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Home >  News >  RIP > R.I.P. Pharoah Sanders - 追悼:ファラオ・サンダース

RIP

R.I.P. Pharoah Sanders

R.I.P. Pharoah Sanders

追悼:ファラオ・サンダース

小川充 Sep 26,2022 UP

 2022年9月24日、ファラオ・サンダースが永眠した。享年81歳。昨年フローティング・ポインツとの共作『Promises』をリリースした〈ルアカ・バップ〉からのツイッターでニュースが拡散されたが、終の棲家のあるロサンゼルスで家族や友人に看取られて息を引き取ったということで、おそらく老衰による死去だったと思われる。享年81歳というのは、2年前に他界した交流の深い巨星マッコイ・タイナーと同じで、短命が多いジャズ・ミュージシャンの中でも比較的高齢まで活動したと言える。
 ジャズの歴史のなかでも間違いなくトップ・クラスのサックス奏者ではあるが、長らく正当な評価がなされてこなかったひとりで、日本においても長年あまりメジャーなジャズ・ミュージシャンという扱いは受けてこなかった。フリー・ジャズや前衛音楽の畑から登場してきたため、ある時期までは異端というか、アンダーグラウンドな世界でのカリスマというレッテルがつきまとってきた。ただし、1980年代後半からはクラブ・ジャズやレア・グルーヴの世界で若い人たちから再評価を受けると同時に、バラード奏者としても開眼し、かつてのフリー・ジャズの闘士という側面とはまた異なる評価を得ることになる。

 私自身もフュージョンとかを除いたなかでは、マイルス・デイヴィスでもジョン・コルトレーンでもなく、ファラオ・サンダースが初めてのジャズ体験だった。1990年ごろだと思うが、それまでロックにはじまってヒップホップとかハウスとかクラブ・ミュージックを聴いて、そこからソウルやファンクなども掘り下げていったなか、ファラオの “You’ve Got To Have Freedom” をサンプリングした曲から原曲を知り、それからファラオの世界にハマっていった。“You’ve Got To Have Freedom” はいまだ自分にとっての聖典であり、ジャズという音楽の尊さや気高さ、自由というメッセージに溢れた曲だと思う。
 フリー・ジャズというタームではなく、スピリチュアル・ジャズという新たなタームが生まれ、いまはカマシ・ワシントンなどがそれを受け継いでいるわけだが、その源流にいたのがファラオ・サンダースであり、現在のサウス・ロンドンのシャバカ・ハッチングスにしろ、ヌバイア・ガルシアにしろ、多くのサックス奏者にはファラオからの影響を感じ取ることができる。サックスという楽器にとらわれなくても、音楽家や作曲家としてファラオというアーティストが与えた影響は計り知れないだろう。

 改めてファラオ・サンダースの経歴を紹介すると、1940年10月13日に米国アーカンソー州のリトル・ロックで誕生。クラリネットにはじまってテナー・サックスを演奏し、当初はブルースをやっていた。1959年に大学進学のためにカリフォルニア州オークランドへ移り住み、デューイ・レッドマン、フィリー・ジョー・ジョーンズらと共演。その後1962年にニューヨークへ移住し、本格的にジャズ・ミュージシャンとして活動をはじめる。最初はハード・バップからラテン・ジャズなどまで演奏していたが、サン・ラー、ドン・チェリー、オーネット・コールマン、アルバート・アイラー、アーチー・シェップらと交流を深め、フリー・ジャズに傾倒していく。
 そうしたなかでジョン・コルトレーンとも出会い、1965年に彼のバンドによる『Ascension』へ参加。コルトレーンのフリー宣言と言える即興演奏集で、マッコイ・タイナーやエルヴィン・ジョーンズら当時のコルトレーン・グループの面々のほか、アーチー・シェップ、マリオン・ブラウン、ジョン・チカイら次世代が競演する意欲作であった。これを機にジョン・コルトレーンはマッコイやエルヴィンとは袂を分かち、夫人のアリス・コルトレーンやラシッド・アリらと新しいグループを結成。ジョンと師弟関係にあったファラオも参加し、1967年7月にジョンが没するまでグループは続いた。

 コルトレーン・グループ在籍時の1966年、ファラオは2枚目のリーダー作となる『Tauhid』を〈インパルス〉からリリース。“Upper Egypt & Lower Egypt” はじめ、エジプトをテーマとしたモード演奏と即興演奏が交錯し、自身の宗教観を音楽に反映した演奏をおこなっている。ファラオの演奏で特徴的なのは狼の咆哮とも怪鳥の叫びとも形容できる甲高く切り裂くようなサックス・フレーズで、高度なフラジオ奏法に基づきつつ、内なる情念や熱狂を吐き出すエネルギーに満ちたものだが、すでにこの時点で完成されていたと言える。
 コルトレーン没後はショックのあまり暫く休止状態にあったが、未亡人であるアリス・コルトレーンのレコーディングに参加するなどして徐々に復調し、1969年に〈ストラタ・イースト〉から『Izipho Zam』を発表。1964年に夭逝したエリック・ドルフィーに捧げた作品集で、ファラオにとって代表曲となる “Prince Of Peace” を収録(同年の『Jewels Of Tought』では “Hum-Allah-Hum-Allah-Hum-Allah” というイスラム経典のタイトルへ変えて再演)。シンガーのレオン・トーマスと共演した作品で、当時の公民権運動やベトナム戦争に対する反戦運動にもリンクするメッセージ性のこめられたナンバーである。ある意味でスピリチュアル・ジャズの雛型のような作品で、現在のブラック・ライヴズ・マターにも繋がる。

 レオンとのコラボは続き、同年の『Karma』でも代表曲の “The Creator Has A Master Plan” を共作。彼らの宗教観とアフリカへの回帰、アフロ・フューチャリズム的なメッセージが込められたナンバーだが、こうしたアフリカをはじめ、アラブ、インド、アジアなどの民族色を取り入れた作風が1960年代後半から1970年代半ばにおけるファラオの作品の特徴だった。1970年代前半から半ばは〈インパルス〉を舞台に、『Deaf Dumb Blind-Summun Bukmun Umyunn』『Black Unity』『Thembi』『Wisdom Through Music』『Village Of The Pharoahs』『Elevation』『Love In Us All』などをリリース。『Wisdom Through Music』と『Love In Us All』で披露される名曲 “Love Is Everywhere” に象徴されるように、愛や平和を表現した楽曲がたびたび彼のテーマになっていく。
 また、『Elevation』で顕著なインド音楽のラーガに繋がる幻想的な平安世界も、ファラオの作品にたびたび見られる曲想である。グループにはロニー・リストン・スミス、セシル・マクビー、ジョー・ボナー、ゲイリー・バーツ、ノーマン・コナーズ、ハンニバル・マーヴィン・ピーターソン、カルロス・ガーネットなどが在籍し、それぞれソロ・ミュージシャンとしても羽ばたいていく。彼らは皆スピリチュアル・ジャズにおけるレジェンド的なミュージシャンたちだが、ファラオのグループで多大な影響や刺激を受け、それぞれの音楽性を発展させていったと言える。

 1970年代後半にはフュージョンにも取り組む時期もあったが、〈インディア・ナヴィゲーション〉へ移籍した1977年の『Pharoah』では、1960年代後半から1970年代初頭に見せた無秩序で混沌とした演奏から変わり、水墨画のように余計なものをどんどん削り、ミニマルに研ぎ澄ましてく展開も見せている。時期的にはブライアン・イーノがアンビエントの世界に入っていった頃でもあり、もちろんファラオ本人にそうした意識はなかっただろうが、ある意味でそんなアンビエントともリンクしていたのかもしれない。
 そして1979年末に再びカリフォルニアへと拠点を移し、〈テレサ〉と契約して心機一転した作品群を発表する。その第一弾が『Journey To The One』で、前述した “You’ve Got To Have Freedom” を収録。フリー・ジャズやフュージョンなどいろいろなスタイルを通過したうえで、再び原点に立ち返ったようなネオ・バップ、ネオ・モードとも言うべき演奏で、かつての〈インパルス〉時代に比べ軽やかで、どこか吹っ切れたような演奏である。ピアノはジョー・ボナー、ジョン・ヒックスというファラオのキャリアにとって重要な相棒が、それぞれ楽曲ごとに弾き分けている。
 1981年の『Rejoice』は久々の再会となるエルヴィン・ジョーンズほか、ボビー・ハッチャーソンらと共演した作品で、女性ヴォイスや混成コーラスが印象的に用いられた。同年録音の『Shukuru』ではヴォイスやコーラスとストリングス・シンセを多層的に用い、ジャズに軸足を置きながらもニュー・エイジやヒーリング・ミュージックに繋がる世界を見せる。一方で1987年の『Africa』では、アフリカ色の濃いハイ・ライフ的な演奏からモード、バップ、フリーと幅広く演奏しつつ、バラードやスタンダードなどそれまであまり見せてこなかった世界にも開眼。穏やかだが情感溢れる演奏により、これ以降はバラードの名手としての評価も加わるようになり、1989年の『Moon Child』、1990年の『Welcome To Love』といったアルバムも残す。

 このように正統的なジャズ・サックス奏者としての地位も確立する一方で、1987年の『Oh Lord, Let Me Do No Wrong』ではレゲエを取り入れた演奏も見せるなど、つねに新しいことに対する意欲や探求心を持って演奏してきたミュージシャンである。1990年代以降はクラブ・ミュージックの世代から再評価されたことを自身でも受け、ビル・ラズウェル、バーニー・ウォーレル、ジャー・ウォブルらと共演した『Message From Home』『Save Our Children』を発表している。日本のスリープ・ウォーカーから、ロブ・マズレクらシカゴ/サン・パウロ・アンダーグラウンドなど、国、世代、ジャンルの異なるミュージシャンとの共演も盛んで、そうしてたどり着いたのが遺作となってしまったフローティング・ポインツとの『Promises』であったのだ。文字通り死ぬまでボーダーレス、ジャンルレス、エイジレスで自由な活動を続けた稀有なミュージシャンだった。

小川充

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