Home > Interviews > interview with Alfa Mist - UKジャズの折衷主義者がたどり着いた新境地
現代のジャズ・シーンで、ヒップホップやビート・ミュージックなどを融合するスタイルの新世代のミュージシャンは少なくないが、そうした中でも独自のカラーを持つひとりがイースト・ロンドン出身のアルファ・ミストである。ピアニスト/ラッパー/トラックメイカー/プロデューサー/作曲家と多彩な才能を持つ彼は、コンテンポラリー・ジャズからジャズ・ロックやフュージョン、ヒップホップやR&Bなどクラブ・サウンドからの影響のほか、映画音楽やポスト・クラシカルを思わせるヴィジュアライズされた音像が特徴で、繊細で抒情的なメロディはときに甘美な、ときに物悲しい世界を演出していく。どちらかと言えば内省的で思索的な作品が多く、人間の心理などをテーマにしたダークで重厚な曲調もアルファ・ミストの作品の特徴のひとつと言えるだろう。
2015年に発表した『ノクターン』以降、2017年の『アンティフォン』、2019年の『ストラクチャリズム』、2021年の『ブリング・バックス』とアルバムをリリースし、シンガーのエマヴィーと共作した『エポック』はじめ、ドラマーのリチャード・スペイヴンと組んだ44th・ムーヴでの活動、トム・ミッシュ、ユセフ・デイズ、ジョーダン・ラカイ、ロイル・カーナーなどとのコラボと、多彩に自身の可能性を拡大してきたアルファ・ミスト。
そんな彼が『ブリング・バックス』以来2年ぶりとなるニュー・アルバム『ヴァリアブルズ』を完成させた。長年の演奏パートナーであるカヤ・トーマス・ダイクはじめ、ギタリストのジェイミー・リーミングなど、『ブリング・バックス』から演奏メンバーに大きな変動はなく、基本的にはこれまでの路線を継承する作品と言えるが、南アフリカのフォーク・シンガーのボンゲジウェ・マバンダラをフィーチャーした作品や民族調の作品、さらにこれまであまりなかったハード・バップ調の作品と、また新たな表情を見せてくれるアルバムとなっている。コロナで中断を余儀なくされていたライヴ活動も再開し、この5月には2019年以来となる来日公演も予定しているというアルファ・ミストに、『ヴァリアブルズ』について話を訊いた。
放課後歩いて家に帰るか、それとも公園に寄って帰るという決断とでは、ふたつの異なる結果が生まれるよね? 『ヴァリアブルズ』ではほとんどの曲が全く異なる仕上がりになっているんだけど、そこには僕がそのうちの一曲から一枚のアルバムを作ることができた可能性があり、つまりは10枚のアルバムができ上がる可能性が存在していたことになる。それは僕が歩むことができたかもしれない10本の異なる道なんだ。
■アルバムの完成とリリース、おめでとうございます。アルバムをリリースしたいまの気分はいかがですか?
アルファ・ミスト:ありがとう。アルバムをリリースすると、作品が自分の元を離れてほかの皆のものになる。もう僕のものではなくなるんだ。だから、すごく落ち着くんだよね。
■なるほど。ニュー・アルバムは2021年の『ブリング・バックス』以来、2年ぶりとなりますね。『ブリング・バックス』はコロナによるパンデミック後にリリースされた作品で、そうした体験も曲作りに反映されたのではと思います。その後ツアーなども再開し、少しずつ日常を取り戻す中で『ヴァリアブルズ』は作られていったと思いますが、『ブリング・バックス』から『ヴァリアブルズ』に至る中で何か音楽的な変化などはあったのでしょうか?
アルファ・ミスト:『ヴァリアブルズ』を作っていた期間は、既にライヴを始めていたんだ。その影響は少しあったのかなと思う。ライヴをすることでエネルギーが増して、より高いエナジーが生まれるんだ。だから、『ヴァリアブルズ』はそのパワーを反映しているんじゃないかと思うんだよね。パンデミックで家に閉じこもっているときと外に出ているとき、そこにはふたつの異なる感情とエネルギーがある。僕は家にいるのが好きだから、パンデミック中に家にいるのは心地よくはあった。でも今回、再び外に出てライヴで演奏していたことは、間違いなく『ヴァリアブルズ』に対するアプローチに影響を与えたと思う。
■今回のアルバムに参加するメンバーですが、『ブリング・バックス』で演奏の中心となったジェイミー・リーミング(ギター)、カヤ・トーマス・ダイク(ヴォーカル、ベース)、ジェイミー・ホートン(ドラムス)、ジョニー・ウッドハム(トランペット)らが引き続いて行っているのでしょうか? ジェイミー・リーミングの印象的なギターが聴けるので、ほぼ同じメンバーでやっているのかと。ほかに新たに参加するミュージシャンなどはいますか?
アルファ・ミスト:ほとんどのメンバーが同じなんだけど、ドラムのジェイミー・ホートンの代わりに、今回はジャズ・ケイザーに参加してもらっているんだ。彼女は本当に素晴らしいドラマーで、僕がユーチューブで公開している『ブリング・バックス』のライヴ・ヴァージョンでもドラムを演奏してくれている。僕はライヴで一緒に演奏しているミュージシャンと一緒にアルバムを作ることが多いんだよ。ジャズ以外のメンバーは以前と同じだ。
■ジャズ・ケイザーはアルバムに何をもたらしてくれたと思いますか?
アルファ・ミスト:彼女だけじゃなく、全てのミュージシャンが自分自身の精神を高め、自分自身の音と声をしっかりと伝えてくれたと思う。それが音楽の一番素晴らしい部分だからね。彼女に関して言えば、僕やカヤやジェイミー・ホートンは独学で音楽を勉強したミュージシャンなんだけど、ジャズ・ケイザーはちゃんとアメリカのバークレー音楽院に通ってジャズ・ミュージックを学んで作ってきたミュージシャンなんだ。だから、彼女の演奏はすごくバランスが取れている。その状況に合ったことをすぐにできるのがジャズなんだよね。それに、彼女には彼女にしか奏でられない音があるし、それがサウンドに違いをもたらしてくれたと思う。
■これまでリリースした『アンティフォン』ではメンタル・ヘルスや家族コミュニティについての兄との会話が、『ストラクチャリズム』では議論文化や個人的な成長についての姉との会話がモチーフとなっています。今回のアルバムでは何かモチーフとなっているものはありますか? 「いま自分がどこにいるのか?」「どうやってここに来たのか?」というのが『ヴァリアブルズ』におけるあなたの問いかけとのことですが。
アルファ・ミスト:今回のテーマ、またはモチーフは「無限の可能性」。つまり、あらゆる可能性がアルバムのテーマなんだ。ほんの少しだけど、人生の中で僕はいくつかの決断をしてきた。そして、そのおかげでいまの自分が存在している。それは君にも、誰にでも同じことが言えるんだ。ひとつの小さな決断。例えば僕が学校に通っていたとしたら、放課後歩いて家に帰るか、それとも公園に寄って帰るという決断とでは、ふたつの異なる結果が生まれるよね? 『ヴァリアブルズ』ではほとんどの曲が全く異なる仕上がりになっているんだけど、そこには僕がそのうちの一曲から一枚のアルバムを作ることができた可能性があり、つまりは10枚のアルバムができ上がる可能性が存在していたことになる。そして、それは僕が歩むことができたかもしれない10本の異なる道なんだ。だから、『ヴァリアブルズ』は基本的に僕自身が興味を持っていて、作ることができる様々な音の可能性を表現した作品なんだよ。今回はそれを一枚のアルバムに収めた。そして、僕はオーストラリアのアニメーター/ビデオグラファーのスポッドとコラボをして、彼がヴィジュアルのコンセプトを作ってくれたんだ。僕が彼に歌詞と各曲に込めた思い、そして無限の可能性というアイデアを伝え、あのいろいろなものが動き続け変化し続ける作品を作り上げた。動き続け、変わり続ける。それこそ人間だからね。今回のアルバムでは、僕はそのアイデアに興味を持っていて、それを作品に反映させたんだ。
■そのアイディアはいつ頃から頭の中にあったのでしょうか?
アルファ・ミスト:アイデア自体はずっと前から頭の中にありはしたんだ。でもいまになって、それをじっくりと音楽で表現したいと思うようになったんだよね。僕のアルバムのほとんどは、僕の頭の中で交わされる会話から生まれたもの。それが今回は「変化するもの」だったんだ。特別何か理由があったわけではなく、ただそれについて表現したいと思った。もしかしたら、それは自分がこれまでずっと自分が何を考えるかとか、自分のメンタルヘルスのことを話してきたからかも。それってつまりは、自分が自分のことをどう思うかってことだよね。でも、「無限の可能性」はそれとはちょっと違う。自分のことではなくて、いまの自分に自分を導いてきた出来事や行動についての話だから。
僕は静かで閉鎖的で貧しい環境で育った。有名になる方法はミュージシャン、スポーツ選手、犯罪者、その3つしかないと思っていたんだ。でも本当は人生はそんなものじゃない。目にするものがそれしかないことが問題なんだ。成功したいというパッションをもっていても、建築家にもなれることなんて知らなかった。
■面白いですね。では、いくつか収録曲について聞かせて下さい。“フォワード” は1950年代から60年代にかけてのチャールズ・ミンガスやマックス・ローチのようなビッグ・バンドによるハード・バップ調の始まりです。ジャズ・ロックやフュージョン的ないままでのあなたの作品にはあまりなかったタイプの曲ですが、これまでとは何か違うイメージが生まれてきたのでしょうか?
アルファ・ミスト:これはさっき話した可能性に関係している。僕が最初にピアノを習ったとき、できる限りジャズ調の音楽を作り続けて、もっとジャズよりの音楽を作り続けて、さらに時間をさかのぼって伝統的なものを作ることだってできたわけだよね。つまり、それができる可能性もあったということ。この曲はその可能性についての曲で、自分が伝統的な曲を作ろうと精一杯頑張ってみたらどんな曲ができるかが形になっているんだ。だから、この曲では自分自身は普段はあまり演奏しないけれど、聴くのは大好きな、僕自身が心から尊敬している音楽で幕を開ける。作りたければ、こういう曲だけでアルバムを作ることもできるんだけど、この要素はあくまでも自分が好きなたくさんある要素のひとつで、全てではない。でも、これも僕が持っている可能性のひとつなんだ。確かにいままでこういう音楽も好きだということを、自分の音楽で説明したことはなかったかもしれない。ずっと好きではあるんだけど、こういうサウンドを取り入れようとしたことはなかったかも。だからこそ、今回のアルバムにそれを取り入れたかったんだと思う。
■今回はそういった音楽を作る心の準備がもっとできていたと思いますか?
アルファ・ミスト:そうなんだ。聴くのが好きだからって、演奏したくてもそれが演奏できるとは限らない。この曲だってそれを完全に演奏できてるとは思わないしね。でも、これは僕が持つ可能性なんだ。僕が聴いてきた素晴らしい音楽ではないけれど、僕が作った僕のヴァージョンなんだよ。
■チャールズ・ミンガスやマックス・ローチの話を続けると、彼らは作品に人種差別の反対など政治的な主張を投影することもあり、ジャズとポエトリー・リーディングの融合なども試みました。それは現在のジャズとヒップホップやラップの関係にもなぞることができると思います。あなたはこれまでジャズとヒップホップの融合をおこなってきて、自分でラップもしますし、『ブリング・バックス』では著述家のヒラリー・トーマスのポエトリー・リーディングもフィーチャーしていましたが、こうした活動は何か意識しておこなっているのでしょうか?
アルファ・ミスト:インストの音楽だと、アーティストのメッセージが伝わりきれないと思うんだ。でも、スポークンワードやポエトリー・リーディングが入ると、はっきりとそのアルバムの内容が伝わって誤解が生まれにくくなる。メッセージによりフォーカスを置くことができるんだよね。だから、これまでのアルバムではそうやってメッセージや内容をよりクリアにしてきた。でも、今回のアルバムではそこから一歩引いているんだ。一曲だけラップしている曲があるけどね。あの曲だけは自分が何を言いたいかをはっきりと伝えたかったから。でも、今回は全ての曲でラップをしてはいない。今回はリスナーに曲の解釈をまかせたかったんだ。全ての人が僕と同じように育ったわけじゃない。だから、僕が作ったものを全ての人が僕と全く同じように受け取る必要はないんだよ。今回は自分の経験や生き方、感じ方に合わせて皆に自由に曲から何かを感じて欲しいと思った。そういうわけで、『ヴァリアブルズ』ではメッセージを明確にすることから一歩引いたんだ。ラップをしているのは1、2曲だけ。その曲以外は曲の解釈はリスナー次第で、その人の好きなように理解して、好きなように感じて欲しい。その曲が何を意味するかは、聴く人自身で決めて欲しいんだ。
■それによって、より多くの人が作品に繋がりを感じることができるかもしれませんね。
アルファ・ミスト:その通り。そうすることで、より多くの人を迎え入れることができるからね。
■今回のアルバムでは数少ない、あなたがラップを披露している “ボーダーライン” では自然対育成の議論をしているとのことですが、具体的にどんなメッセージを持つ曲なのでしょう?
アルファ・ミスト:そう、その曲では自分が言いたいことがかなり明確だった。だから、はっきりとそれを示しているんだ。僕は静かで閉鎖的で貧しい環境で育った。これまで一度もロンドンを出たことはなかったし、自分のまわりにあるものしか見たことがなかったんだ。僕の友人たちやまわりにいる人たちは、誰もが成功するために戦っていた。そして僕らは、僕らと同じような人たちの中に、3つのタイプの成功者しか見たことがなかったんだ。そのうちふたつはテレビで見る人たち。有名なミュージシャンかサッカーみたいなスポーツ選手。そしてもうひとつはテレビに映っていない人たちで、僕たちの地域でTVに映っていない有名人とは犯罪者だったんだ。自分たちの目で実際に見ることができた有名人は犯罪者たちだけ。だから僕たちは、有名になる方法はミュージシャン、スポーツ選手、犯罪者、その3つしかないと思っていたんだ。でも本当は、人生はそんなものじゃない。僕たちはただ狭い世界の中にいたから、それを知らなかっただけなんだ。そんな風に視野が狭くなってしまう理由はたくさんあって、それは子どもたちのせいじゃない。その地域がそういう場所になってしまっていたから、仕方がないんだよ。目にするものがそれしかないことが問題なんだ。成功したいというパッションをもっていても、建築家にもなれることなんて知らなかった。誰もができる普通のことでも成功できるなんて知らなかった。それが可能だなんて思いもしなかった。有名になるにはその3択しかないなんて間違った考え方なんだけど、僕らはそれが間違いだと知らなかったんだ。“ボーダーライン” では昔そんな風に考えていたあの頃に心を戻し、そこから抜け出そうとしているんだ。
多くの物事を見れば見るほど、そこから抜け出せる。例えば僕の場合、ロンドンを出てから田舎や木々、家、木を見るようになった。そういうのって、それまではテレビでしか見たことなかったのに。あるひとつのエリアを出れば、自分の知っているもの以上のものがこの世にはたくさん存在していることに気づき、マインドが広がるんだよ。だから、旅ってすごく良いものだと思うんだ。違う国や異なる文化圏に行けば、問題が自分だけのものでないことにも気づけるし、ある地域でこういう人間でいなければいけない、みたいなプレッシャーもなくなる。自分の世界以外にも世界は存在し、異なる生き方をしている人たちがいるということを知ると、僕はとても落ち着くんだよね。リラックスして、より大きなヴィジョンで物事を考えることができるようになる。そうなれば自分が好きなことができるし、存在することが心地よくなるんだ。
質問・序文:小川充(2023年4月21日)
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