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Floating Points, Pharoah Sanders & The London Symphony Orchestra

JazzMinimal

Floating Points, Pharoah Sanders & The London Symphony Orchestra

Promises

Luaka Bop/Pヴァイン

野田努   Apr 30,2021 UP
E王

 ファラオ・サンダースといえば後期コルトレーンの諸作で登場したその継承者であり、アリス・コルトレーン作品をはじめ、ドン・チェリーやサン・ラー作品などといったスピリチュアル・ジャズの王道を歩んだサックス奏者として広くは知られているだろうし、ぼくもまたその認識でレコードを買っては聴いてきたひとりだ。ぼくがもっとも好きなのは、政治の季節にリンクしたアルバム『Black Unity』。傑出した躍動感とこの切なる思いの即興は、BLM時代のいまもまた聴かれるべき作品だと思う。
 だが、そこから先のサンダースの音楽についてはまったくの無知で、ジャー・ウォブルとやっていたことなんて今回reviewを書くにあたってdiscogsを眺めるまで知らなかったし、昔remixという雑誌をやっていたのでSleep Walkerの作品に参加したりとか、そんなことぐらいしか知識のない人間が書くreviewだと思って大目にみてもらいたい。
 
 現在80歳のファラオ・サンダースと34歳のサム・シェパードとの出会いは、フローティング・ポインツのアルバム『Elaenia』(2015)がもたらしている。サックス奏者にて精神の開拓者は、デヴィッド・バーンのレーベル〈Luaka Bop〉を介して聴いた神経学の博士号を有するイギリスの若きエレクトロニック・ミュージシャンによるミニマルなアンビエント作品を好きになった。いつか彼と共作したいと、老芸術家は口にした。
 この組み合わせの実現に向けて〈Luaka Bop〉が動いた。2019年7月、LAのスタジオで両者はリハーサルをおこない、翌年にはその音源にロンドン交響楽団の演奏が加わった。ソーシャルディスタンスを保持しながら、100本以上のマイクを使用してこの録音は完成したという。まさしくパンデミック時代の記念碑的作品として、『プロミセス』は創作されている。
 
 この音楽は現在の音楽が喪失しがちな「地味であること」の復権とも言えるだろう。そう、マイロ君、君の言うとおりだ。じっくり聴くこと、ただ耳を傾けること、あたかも禅の教えのように、それによって何かが得られるとか、気持ち良くなれるとか、いっさいの見返りと考えずにただ聴きたいから聴くこと。そして、ただ聴きたいから聴くことがどれほど素晴らしいことかを『プロミセス』は教えてくれる。

 サム・シェパードは、『Elaenia』の延長にあるミニマルで控えめな調べをひたすら奏でている。もっと後からでもいいんじゃかとぼくは思ったが、スピリチュアル・ジャズの御大は思ったよりも早く曲に登場する。とはいえ吹き続けているわけではなく、シェパードとの絶妙なコンビネーションによって適度に身を引き、静寂を大切にしながらまた吹きはじめる。25分あたりのオーケストラの演奏は、このアルバムがたんなるBGMになることを拒否してもいるが、『プロミセス』が着地するのは瞑想的で落ち着いたムードであり、この際思い切ってそれを安らぎと言ってもいいだろう。

 ある意味このアルバムは、フローティング・ポインツ過去最高の作品と言えるだろう(彼に関しては12インチもふくめ全て聴いているのだ)。ピアノ、チェンバロ、シンセサイザーを使いながら微妙に変化するミニマリズムのみごとな叙情、空間を駆け巡るシンセサイザーの煌めき。その広がりにおいてサンダースのサックスは温かく滑らかに連なる。それはぼくが知っている60年代の彼ではない。かつて激動の時代を生き、いまもまた混迷する時代を生きているサンダースの、彼が歩んできたシーンとはまったく異なる音楽との親交において創出される最新のサウンドだ。これこそがシェパードにとっての本作における成功であり、これこそが『プロミセス』を名作たらしめる最大の要因なんだと思う。
 しかもこのアルバムは、音符にならない音、呼吸や舌打ちまで聴き取れるほど、たったいまぼくの部屋で演奏されているかのようでもある。なんて贅沢な。GW中、聴く音楽に迷うことがあれば大いに推薦します。46分のこの美しい癒しのアルバムにただただ耳を傾けて欲しい。

野田努