Home > Columns > 4月のジャズ- Jazz in April 2025
Knats
Knats
Gearbox
ビンカー・アンド・モーゼス、テオン・クロス、サラティー・コールワール、チミニョなどから、最近はエリオット・ガルヴィンと、〈ギアボックス〉はロンドン、特にサウス・ロンドンのアーティストのリリースが多い。それらの中にはフリー・ジャズやフリー・インプロヴィゼイションに傾倒したリリースも目につくのだが、このたび〈ギアボックス〉から登場したナッツはそれらとは異なるタイプで、ニューカッスルのアポン・タイン出身となる。ベーシストのスタン・ウッドワード、ドラマーのキング・デヴィッド=アイク・エレチによるユニットで、レコーディングにはトランペットのファーグ・キルスビーはじめジョーディ(ニューカッスル地方の人々を指す俗称)のジャズ仲間が参加するなど、形態としてはブルー・ラブ・ビーツに近い。2024年秋ごろからシングルをリリースし、今回ファースト・アルバムを発表するのだが、レコーディングはロンドンのスタジオで行い、ゲストにはアコーディオン奏者のアナトール・マイスターらの名前もクレジットされる。
ハード・バップ調のホーンを擁した“One For Josh”や“500 Fils”、ジョー・ヘンダーソンの“Black Narcissus”をブロークンビーツ的に斬新に解釈したカヴァーなど、伝統的なジャズのスタイルと現代的なビート感覚を融合した作品集となっていて、エズラ・コレクティヴやモーゼス・ボイドなどに共通するようなアーティストと言える。また、鍵盤はフェンダー・ローズなどエレピが主となり、1970年代のフュージョンやジャズ・ファンクのエッセンスが漂う。パーカッシヴなリズム・セクションによるラテン・フュージョンの“Rumba(r)”がその代表だ。アナトール・マイスターのアコーディンをフィーチャーした“Miz”は、ブラジルのアコーディオン奏者であるドミンギーニョスがワギネル・チソやジウベルト・ジルらと共演した『Domingo, Menino Dominguinhos』(1976年)を彷彿とさせるフュージョン調の作品。ミスティカルなスキャット・ヴォーカルを配した“In The Pit”は、1970年頃の欧州産のダークなジャズ・ロックやプログレに通じる。そして、アルバム全体としてスタンとキングの愛する人たちに捧げられていて、スタンは“Tortuga”で母への愛と感謝を示し、“Se7en”ではDJだった父への感情や関係を投影している。ゴスペルや民謡を取り入れた“Adaeze”はキングの亡き姉に対する楽曲で、西アフリカのリズムや楽器を用いている。
Niji
Oríkì
Aeronxutics
ニジ・アデレエはイースト・ロンドン生まれのピアニスト/作曲家/プロデューサーで、ナイジェリアにルーツを持つ。14歳のときに教会でオルガンを弾いたのが初めての演奏体験で、その後クラシックとジャズのレッスンを受け、ロンドンのジャズやゴスペル・シーンで演奏してきた。セッション・ミュージシャンとしてハリー・スタイルズ、ストームジー、グレゴリー・ポーター、チャーリー・プース、ミシェル・ウィリアムズらのツアーやセッションに参加するなどキャリアを積み、2015年にはファースト・ソロ・アルバムの『Better Days Ahead』をリリースしている。ニューヨークにも拠点を持ち、マジソン・スクエア・ガーデンでNBAのニューヨーク・ニックスの専属オルガン奏者を務めるなど、ロンドンとNYを往来しながら活動を続けているが、近年はモーゼス・ボイドとコラボして“Sounds Of The City”という楽曲もリリースしている。その“Sounds Of The City”も含むアルバムが『Oríkì』で、6年もの歳月をかけて制作されたものだ。
『Oríkì』はアルバムのジャケットにもある曾祖母のマチルダ・タイウォに捧られており、“Mata”というナンバーはそのマチルダの愛称でもある。ニジのルーツであるナイジェリアのヨルバ族のフジ音楽や踊りに多大なインスピレーションを受けており、“A13 Fuji”はダイナミックなアフロ・フュージョンとなっている。アフロノート・ズーのヴォーカルを配した“Jayé (Dance Dance Dance)”はその名の通りダンサブルなアフロ・ディスコで、アフリカ音楽の大地から沸き立つような力強さに満ちている。一方、“Àdùnní”はゆったりと牧歌性に富むメロウな作品で、ココロコあたりに通じる部分を感じさせる。ロンドンのジャズ・シーンにはアフリカをルーツに持つミュージシャンが多く、その代表例がココロコであるが、彼らはジャズとアフリカ音楽を結び、さらにアフリカ音楽から枝分かれしたラテンやレゲエなどを結び付け、ディアスポラである自らのルーツやアイデンティティを探る活動を続けている。ニジもそうしたアーティストのひとりと言える。
Nadav Schneerson
Sheva
Kavana
ナダヴ・シュニールソンはロンドンを拠点とするユダヤ系のドラマー兼作曲家で、16歳の頃よりトゥモローズ・ウォリアーズでピアノ演奏から作曲など音楽全般を学んだ。現在25歳の彼は、世代的にはヌバイア・ガルシア、ジョー・アーモン・ジョーンズ、エズラ・コレクティヴらの次にあたり、これからのロンドン・ジャズ・シーンを担う存在である。これまでスティーム・ダウン、グレッグ・フォート、チャーリー・ステイシー、ドン・グローリー、フィン・リースといったアーティストたちと共演してきており、この度リリースするのがファースト・アルバムの『Sheva』である。楽曲は17歳の頃に作曲して温めてきたものもあり、22歳でレコーディングを開始し、その後3年かけて完成させた。レコーディングには、本作リリースの同時期にアルバム『El Roi』を発表した注目のピアニストのサルタン・スティーヴンソンほか、サム・ワーナー(トランペット)、ウィル・ヒートン(トロンボーン)、ジェームズ・エイカーズ(サックス)、アフロノート・ズー(ヴォーカル)らが参加。7人編成のバンドとしてライブ活動も行っていて、本作も全てライヴ・セッションによる録音が行われている。
アルバム・タイトル曲の“Sheva”はヘブライ語で7を指し、ユダヤ教において神聖な意味を持つ。“Sheva”は7拍子で、イスラム特有の変拍子を用いたものだ。このように、アルバム全体でアラビア音楽をモチーフとした作品が並び、“Yalla”に見られるように複雑なリズムを繰り出すナダヴのドラミングが聴きどころのひとつである。“Negev”はエキゾティックでダークな旋律の楽曲で、ピアノやホーン・セクションが緊張感に富むインタープレイを繰り広げる。“Stampede”はモーダルな変拍子曲で、ライヴ・エフェクトをかけたトロンボーンやウードを交え、スピリチュアルな演奏を披露していく。立体的でポリリズミックなナダヴのドラム演奏は、こうした変拍子の楽曲で持ち味を最大限に披露している。
Y.O.P.E
Peer Pleasure
Wicked Wax
Y.O.P.Eはオランダのベーシストであるヨープ・デ・フラーフを中心とするプロジェクトで、キーボードのアントン・デ・ブルーイン、ドラムのルイ・ポッソーロ、サックスのミゲル・ヴァレンテ、トランペットのアントニオ・モレノなどが参加。シンセやエレクトロニクス、プログラミング担当のトミー・ファン・ロイケンもいて、ジャズとビート・ミュージックやエレクトロニカを融合したスタイルである。2022年にミニ・アルバムの『Lost But Here』を発表し、それ以来となる本作『Peer Pleasure』がファースト・アルバムとなる。
“Stretch Up, Stress Up, Ketchup, Relax ”は未来と宇宙をイメージした音像がスピーディーに展開していくエレクトリック・フュージョンで、混沌とした世界とスケールの大きなダイナミックな世界が交錯する。フライング・ロータスやルイス・コールをイメージさせる楽曲だ。“My Funny Chaos”はジャズとテクノを融合したスペイシーな楽曲で、フローティング・ポインツ(https://www.ele-king.net/interviews/007206/)などに近いイメージ。“A-Way”や“Lost But Hereはサム・ネラの繊細なヴォーカルをフィーチャーし、トリップ・ホップ的なクールなナンバー。オランダではジェイムスズーの次を担うようなアーティストとなっていくだろう。