前で本当にひとを惹きつける力があります。映画にとても大きなエネルギーを与えてくれました。観ているひとを引き込むし、とても面白い。そして、彼らはかなり破天荒なひとたちです(笑)。何でも言ってしまうんですよ。
そういうところも、この映画を象徴していると思います。わたしたちは、反抗的な精神や、既存のものに抵抗するシーンに関心がありました。そして、アイルランドを新しい視点から見つめようとしていました。彼らはまさにそれを体現していると思います。
もちろん、彼らにはアイルランドのフォーク・ミュージシャンらしい、よく知られた特徴もあります。ある意味では、彼らは(ザ・ポーグスの)シェイン・マガウアンとそれほど遠くない存在です。もちろん、彼ほど酔っぱらったり、ドラッグに溺れたりしているわけではありませんが(笑)、あのワイルドで、少し過激で、常識からはみ出したようなスタイルには、たしかにアイルランド音楽の伝統があります。彼らはその流れのなかにいると思います。
※1 ザ・メリー・ワロパーズ(The Mary Wallopers)……ダンドーク出身のフォーク・バンド。現在はヘンディー兄弟を中心とする5人編成。アイルランドの伝統的なバラードとパンクをミックスしたサウンドと社会批判を含んだ歌詞で注目されている。

ラース・ローヴェン Photo by Elisabeth Marjanovic Cronvall
スウェーデンでは、伝統音楽は特別なコンサート会場で演奏されるものなんです。でもアイルランドでは、伝統音楽があらゆる場所に存在している。(ローヴェン)
■一方で、もっと年上の世代のアーティストとして、わたしはジンクス・レノン(※2)の存在にも惹かれました。映画のなかで彼はある種、シーンの父親的な存在感を持っていますよね。アイルランドのフォーク・シーンでは、そのように異なる世代のミュージシャンたちが共存しているのでしょうか。
ローヴェン:そうですね、間違いなく多くの世代が存在しています。
ただ、ジンクス・レノンについて言えば、彼は現在の他のアーティストと比べると、それほど広く知られている存在ではありません。でも、彼は多くの若いミュージシャンにとって父親のような存在なんです。彼はダンドーク出身で、そこはザ・メリー・ワロパーズの出身地でもありますし、チチをはじめネグロ・インパクト(※3)のメンバーたちがいる場所でもあります。だから、彼の周りには彼を非常に重要な存在として語るひとがたくさんいます。
彼らが音楽を始めた頃、そして、他にはないような奇妙で、進歩的な音楽を作ろうとするときに、ジンクスから大きな影響を受けたと話しているんです。実際に聴けばわかりますが、彼の音楽は気軽に聴けるものではありませんよね(笑)。でも、とても興味深いし、本当に素晴らしい。だから彼は、こうしたアーティストたちにとって、本当に父親のような存在なんだと思います。
※2 ジンクス・レノン(Jinx Lennon)……ダンドーク出身のシンガー、詩人。社会問題を主題とする楽曲をスポークン・ワード交じりのヴォーカルでまくしたてる弾き語りのスタイルで知られている。
※3 ネグロ・インパクト(Negro Impacto)……ヴォーカルのチチとプロデューサーのローレンスによるソウル・デュオ。R&B、ファンク、ロックを洒脱にミックスしたサウンドで人気を集めている。

■この映画にはミュージシャンへのインタヴューが数多く登場しますが、それと同じくらい引きこまれるのが演奏シーンです。彼らのパフォーマンスを撮影する際に、何を大切にしていましたか?
ハーヴェイ:最初からわたしたちがとても強く意識していたのは、音楽を「生きた場所」で撮影するということでした。つまり、スタジオに入ってアーティストを撮影したり、大きなコンサートのような形で演奏を撮ったりすることは、やりたくなかったんです。わたしたちが見たかったのは、彼らが街にいて、パブだったり自宅だったり、人びとのなかにいる姿でした。
それから、もうひとつ大切だったのは、何が起こるかわからない状況を捉えることでした。観客とのやり取りや、突然の中断、予想外の出来事が起きることを期待していたんです。
映画の序盤でショーン・フィッツジェラルド(※4)が橋の上で演奏しているとき、男性が川に飛びこむ場面がありますよね。あれはじつは、この映画全体で最初に撮影したシーンでした。もちろん、最初からあれほど多くのハプニングや混乱が起きるとは思っていませんでした(笑)。でも、まさにわたしたちが求めていたのは、そういう予測できない瞬間だったんです。
だから、カメラは2台使うことにしました。ひとつは音楽やミュージシャン自身を捉えるため。そしてもうひとつは、その場で起きていること、あるいはフレームのなかに現れるかもしれないものを捉えるためです。それは撮影を始めたときから、わたしたちにとってとても重要なことでした。
※4 ショーン・フィッツジェラルド(Sean Fitzgerald)……ダブリンのシンガーソングライター、詩人で、オルタナティヴなアイリッシュ・フォーク・バンドのザ・デッドリアンズ(The Deadlians)のフロントパーソン。
■映画の終盤では、ラッパーのヤング・スペンサー(※5)が登場します。本作にヒップホップのアーティストが登場するのは非常に興味深いと思いました。彼を起用したのは、彼の存在がアイルランドのフォーク・リヴァイヴァルのシーンと、ある意味で共鳴していると考えたからなのでしょうか。
ローヴェン:そうですね。わたしたちが「フォーク・リヴァイヴァル」について考えたとき、いわゆるフォーク・ミュージックと呼ばれるものだけに限定したくはありませんでした。たとえばネグロ・インパクトも登場しますが、彼らはどちらかというとネオ・ソウルのような音楽をやっています。わたしたちが関心を持っていたのは、ジャンルとしてのフォーク音楽というよりも、フォーク音楽が果たしてきた役割を持つ音楽でした。
つまり、地域の人びとやその国の人びとにとって意味を持ち、彼らのアイデンティティと結びつき、そして現在起きていることについて語る音楽です。だから、わたしたちは「これはフォーク音楽で、これは違う」と境界線を引きたくなかった。フォークとは何なのか、何がフォークになりえるのか、そしてフォークがどのような役割を果たすのかについて、もっと広い視点を持ちたかったんです。
もちろん、ヤング・スペンサー自身も非常に興味深い存在です。彼は北アイルランド紛争におけるもう一方の側、つまりあまり描かれることのない側の出身です。彼は英国との統合を望むロイヤリスト側の環境で育ちました。
しかし同時に、彼自身がとても興味深い人物なんです。とても温かい人柄で、人びとの間に橋を架けようとしている。異なる人びとに手を差し伸べようとしているんです。だから彼は、ロイヤリスト側についても別の視点を与えてくれる存在だと思います。
北アイルランド紛争を扱うとき、ロイヤリストはしばしば対立や強硬な思想を持つ人びとを通して描かれがちです。でも、ヤング・スペンサーのような人物を見る機会は、それほど多くないと思います。少なくともわたし自身、映画やニュースのなかで彼のようなひとを多く見た記憶はありません。
だから、彼を映画に入れた理由は、基本的には彼自身が魅力的な人物だからです。彼は本当に素晴らしい人間です。もちろん、映画の構成や演出的な理由など、ほかにもいろいろな理由はありますが、一番大きいのはそこですね。
※5 ヤング・スペンサー(Young Spencer)……ベルファスト生まれのラッパー。アグレッシヴなトラックに乗せて自身のヘヴィな経験やアイデンティティについてラップしている。
■まさに、そこが映画の核心のひとつですよね。わたしはBBCのニュース(https://www.bbc.com/news/articles/c3w1153zq94o)で知ったのですが、ヤング・スペンサーは政治的に対照的な立場にいるニーキャップといっしょにライヴをおこなったそうですね(註:ニーキャップはアイルランドの独立を訴えるアイルランド共和主義で知られている)。若い世代はこのように、政治的な対立を乗り越えようとしているのでしょうか。
ハーヴェイ:はい、間違いなくそうだと思います。いま、ニーキャップとヤング・スペンサーがとても親しい関係にあるというのは、本当に素晴らしいことです。彼らはこれまでにも何度かいっしょにライヴをしています。
ニーキャップは、自分たちのメッセージについて非常に明確で、そして一貫した姿勢を持っています。彼らは「自分たちはフォールズ・ロード出身のカトリックだ」と言っています。フォールズ・ロードのすぐそばには、プロテスタントの人びとが暮らすシャンキル・ロードとの間を隔てる、大きな壁があります。本当に巨大な壁です。
でも彼らは言うんです。「壁の向こう側にいる労働者階級の人びとのほうが、わたしたちとはずっと多くの共通点がある。自分たちを代表しているはずなのに、日々の生活の苦しみから完全に切り離されている政治家たちよりも、彼らとのほうがはるかに近い」と。
もちろん歴史的にも、そして政治の世界においても、大きな分断は存在してきました。でも実際には、ベルファストのカトリック側の労働者階級の人びとも、そしてさまざまな階級の人びとも、たくさんの共通点を持っているんです。
結局のところ、彼らが望んでいることは大きく違いません。平和に暮らしたい。学びたい。働きたい。普通の人生を送りたい。そういうことなんです。
そして、ヤング・スペンサー自身も映画のなかで言っていますが、もし変化が起きるなら、それは自分たちの世代から始まらなければならない。彼らはみな、和平合意の頃、あるいはその後に生まれた世代です。だから彼らは、紛争後の社会が抱えるトラウマや問題を受け継いでいます。でも同時に、過去の世代とは違う関係性も持っている。歴史を理解している。でも、異なる宗教的背景を持っているという理由だけで、隣人を撃たなければならなかった世代ではありません。
だから彼らは前に進むことができる。そして、植民地主義的な構造によって人びとが分断されてきたこと、その分断の無意味さを見ることができるんです。それを見るのは本当に素晴らしいことです。
だから、ヤング・スペンサーをこの映画に入れることは、わたしたちにとって非常に重要でした。おそらく、もっと有名なバンドであるニーキャップを登場させるよりも、意味があったと思います。実際、わたしたちはニーキャップに出演してもらうことはできませんでしたしね。でも彼らとは会いましたし、彼らはとても素敵なひとたちで、ヤング・スペンサーを映画に入れることをとても喜んでくれました。だからこそ、この映画においてヤング・スペンサーを扱うことは、とても意味のあることだったと思います。

■なるほど、ありがとうございます。この映画を通してわたしが興味深いと思ったのは、現在のフォーク・リヴァイヴァルのなかで、伝統を捉えなおそうとする側面と、保守的な価値観に抵抗する側面の両方が存在することでした。それらが同時に、かつ複雑に起きているのだと。この映画を作るなかで、監督ご自身は何を発見しましたか?
ハーヴェイ:わたしたちが興味を持ち、そして勇気づけられたことのひとつは、フォーク・ミュージックというものはつねに変化し続け、更新されているということでした。「伝統」と呼ばれてはいますが、実際には伝統そのものが変化していくものなんです。
国が変われば、社会の人口構成が変われば、そして人びとが変われば、伝統もそれに合わせて変化していく。それは、この映画のなかで音楽を捉えるうえで、とても重要なことでした。わたしたちが持っていたフォーク・ミュージックの広い定義も、まさにそのことを反映しています。つまり、ほとんどどんな音楽でも「民衆の音楽」になりうるし、政治的な音楽になりうる。そして、その国について何かを語ることができるんです。
それから、わたしたちはアイルランドを、一般的に想像されるような伝統的なイメージとは少し違う形で描こうとしていました。だからこそ、若い黒人アイルランド人女性であるチチが登場し、ロイヤリストの伝統を持つヤング・スペンサーが登場する。そして同時に、多くのひとが「アイルランド人らしい」と想像するような姿や音楽を持つ人びとも登場する。そうしたものがすべて同時に存在しているんです。
音楽は、変化していく国や文化そのものを反映している。映画を作り始めたとき、そうであってほしいと思っていました。そして実際に撮影を進めるなかで、本当にそうだったことを発見できたんです。それは本当に素晴らしいことでした。
取材・文:木津毅(2026年8月19日)
木津 毅/Tsuyoshi Kizu