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Pharoah Sanders

Jazz

Pharoah Sanders

Live in Paris (1975) Lost ORTF Recordings

Transversales Disques

小川充   Jun 03,2020 UP
E王

 COVID-19によって以前のようにライヴに行くことができないときは、ライヴ・アルバムを楽しむに限るということで、今回はジャズ・サックス奏者のファラオ・サンダースのライヴ・アルバムを紹介したい。
 1960年代から活動するジョン・コルトレーン世代のジャズ・ミュージシャンでは、去る3月にマッコイ・タイナーが亡くなってしまったが、ファラオ・サンダースはいまなお現役のリヴィング・レジェンドのひとりである。同じくコルトレーン門下出身のアーチー・シェップが、最近はダム・ザ・ファッジマンクとコラボ・アルバムを出してなかなか面白い内容となっているのだが、ファラオの場合は2010年代以降もロブ・マズレクやマウリツィオ・タナカらによる実験集団のシカゴ/サンパウロ・アンダーグラウンドと共演するなど、意欲的な取り組みも見せている。日本公演も継続的に行っていて、東京JAZZやモントルー・ジャズ・フェスティヴァル・イン・ジャパンなどにも出演している。

 そんなファラオ・サンダースの公式ライヴ・アルバムでは、1971年にニューヨークのザ・イーストで録音した『ライヴ・アット・ザ・イースト』(1972年、〈インパルス〉よりリリース)、ロサンゼルスとサンタ・クルーズのカリフォルニア公演を収めた『ライヴ・・・』(1982年、〈テレサ〉よりリリース)などが知られるところだ。意外に少ない印象なのだが、『ライヴ・・・』では彼の代表曲のひとつである“ユーヴ・ゴット・トゥ・ハヴ・フリーダム”を聴くことができるなど、ファラオ・ファン、ジャズ・ファンから人気が高い。
 『ライヴ・アット・ザ・イースト』は1970年代初頭のフリー・ジャズ全盛期の混沌とした演奏、『ライヴ・・・』は1980年代になってカリフォルニアへ移住し、心機一転した明るさを感じさせるネオ・バップ演奏と、それぞれの時代の特徴が表われたような演奏となっていて、当然ながら参加メンバーも大きく異なっている。そして、年代的にはそのちょうど中間にあたる1975年の未発表ライヴ音源が、このたび発掘された。
 発掘したのは〈トランスヴェルサルス・ディスク〉というフランスのレーベルで、フィリップ・グラスからエンニオ・モリコーネまで、主に未発表のライヴ音源やサントラなどを扱っているところだ。フィリップ・サルドやフランソワ・ド・ルーベなどフランスの作曲家の作品が多いのだが、フィリップ・グラスもファラオ・サンダースも1975年のパリ公演の音源を蔵出ししている。

 この『ライヴ・イン・パリ』には、1975年11月17日にフランス国営ラジオ局の大ホールで行われた演奏が収められている。演奏メンバーはファラオ・サンダース(テナー・サックス)以下、ダニー・ミクソン(ピアノ、オルガン)、カルヴィン・ヒル(ダブル・ベース)、グレッグ・バンディ(ドラムス)というカルテット編成。
 この前の作品は1974年録音の『ラヴ・イン・アス・オール』で、〈インパルス〉最終作となっている。次の作品は〈インディア・ナヴィゲーション〉からリリースした1976年録音の『ファラオ』で、ファラオにとって『ライヴ・イン・パリ』はちょうどこの空白の2年間を埋める貴重な音源と言えるだろう。
 演奏家としては35歳と脂がのってきたころだが、〈インパルス〉との契約が終わり次を模索していた時代だ。カルヴィン・ヒルは〈インパルス〉時代の『ヴィレッジ・オブ・ザ・ファラオズ』(1973年)、『エレヴェイション』(1973年)などに参加していて、一方グレッグ・バンディは『ファラオ』で演奏している。
 ファラオのバンドのピアニストは、ロニー・リストン・スミス、ジョー・ボナー、ジョン・ヒックスなど歴代の名手が務めてきたが、1975年は〈ストラタ・イースト〉でのピアノ・クワイアへの参加でも知られるダニー・ミクソンが演奏している。バンドもちょうど新旧メンバーが入れ替わる狭間の過渡期であったようだ。〈インパルス〉時代はパーカッションなど鳴り物や多数のホーン奏者が参加し、ヴォイスも交えながら集団即興を展開する場面が多かったが、それからするとワンホーンの本作はすっきりとコンパクトに整理した録音と言える。

 収録曲はファラオ最大の代表曲である“ザ・クリエイター・ハズ・ア・マスター・プラン”(1969年の『カーマ』収録で、レオン・トーマスとの共作)、『ラヴ・イン・アス・オール』や『ウィズダム・スルー・ミュージック』(1973年)に収録された人気曲“ラヴ・イズ・エヴリホエア”、後年『ラヴ・ウィル・ファインド・ア・ウェイ』(1978年)でも演奏している“ラヴ・イズ・ヒア”のパート1と2、コルトレーンも『ソウルトレーン』(1958年)や『ライヴ・アット・バードランド』(1964年)で演奏するスタンダードのバラード曲“アイ・ウォント・トゥ・トーク・アバウト・ユー”、そして“フェアウェル・チューン”の全6曲。
 “フェアウェル・チューン”は1971年の『ゼンビ』の表題曲の別ヴァージョンと言える曲だ。演奏形態はフリー色は影を潜め、モードやポスト・バップ中心としたオーセンティックなスタイルとなっている。“ラヴ・イズ・ヒア”に見られるようにファラオのサックスはメロディアスさが目立っているが、そうした旋律が印象に残る楽曲をこの公演では選んでいるようだ。そして、時折彼のトレードマークと言える咆哮のようなフラビオ奏法も随所で披露する。
 同曲のパート2にも見られるように、ダニー・ミクソンの美しいピアノとのコンビネーションも素晴らしく、後の〈テレサ〉時代のジョン・ヒックスとの名コンビぶりを予見させるところもあり、中間では土着的なヴォイスを交えた即興パートも見せてくれる。
 印象的なベース・ラインが循環するモーダルな“フェアウェル・チューン”は、ゆったりとした中から次第にアップ・テンポで飛ばしていく展開が見事だ。非常にライヴ感の溢れる演奏で、エモーションが高まるにつれてヴォイス・パフォーマンスも飛び出す。

 “ザ・クリエイター・ハズ・ア・マスター・プラン”も、スタジオ録音などと比べてテンポ・アップした演奏となっていて、ダニー・ミクソンのピアノも非常にリズミカルである。ダニーのテイストが影響しているのだろうか、『ライヴ・イン・パリ』はファラオのアルバムの中でもソウルフルな持ち味が出ていると言えよう。ただ、この“ザ・クリエイター・ハズ・ア・マスター・プラン”は中間では突如として不穏なフリー・インプロヴィゼイションへと突入し、ファラオのもう一面も見せてくれる。フリーキーなパートでダニーはオルガンへと持ち替え、ファラオのサックスと共にコズミックなムードを演出している。
 最後はお寺の鐘のような音色で締めくくられる。1990年代のファラオはバラード奏者として新境地を見せるのだが、“アイ・ウォント・トゥ・トーク・アバウト・ユー”はそんな姿を先取りしたかのような演奏。実際に1991年の『ウェルカム・トゥ・ラヴ』でも再演していて、このアルバムも偶然かフランス録音だった。そして“ラヴ・イズ・ヒア”に始まって、ライヴの締め括りは“ラヴ・イズ・エヴリホエア”。ファラオらしいメッセージ性に富む曲順で、シャウトするヴォーカルとコール&レスポンスのバック・コーラスが楽しめる。
 前半のファラオはサックスを吹かずにヴォーカルのみに徹しているが、そのぶんダニー・ミクソンのピアノとグレッグ・バンディのドラムスが引っ張っている。そしてファラオのサックスが入ってからのラストへ向けての盛り上がりは物凄く、観客の歓声や拍手がそれを物語る。

 なお、アルバム・ジャケットのファラオの写真は、衣装やたたずまい、眼差しなどはカマシ・ワシントンそっくりであり、いかにカマシがファラオの影響を受けているかがわかるだろう。現在のカマシのファン、彼の作品を聴いてジャズに興味を持った人には是非とも聴いてもらいたアルバムだ。

小川充