Home > Interviews > interview with Louis Cole - お待たせ、今度のルイス・コールはファンクなオーケストラ作品
USCソーントン音楽学校でジャズを専攻したルイス・コールは、超絶的なテクニックを有するドラマーにしてシンセやキーボード、ベースやギターなどを操るマルチ・ミュージシャン。歌も歌うシンガー・ソングライターで、ミュージック・ヴィデオも自分で作るヴィデオ・アーティスト。シンガー・ソングライターのジェヌヴィエーヴ・アルタディとのエレクトロ・ポップ・デュオであるノウワーで活動する一方、サックス奏者のサム・ゲンデルとのアヴァンギャルドな即興ユニットのクラウン・コアを結成。故オースティン・ペラルタやサンダーキャットとのトリオや、クロウ・ナッツというジャズ・グループでの活動。そして、自身のソロ・アルバムから、盟友のサンダーキャット、ジェヌヴィエーヴ・アルタディ、サム・ゲンデル、サム・ウィルクス、ジェイコブ・マンといったアーティストたちの作品への参加と、実に多彩で濃密な活動を続けている。2022年の『Quality Over Opinion』からは “Let It Happen” が第65グラミー賞にノミネート、翌年にはアルバムも第66回グラミー賞でノミネートを果たすなど、世界的にも著名なアーティストへと昇りつめ、ここ数年は自身のビッグ・バンドやノウワーで来日しただけでなく、サンダーキャットのバンドでの来日、フジロック’23のホワイトステージで2日目のトリ、NHK Eテレ「天才てれびくん」へのまさかの出演など、話題を振りまき続けるルイス・コール。
そんな彼がこれまでとはまたひとつ違う新たなプロジェクトを開始した。それは、オランダのメトロポール・オーケストラとのコラボだ。メトロポール・オーケストラは、ジャズのビッグ・バンドとクラシックの交響楽団が融合した、オランダの超有名オーケストラで、参加作がグラミー賞に24回ノミネートされ、そのうち4回受賞している。1945年に創設され、エラ・フィッツジェラルド、ディジー・ガレスピー、パット・メセニー、ハービー・ハンコック、エルヴィス・コステロ、イヴァン・リンスなどのレジェンドたちと共演した。近年は首席指揮者のジュールズ・バックリーの指揮で、スナーキー・パピー、ジェイコブ・コリアーとの共演作がグラミー賞を受賞。さらにロバート・グラスパー、グレゴリー・ポーター、コーリー・ウォンなどの新世代のスターとも積極的に共演してきた。ノウアーや自身のソロ作ではジャズやエレクトロ・ファンクをベースにポップなスタイルを志向するルイス・コールだが、メトロポール・オーケストラとの『nothing』ではそれとは180度異なる壮大でクラシカルな世界を見せる。結果として、ルイス・コールというアーティストのジャズやポップス、クラシックという枠に収まらないスケールの大きさ、あらゆる方向へ広がる多彩な才能とその奥深さを見せつけるものとなっている。じつはこのプロジェクトはすでに2021年からはじまっていたそうで、そのはじまりからルイス・コールに話を訊いた。
モーツァルト、バッハ、リゲティ、マーラー、エルガー、ヒンデミット……まだまだいるけど、大きいところでいうとそのあたりかな。
■ニュー・アルバムの『nothing』はこれまでとは性格の異なる作品で、オランダのメトロポール・オーケストラとの共演となります。2021年からこの共演はスタートして、これまでに数々の公演をおこなってきたのですが、最初はどのようなきっかけで共演が始まったのですか?
ルイス・コール(以下LC):ある日、指揮者のジュールズ・バックリーから連絡が来て、メトロポール・オーケストラのために音楽を書いてみないかと言われたんだ。僕は以前からずっとオーケストラのための音楽を書きたいと思っていたから、その話にすごく興奮した。基本的にはそれがきっかけだね。もちろん「イエス!」と即答したよ。
■いろいろなオーケストラがあるなかで、どうしてメトロポール・オーケストラと共演したのでしょう? 基本的にはジャズとポップスの楽団ですが、これまでにロックやブラジル音楽など幅広いジャンルのアーティストとの共演を成功させ、またベースメント・ジャックスやヘンリック・シュワルツのようなエレクトロニック・ミュージック・アーティストとの共演もあります。そうした幅広い音楽に対応できるという点がポイントだったのですか?
LC:それはあまり関係ないかな。僕はただ、彼らが素晴らしいオーケストラであることを知っていて、そして自分はオーケストラの音楽を書きたかったわけだから、正直言ってもし彼らが誰とも共演したことがなかったとしても喜んでやったと思う。でもたしかに、彼らの対応力、たとえばリズム・セクションが速いファンクのグルーヴを演奏してもそれに対応できるということは、曲作りに影響したと思う。それで恐れることなく、遠慮なく書けるぞってなったから。
■メトロポール・オーケストラと近年のジャズ系を見ると、スナーキー・パピー、ジェイコブ・コリアー、ロバート・グラスパー、グレゴリー・ポーターなどとの共演が話題を呼び、特にスナーキー・パピーとジェイコブ・コリアーについてはグラミー賞も受賞したのですが、あなたの共演に影響を及ぼしたものはありますか?
LC:いや、ないかな。別に彼らのことが好きじゃないとかそういうわけではなく(笑)。でもまったく今回のインスピレーション源ではなかったね。もっと他のもの……クラシック音楽をかなり聴き込んだ。彼らがあまりクラシックをやらないのは知ってるんだけど、僕にとってオーケストラの響きは本当に素晴らしいもので、クラシックの側面があるものを書きたいという気持ちが昂っていたんだ。というのも、偉大なクラシック音楽にはほかのどんな音楽にも敵わないある種の強度があって、少しでもそこに届きたいっていう思いがあったんだ。
■ちなみに今回クラシックを聴き込んだということでしたが、どの辺りの作曲家でしょうか?
LC:モーツァルト、バッハ、リゲティ、マーラー、エルガー、ヒンデミット……まだまだいるけど、大きいところでいうとそのあたりかな。
■共演するにあたり、ジュールズ・バックリーとはどのようなミーティングをおこないましたか? また、楽団員とのリハーサルや準備はどのように進めましたか?
LC:最初は僕が作った音楽をちょこちょこ彼に送っていて、話し合いのほとんどは最初のリハーサル後にはじまった。リハーサル後にミーティングをして、演奏を振り返りつつ、変えたいところだったり、改善したい部分なんかを話して。彼との仕事は本当にやりやすくて、というのも僕がアイデアを思いついても、どうやってオーケストラにそれを伝えたらいいのかわかからないから、ジュールズに「もうちょっとこうしたい」とか言うと、彼がオーケストラに正確に伝わるように話してくれるという。彼とオーケストラはお互いにリスペクトし合っていて、とにかく本当に素晴らしかったね。
■オーケストラ用に多くの新曲をつくっていますが、これまでの個人プロジェクトやノウアーなどとは曲づくりのプロセスも大きく変わるのではないかと思います。イメージするものもソロ・アルバムと今回では異なると思うのですが、具体的に今回はどのように曲づくりを行いましたか?
LC:自分のパソコンで、たとえばトランペットを模倣した音だったり、ヴァイオリン風の音だったりを鳴らして、とにかくそうやってオーケストラのサウンドを可能な限り忠実に再現するという形でやっていたんだ。たぶんアイデアがずっと前から頭のなかにあったおかげですぐに思いつくところもあったし、もちろん試行錯誤が必要なところもあったけど、基本的にはそうやって何ヶ月もパソコンを前に曲を書いていたね。僕はオーケストラをちゃんとフィーチャーしたかったから、普段とはたしかに違ってたね。上に乗せるだけの重要度が低いレイヤーとして扱いたくなかったんだよ。というのもオーケストラとアーティストのコラボレーションというと、たまに書き方が雑なことがあると思うんだ。やっぱり僕は、オーケストラの演奏をしっかり念頭に置いて思慮深く質の高い書き方をしているものが好きだし、だから自分もちゃんとオーケストラをフィーチャーしたものを真剣に書こうとしたんだ。
■これまでのあなたのアルバムは3分程度のポップなナンバーが中心だったと思うのですが、今回は11分を超す “Doesn’t Matter” が象徴的ですが、長い曲や組曲になってるものもあります。そうした点でこれまでとは曲づくりの段階でかなり意識が違うのでしょうか?
LC:うん、違ったね。まず改めて思ったのは、あれだけの数の楽器があるということ。たとえば “Doesn’t Matter” のストリングスの音は本当に好きなんだけど、あの曲が11分になったのは、やっぱりああやってゆっくりと徐々に高まっていく弦楽器の演奏、あれだけ深い演奏というのは、それが十分な効果を発揮するためにはそれ相応の時間を費やす必要があるということで。あの曲にはそういう、少し時間旅行のような感じがあるんだよね。ほかに短い曲もあるけれど、とにかくフィーチャーすべき楽器がたくさんあったし、誰かの演奏を削るようなことはしたくなかった。そしてこの機会を活かして本当に特別なものを書きたかったし、いくつかのアイデアを形にするのに、今回いつもより少し時間がかかったよ。
■完全にオーケストラ用の曲がある一方、“Life” や “High Five” などはノウアーのときのような楽曲でもあり、あなたの世界とオーケストラ・サウンドが見事に融合しています。こうした融合において、もっとも意識したのはどんなところですか?
LC:たぶん僕は、とにかくいままで存在しなかったものを作りたかったんだと思う。バンド、オーケストラ、そしてシンガー、その3つ全部が混ざり合ったものが入る余地が、この世界には残されていると思ったんだ。そこにいる全員がフィーチャーされて、しかもまだ作られておらず、この世に存在しないもの。古くてタイムレスなオーケストラのサウンドと、僕が何年もかけて培ってきたファンク調の比較的新しいサウンド、そのふたつの別々の世界を組み合わせられたら最高だなと思った。そう考えるとワクワクしたんだよね。
バンド、オーケストラ、シンガー、その3つ全部が混ざり合ったものが入る余地が、この世界には残されていると思ったんだ。全員がフィーチャーされて、しかもまだ作られておらず、この世に存在しないもの。
■先ほど曲作りの準備にあたってクラシックを聴きこんだという話が出ましたが、あなた自身は父親がクラシック音楽のファンで、幼少期よりそうしたものに接してきたと聞いています。そうした経験や知識が今回の曲づくりに生かされていますか?
LC:ああ、それはもう、それがすべてだと言っても過言ではないかもしれない。まだ物心がついていないうちから素晴らしい音楽に触れて、つねにそういったものを聴いて育ったということが、僕の人生でいちばん大きかったかもしれない。父と一緒に音楽を演奏したり、ジャムったりして、全部そこから教わったんだ。
■新曲の一方で、“Shallow Laughter” “Bitches” “Let It Happen” は2022年のソロ・アルバム『Quality Over Opinion』の収録曲です。録音時期もさほど離れていないかと思うのですが、ソロ・アルバムと『nothing』においてはどのように違いを意識して録音しましたか? また、アレンジなども大きく変わってくるかと思いますが。
LC:いま挙がった曲を書いているとき、じつはすでにこのプロジェクトのことが念頭にあって、書きながら「これはオーケストラのプロジェクトにいいな」と思っていたんだよ。でも自分のデモ版がすごく気に入っちゃって、『Quality Over Opinion』にレコーディング版を入れて、さらに結局はあのアルバムが先にリリースされることになったというわけなんだ。
■ドラムをはじめ楽器演奏については、普段のステージでのプレイと変わってくる部分はありましたか?
LC:歌いながら演奏している曲が多かったから、そこはちょっと難しくて、かなり練習が必要だった。
■『nothing』には2021年のスタジオ・セッションから、2022年のノース・シー・ジャズ・フェスティヴァル、2023年のドイツとアムステルダムでのライヴ録音と、さまざまな音源が集められています。『nothing』の位置づけとしては、単発の録音物ではなく、過去3年間の活動の集大成と言えるものなのでしょうか?
LC:そうだと思う。録音の過程は3年に渡っているから、考えてみるととんでもないことだけど。2023年に書いた曲もある。だからいくつもの音源を集めたものではあるけど、面白いことに、頭から最後まで通して聴いたときに、もっともこのアルバムの本領が発揮されるというか。そこに特別な力があると思う。最初は自分でも気づいていなくて、完成して改めて頭から通しで聴いたときに、「ワオ、こんなにうまくいっていたんだ」となって。そこを意識していたわけではないから、そうなるとは思っていなかったんだけどね。
■『nothing』は選曲やミキシングについても念入りにおこない、完成までに多くの時間を費やしたそうですね。そうした点もこれまでの作品とは異なるものかと思うのですが、特に苦労したのはどういったことでしょう?
LC:最初にミックスした曲は本当に大変で、「これどうすんだ?」って感じだった。あまりにやることがたくさんあって、あまりに多くのサウンド、70人分の演奏があって。最初にやったのは “Things Will Fall Apart” という曲で、まだ自分の心の準備ができていなかったというか、とにかく大変すぎて、要領を得るまでに数日かかったけど、それ以降はコツを掴んで、徐々に楽になって。それ以前からミキシングは僕にとっては簡単なものではなかったのに、今作の作業の終盤には、正直言ってすごくスムーズにできるようになっていたんだ(笑)。本当に楽しくて最高だったし、最終的には制作過程のなかでもすごく好きな作業になった。それで選曲は最後の最後にやったんだけど、正しい曲順を見つけるまでは、さっきも言ったように、これがちゃんとしたステートメントを持ったひとつの作品だとは自分でも気づいていなくて、曲順を決めて通しで聴いて初めてそのことに気づいたんだよ。決め方としては、まず最後の3曲はこれがいいっていうのは自分のなかで決まっていて、最初の2曲も決まっていたから、あとはその間を埋めていくという作業だったね。
古くてタイムレスなオーケストラのサウンドと、僕が何年もかけて培ってきたファンク調の比較的新しいサウンド、そのふたつの別々の世界を組み合わせられたら最高だなと思った。
■録音にはノウワーのジェネヴィーヴ・アルターディはじめ、サム・ウィルクス、ジェイコブ・マン、ライ・シスルスウェイティー、ペドロ・マーティン、フェンサンタなど、日頃からあなたのバンドやプロジェクトで一緒にやっているメンバーも参加しています。こうした面々とメトロポール・オーケストラがジョイントした公演やセッションの風景は、あなたにどう映りましたか?
LC:ものすごく感動的だった。ステージ上でもグッときたけど、リハーサルの段階から結構きてて、これは本当にスペシャルなことだなって思ったね。
■ライヴではあなたに倣ってメンバー全員がガイコツ・スーツを着るのが定番となっているそうですね。そうしたライヴならではのアイデアとか、遊びはほかにもあったりするのでしょうか?
LC:ガイコツ・スーツ以外にはこれといってないけど……ガイコツ・スーツにしても最初はリズム・セクションとシンガーたちの分だけ用意していたんだ。というのも最初にオーケストラのディレクターに「オーケストラも着ます?」って聞いたときは、笑いながら「ノー」と言われて(笑)。「いやいや、ないでしょ」っていう。それでじゃあ自分たちだけで着ようとなったんだけど、2021年の最初の公演後に、オーケストラの人たちが着たいって言い出して、それでオーケストラ側が大量購入して全員で着るようになったんだ。
■もし、日本でこの公演が実現したら、ぜひ観てみたいです。
LC:そうなったら最高だよね。僕も実現することを願ってる。もちろん簡単なことではないと思うけど、もし実現したら本当に嬉しい。
質問・序文:小川充(2024年8月08日)