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Home >  News >  RIP > R.I.P. Tom Verlaine - 追悼:トム・ヴァーレイン

RIP

R.I.P. Tom Verlaine

R.I.P. Tom Verlaine

追悼:トム・ヴァーレイン

野田努 Jan 30,2023 UP

 まあ、いまとなってはこっぱずかしい話ではある、中高生のときにロック、ことパンク周辺に夢中になってしまったぼくは、昼も夜も音楽のことばかり考えて、好きになった曲の意味をなんとしてでも知ってやろうと、辞書を引きながら一生懸命日本語訳に挑戦したものだった。テレヴィジョンはサウンドはもちろんだが、ぼくにとっては歌詞の世界にもどっぷりはまったバンドだった。 “Marquee Moon” の出だしの言葉を、これまでの人生でなんど反芻したことだろう。「I remember how the darkness doubled/ぼくは憶えている。その暗闇がいかにして重なったのかを」
 それだけで充分だった。暗闇は前提であって、それがどうしてさらに暗くなったのかが問題だった。冷たさや夜の空しさだけが真実だった。

 そりゃあ私だって幸運だったこともある
 まやかしだったけれどね
 ローラはそう言った
 彼女は目を閉じてしまった
 ひとつ、そしてまたひとつ灯りが消えていく
 名前の数々は忘れられ
 家には暗闇が佇んでいる

 そう、ローラは水に入った
 息のなかに言葉ひとつなく

 彼女のことを憶えている人などいるのだろうか
 取るに足らない人間を誰が気にかけよう
 冷たさが彼女の手のひらにやって来る
 彼女は百合を見ている
 砂の上に咲く百合を
“Without a Word”

 リハーサルとライヴ演奏を重ねたすえに録音したテレヴィジョンとしての本物のアルバムはたった1枚、『マーキー・ムーン』だけである。その歴史的な大・大・大名盤において「上昇志向よ、ぼくの頭に入ってくるな」と歌った彼は、ほんとうにその後のキャリアにおいて、上昇することも高揚することもなかった。

 「(腕のない)ミロのヴィーナスの腕のなかに落ちていった」と甲高い声で歌ったヴァーレインの歌詞には、シュールレアリスムの影響も散見された。以前、 “インディ・キッズ” という言葉のなかには「本好き」(ないしは文学青年くずれ)というニュアンスがなんとなく含まれていたということをぼくは書いたことがあるけれど、ことの発端はデイヴィッド・ボウイと、そしてパティ・スミスとトム・ヴァーレインだろう。アルチュール・ランボーを敬愛するパティ・スミス、名前を同じくフランスの象徴派詩人ヴェルレーヌから取ったトム・ヴァーレイン、バンド名をカミュの小説名から取ったザ・フォール、デビュー曲で『異邦人』を主題にしたザ・キュア、ランボーの肖像画をセカンド・アルバムのジャケットにあしらったリップ・リグ&パニック、オスカー・ワイルドを賞揚したザ・スミス、ポスト・パンク期においてはドストエフスキーとカフカ、J.G.バラードとウィリアム・S・バロウズもとくに人気だった。イアン・カーティスにいたっては、バンドを辞めて本屋をやりたいとまで言ったことがある。

 もちろんトム・ヴァーレインは、詩人/シンガーである前に唯一無二のギタリストだった。多くのパンク・バンドが使ったハード・ロック/グラムから続くディストーションを彼は使わなかった。小さなアンプを通して鳴らす彼の演奏は、ごまかしのきかないエレクトリック・ギターの生身のサウンドだった。
 彼が、幼少期はクラシック、思春期はジャズに学んだ人であるということをぼくが知ったのは、彼に夢中だった時代からずっとあとの話だ。彼は、〈スリル・ジョッキー〉からリリースされたインストゥルメンタル・アルバム『Around』のときのインタヴューで、リロイ・ジョーンズが『ダウンビート』誌に書いたアルバート・アイラーのレヴューがいまだもっとも優れた音楽に関する文章だと語っている。この発言を読んで40歳を超えたぼくは、ヴァーレインの見方を変え、また聴き直そうと思った。
 素晴らしいシングル曲 “Little Johnny Jewel” や、パティ・スミスのデビュー曲、ジミ・ヘンドリックスの “ヘイ・ジョー” の凄まじいカヴァーで聴ける彼のもっとも若いときの即興演奏からはフリー・ジャズの影響を聴き取ることができる。フィードバックもディストーションも使わず、パティ・スミスのあの狂おしい言葉に絡みつくがごとく自由に旋回し、暗い魂の底を猛スピードで這い回っているかのようなあのギター。ぼくは、なんど聴いても心が打たれてしまうのだ。

 ここまで読んでくれた方には、ぼくにとってトム・ヴァーレインがどれほどの存在だったか察していただけたと思う。初来日公演は、もちろん行った。遅すぎた初来日だった。たしか80年代後半で、そのころぼくはもうパンク周辺の音楽をほとんど聴いていなかったし、毎日を忙しく働く社会人で、暗闇も空しい夜も夢の時間も、10代の頃のように親身に感じることはなかった。アンコールで“Marquee Moon”をやったこと、オーディエンスは客席に座って見ていたこと、それと小さなアンプと淡々としたステージ、そのぐらいしか憶えていない。
 しかし『Marquee Moon』と『Adventure』、そして『Tom Verlaine』と『Dreamtime』、この4枚のレコードは自分にとってあまりにも思い出深く、“Marquee Moon”を聴くといまでも涙がこぼれることがある。

 墓場から出てきたキャディラック
 ぼくを乗せると墓場に戻った
 だからぼくはふたたび外に出た

 彼はたまたまパンクの時代に登場しただけであって、その音楽はパンクに影響を与えはしたが、必ずしもパンクと括られるものではなかった。『Warm And Cool』や『Around』のようなアルバムを聴くとそのことはなおのことよくわかる。そんなトム・ヴァーレインが1月28日に永眠した。73歳だったというから『Marquee Moon』のときは27歳かそのぐらいだったということか。トレンドには無関心で、華やかなポップの世界には一瞥もくれず、最初から彼には自己完結した揺るぎない世界があった。彼が音楽シーンで脚光を浴びたときには、彼のアートはすでに完成していたのだ。

野田努

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